ロンドン発のメガヒット・ミュージカル『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』の日本初演に挑む吉田鋼太郎にインタビュー
吉田鋼太郎(撮影:中田智章)
2006年のオリヴィエ賞では最優秀ミュージカル賞を含む3部門を受賞。さらに2009年のトニー賞では作品賞をはじめ10冠を達成した、ロンドン発のメガヒット・ミュージカル『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』が、今夏いよいよ日本に初上陸する。本作は2000年公開の同名映画をもとに、バレエダンサーの夢を追って寂れゆく炭鉱町を飛び立っていく少年と、さまざまな思いを胸にその姿を見守る人たちが織りなす感動のドラマ。その日本初演で主人公ビリーの父親役を益岡徹とWキャストで演じる、吉田鋼太郎に意気込みを聞いた。
吉田鋼太郎(撮影:中田智章)
――出演が決まる以前に、基となった映画をご覧になっていたとか。
劇場公開からしばらく経ってですね、DVDで。あれからもう15年くらい経っているのかな。その間、「リトル・ダンサー」という映画が、なぜか自分の中で“複雑なドラマ”だという認識になっていて。でも最近見直してみたら、すごくシンプルで分かりやすく、「あれ、何でだろう?」と。たぶんね、役者がうますぎるんですよ。いろいろと絡み合った作品のテーマをステレオタイプにじゃなく、きちんとリアルに届けてくれたから、フィクションらしくなかったというか。よくできているなと思いました。自分とは別の世界の話っていうような見方をしていた気もします。
――その映画がミュージカルになり、ウエストエンドやブロードウェイで大変な人気となりました。舞台版をご覧になったことがないそうですが、「どんなステージになるのだろう」と想像ができますか?
いや、全然。以前出演した『デスノート THE MUSICAL』も漫画からミュージカルになったじゃないですか。あれも「まさか」って感じだったので。それでも舞台になっちゃうわけだから。『マイ・フェア・レディ』や『メリー・ポピンズ』のような、いわゆるミュージカルな作品がある一方、僕が出た『ブラッド・ブラザーズ』のようなリアルな人間ドラマに重きを置いた異色作もある。「こんな話も歌いあげちゃうのか」って、ミュージカルの奥の深さに驚きっぱなしです。
――『デスノート THE MUSICAL』のリュークはハマり役でしたね。
いや、ほんとにスミマセン。歌のうまい、達者な人たちの間に入って、何とかして目立とう目立とうとしていた。悪目立ち芝居でしたね……反省しているんです(苦笑)。
――その経験を踏まえ、『ビリー・エリオット』にはどんな気持ちで臨まれるのでしょう?
たまに観客としてミュージカルを観ていて、ノッキングするところがあって。「お芝居がちゃんと成立していないのに、どうして歌があるんだろう?」「芝居をなくして歌だけでいいじゃん」と思ってしまうんですよ。芝居の部分がしっかりしていないと、歌っていてもむなしいだけ。『デスノート The Musical』の時は、そこを気を付けてやろうと思いながら、仲間に入れていただいたので。今回も同じ気持ちです。ただの歌の披露会になってしまったら、つまんない。どんなにその役者の歌がうまくてもね。今回、演出家が海外の方なので、リアリズムを基礎にきっちりお芝居を作ってくださるはず。そこは期待しています。
吉田鋼太郎(撮影:中田智章)
――鋼太郎さん演じる炭鉱夫としての生き方しか知らない父親と、そんな父とは別の生き方を見つける息子。二人の葛藤も本作の見どころの一つです。
生まれた時から人生のレールが敷かれていて、その上を歩んでいくのが当たり前。抵抗するどころか、別の道を行きたいと思ったことさえなかった人ですよね、父親は。でも息子には当たり前じゃない道があることに気付く。僕もそこが本作の一番感動的な部分じゃないかなと思います。そのためにはまず、「バレエダンサーになるなんてあり得ない」って思っている人間をがっちり作らないといけない。それが父親を演じるうえで一番大事にしなきゃいけない使命かなと思っています。
本作ではたまたま父子の物語として描かれているけれど、どんな人間関係においてもまったく違う価値観に感化される瞬間っていうのが起こりうるんですよね。おそらく今の日本にも「何かに挑戦してみたいけど、才能がないからできない」「特別なことはできないから、与えられた仕事をただこなすだけ」と思って生きている人が多いはず。そんな人たちに本作を観て、人間の可能性について気付いてもらえればと。
――鋼太郎さんの父親役、とても楽しみです! が、大変申し訳ないのですが、子役が活躍するような家族向け作品に出られているイメージがあまりなく……。
そうですね、どっちかというと子役がメインの芝居を避けてきたところがあるので。まあ、オファー自体なかったですが(笑)。以前、子どもたちの演技に大人たちがいかにも合わせているって感じの舞台を観たことがあって、それってどうなんだろうと。ぶつかり合いやコミュニケーションから生まれた芝居じゃないじゃないかって。もちろん、子役たちは言われたことを一生懸命にやっていたはず。でも失礼ながら、僕はやっぱり子どもにだって“それ以上”を求めちゃう。求めちゃいけないって分かっていても(苦笑)。
ただね、ビリー役の子たちの稽古を見に行ったら、いや~、すごかったんです。みんなそれぞれに個性豊かで、才能もあって。バク転の稽古をしていたんですが、なかなか先生が厳しくてね。ダメ出ししながら、何回も何回もやらせるんですよ。でもみんな、目をキラキラ輝かせながら嬉々として取り組んでいて。その時にちょっと反省しました。子役に対する自分の偏見を(苦笑)。
吉田鋼太郎(撮影:中田智章)
――今回、稽古期間も入れると半年近くの長丁場の公演になります。
全部で126ステージあるんですよね。こんなに長い公演、初めてですよ! (キャストやスタッフと)ずーっと一緒なんでね、他人行儀にしていても仕方がない。子どもとか大人とか関係なく、みんなでずけずけ言い合える関係になれればいいなと。あと、不摂生しないようにしないとね。声がガラガラになったりしたらヤバいから。そこはちょっと観念して、公演期間中はこの作品に奉仕する覚悟でいます。
――ちなみに、“夢見る少年の物語”にひっかけ、58歳となった鋼太郎さんの今の夢や目標など、もしあれば教えていただけますか?
蜷川(幸雄)さんの遺志を継ぎ、彩の国シェイクスピア・シリーズを演出することになったので、蜷川さんに恥ずかしくない舞台を作るっていうのが今の目標ですね。自分が勉強してきたこと、自分の中に蓄積してきたものを惜しみなく出して、蜷川さんが残してくれたエッセンスとうまくミックスさせ、面白いものを作れればいいなと思います。
――最後に、公演を楽しみにしている観客の皆さんにメッセージをいただけますか。
昔も今も変わらず、いろんな意味で閉塞しているこの世の中で、夢を追いかけている人、新しいことにチャレンジしたいと思っている人、今の生き方を変えたいと思っている人などなど……たくさんいるでしょう。そういう人たちの背中を「やればできる」「不可能なことはない」とちょっとでも押せるような作品になればいいなと。そのために誠実に、とにかく誠実に僕らは芝居を作っていくしかないんで。いい舞台をお届けできるように頑張りますので、ご期待ください。
――鋼太郎さんのチュチュ姿を見るのが今から待ちきれません!
もう、どんどん着せていただきます。って、着るのは最後だけで、ずっとその恰好というわけじゃないからね!
吉田鋼太郎(撮影:中田智章)
取材・文:兵藤あおみ 写真撮影:中田智章