流山児★事務所の新作音楽劇『だいこん・珍奇なゴドー』 戌井昭人(作)と流山児祥(演出)に聞く
戌井昭人(左)と流山児祥
流山児祥と戌井昭人が再びタッグを組んだ。流山児率いる流山児★事務所の2017年最初の公演は、第40回川端康成文学賞を受賞した小説家で劇作家の戌井がサミュエル・ベケットの『ゴドーを待ちながら』をモチーフに書き下ろした新作音楽劇 『だいこん・珍奇なゴドー』。不条理劇を超えた、とにかく笑える人間臭い舞台だ。流山児と戌井に見どころを聞いた。
『だいこん・珍奇なゴドー』の稽古の様子
『だいこん・珍奇なゴドー』の稽古の様子
−−2014年の『どんぶりの底』以来のタッグですね。
流山児 そうそう、2年半ぶりぐらい。もともとは、戌井さんのおじいちゃんで文学座代表だった戌井市郎さんと、僕は、「パラダイス一座」っていう高齢者劇団をやってました。ちょうど90歳の誕生日の時に、下北沢の「劇」小劇場の前で戌井市郎さんに「一緒にやりません?」って口説いて、そこから5年間一緒に付き合ったのね。
戌井 (祖父を口説いたのは)芝居の後とかでしたよね。
流山児 そう。日本演出者協会でやった芝居を観てもらって。「やりましょうよ」って話になって、うちの芝居に4本ぐらい出てもらったんだけど、稽古の時に、孫が小説書いたんだけどって来てさ。『まずいスープ』かな。それを読んで、これ面白いね、芝居にできないかなって、おじいちゃんと喋っていたのが最初のきっかけです。
戌井 僕の知らないところで話が進んでいたんです(笑)。
流山児 そうそう、いつか書かせようってね(笑)。まぁおじいちゃんの亡くなった後になってしまったんですが。僕、浅草とか下町が好きだから、そういう風景の芝居ができないかと思っていたら、(ゴーリキーの)『どん底』が(2014年に上演された)『どんぶりの底』になった。
『だいこん・珍奇なゴドー』の稽古の様子
『だいこん・珍奇なゴドー』の稽古の様子
−−今回はサミュエル・ベケットの『ゴドーを待ちながら』が下敷きになっているそうですが、なぜ『ゴドー』を。
戌井 これもね、なんか脚本ないかっていう時に、僕の「鉄割アルバトロスケット」でゴドーを下敷きにした似たような話をやったことがあって、こんなのありますって言ったんです。それも5分の1ぐらいの長さじゃないかな。
流山児 45分の短編だった。
戌井 「新しく書くのはちょっと……」って断っていたんだけど(笑)、それを渡したら、これ面白いぞってなって。長くすることになって変わっていった。
流山児 エピソードが増えていった。登場人物もゴドーと同じ4人ぐらいの話が、演奏者を足したら18人になった。『どんぶりの底』のメンバーが大半だから、戌井さんの世界を表現できるんじゃないかってね。
戌井 だからイメージして書いていったんです。
『だいこん・珍奇なゴドー』の稽古の様子
『だいこん・珍奇なゴドー』の稽古の様子
−−脚本の制作過程でどんどんイメージが膨らんでいったんですね。
戌井 なんかね、どんどんね、「もうちょっと増やせ」ってなっていって(笑)。
流山児 「もう一人増やして」みたいなね(笑)。でも最終稿は結構早かったよね。本読みの時は1時間ちょっとだったんだけど、それがやってみると倍以上。最初の通しやってみると2時間20分になって。そっから刈り込んで、スリムにしていった。これは音楽劇だから。戌井さん、本当は音楽劇を書きたくなかったんだと思うけど、考えてみればゴドーの音楽劇ってないんだよ。それだけでも音楽劇のゴドーって面白いんじゃない?っていうさ。そういう感覚で観ていただければと思う。ゴドーってみんな暗い感じと思っているけど、全然そんなんじゃないから。底抜けに外れたナンセンスで、パワフルで、ドタバタで。つまり、役者がアングラの役者で、土井通肇(元祖演劇乃素いき座)とか大久保鷹とか、早稲田小劇場と状況劇場=紅テント出身の伝説の役者さんが出るから、そういう意味でもメンバーはすごく面白いです。やっぱりみんな負けたくないし。バトルになって、ある種のカオスになって。『どんぶりの底』以上にカオス状態とかアナーキーな感じは出ているかな。
戌井 いい意味で芯がないですからね。
『だいこん・珍奇なゴドー』の稽古の様子
『だいこん・珍奇なゴドー』の稽古の様子
流山児 でもさ、役者っていう生き物はさ、物語を作りたくなる。そこの面白さだよね。戌井さんがそう書いてなくても、役者たちは分裂しているようで開放的でいて、自分たちで作る。人間って面白いじゃんっていうね。人間が見えてくる。かなり乱暴にも見えるんだけど、実はすごく繊細に作っているつもりなんですよ。……戌井さんが鉄割でやっている時はかなり野放図だけど(笑)、でもね、結構緻密なんだと思う。
戌井 そうですね。アドリブとかもないですしね。
流山児 あまりにも自由度の高い戯曲だから、それをもらった時に役者は何やってもいいんだって。なんでもありっていうと、逆にものすごく大変で真面目にやらなきゃいけないですよ。身体も脳みそも、知力、体力、集中力みたいなものが役者に求められる。そういった意味では、今回、最終的に出来上がってみたら面白くなった。あと、生演奏が入るから、そこも見どころの一つです。どこをキャッチするかっていうのはお客さんなのでね。それは戌井さんの本のすごいところ。こうだろっていう形がない。
戌井 これはこうだろうっていうのは、あんまり書かないようにしていますね。
流山児 今の本って世界がちっちゃくちっちゃくなっている。なるべく開かれた世界っていうのを出したい。
『だいこん・珍奇なゴドー』の稽古の様子
−−観客にはそこに面白さを見出して欲しいと。
流山児 そうなんです。やっぱりね、ゴドーを「こういうものだ」って思っている人に是非観て欲しい。固定観念がある人ほど面白くなるんじゃないかな。ふざけんじゃねぇコノヤローって怒られるかもしれないけど(笑)。想像することや妄想することが人間からなくなったらお終いじゃないですか。考えることって楽しいし、贅沢なこと。演劇が持っている力ってそこだと思う。色んなこと思って考えて帰っていただくのが僕らの仕事だから。ありとあらゆる要素をぶっこんでみようというのを、今回はかなり贅沢にやりました。
『だいこん・珍奇なゴドー』の稽古の様子
−−戌井さんは、音楽劇ということには抵抗がありましたか。
戌井 音楽劇というのは意識して書かなかったですね。もう好きにしてくださいっていう感じで。
流山児 「ごめん、ここ歌にしちゃっていい?」みたいなね(笑)。
戌井 「ここはしない方がいいんじゃないか」とは言いましたけど(笑)。
流山児 あはは、それは言ってたね(笑)。とにかく役者は歌いますから。歌って踊れる役者も集まっている。
戌井 踊らされるんじゃないですか(笑)。
流山児 戌井を役者に使ったら躍らせたいよ(笑)。
戌井 上手いとか下手とか関係なくやっちゃうから...(笑)。
『だいこん・珍奇なゴドー』の稽古の様子
−−最後に読者へメッセージを。
流山児 若い人に観て欲しいですね。最近の演劇は静かな芝居が多いじゃないですか。3メートルぐらいのリアルとかね。実は人間はそんなんじゃないよっていうのを見て欲しいから、この芝居を観ていろんな風に思ってもらえたら、と思います。
戌井 メッセージがなくても、バカバカしさだけ捉えてくれたら。
流山児 うん、バカバカしさの底には人間っていうのものがいるわけだから。人間の存在ってメッセージじゃないですか、ある意味。社会的なメッセージとかそういうもんじゃなくて、人間がいる凄さみたいなものは演劇のテーマだと僕は思っている。人間はいるんだから。嘘をつかないで真実を言っているようなふりをしているわけで。普通の演劇って。
戌井 真実を言うのが正解みたいなのが多いですもんね。
流山児 人間がそこにいるっていう面白さをとにかく見せたいですね。
『だいこん・珍奇なゴドー』の稽古の様子
『だいこん・珍奇なゴドー』あらすじ
どこかの薄汚い場所に、男二人組、女三人組がいる。彼らはヘモロゲさんがくるのを待っています。ヘモロゲさんが来れば、なにか良いことがあるらしい、でも、それがどんなことなのか、明確にはわかりません。しかし待っても待っても「ヘモロゲさん」は現れません。やって来るのは、なんだかわけのわからない人ばかり、ヘモロゲさんに関係あるのかないのか? 人間に台車をひかせてる大根好きな男や、鶴を鉄砲で撃ちたくて仕方がない男、占いババア、よくわからない親子、などなど、やって来ては去っていき、時間がどんどん流れていきます。そして、いつまで経っても、ヘモロゲさんはやって来ないのです。(公式ホームページより)
取材・文・撮影:五月女菜穂
■作:戌井昭人
■演出:流山児祥
■音楽:栗木 健
■振付:北村真実
■出演:塩野谷正幸、伊藤弘子、栗原茂、谷宗和、里美和彦、平野直美、柏倉太郎、冨澤力、 星美咲、橋口佳奈(以上、流山児★事務所)、佃典彦(B級遊撃隊)、月船さらら(metro)、佐藤華子、山﨑薫、 土井通肇(元祖演劇乃素いき座)、大久保鷹
■演奏:栗木 健、諏訪 創(流山児★事務所)