『レオナルド×ミケランジェロ展』をレポート 2大巨匠の素描を間近で見比べる、贅沢な展覧会
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『レオナルド✕ミケランジェロ展』入口
ルネサンスの2大巨匠、レオナルド・ダ・ヴィンチとミケランジェロ・ブオナローティを対比する日本初の展覧会『レオナルド×ミケランジェロ展』が、三菱一号館美術館にて9月24日(日)まで開催される。天才芸術家二人の芸術の根源を見ることができる素描作品を中心に、油彩画、手稿、書簡など約65点が勢揃いし、二人の作品をじっくりと見比べることができる貴重な機会だ。開催に先駆けて行われた内覧会から、見どころを紹介していこう。
レオナルド・ダ・ヴィンチと弟子(チェーザレ・ダ・セスト?)《少女の頭部/〈糸巻きの聖母〉の主題の翻案》 1500〜1510年頃 トリノ王立図書館
「万能人」レオナルドと「神のごとき」ミケランジェロ
15~16世紀のイタリア、ルネサンス期に活躍した天才芸術家といえば、この2人の名前が挙がることだろう。美術史に名を残す画家としてだけでなく、建築、科学、解剖学の分野でも類いまれなる才能を発揮し、「万能人」と呼ばれたレオナルド・ダ・ヴィンチ(1452〜1519)。卓越した人体表現で世紀の天才彫刻家と呼ばれ、絵画、建築分野でも歴史に残る傑作を生み出した、「神のごとき」ミケランジェロ・ブオナローティ(1475〜1564)。二人は23歳ほど年は離れていたが、同時代に生き、互いに「宿命のライバル」として意識しながら、傑出した芸術作品を生み出していった。
レオナルド・ダ・ヴィンチ《自家像》(ファクシミリ版) 1515〜1517年頃 トリノ王立図書館
マルチェッロ・ヴェヌスティ(帰属)《ミケランジェロの肖像》 1535年頃 カーサ・ブオナローティ
「この世で一番美しい素描」とされるレオナルド作品を公開
本展覧会の核となるのは、二人の貴重な素描作品だ。ルネサンス期では、素描は本格的な制作に入る前の単なる下書きではなく、芸術家の創造的な行為として重要なものだった。レオナルド、ミケランジェロ両者ともに、素描の重要性を説いた言葉を残している。
本展では、そんな二人の巨匠の構想を読み取ることができる。息遣いまでも感じさせるような素描の数々が並んで展示されており、見比べることができるのだ。展覧会の見どころのひとつでもある二人の代表的な素描作品からも、両者の目指す芸術性や技法の違いがはっきりと見えてくる。
レオナルド作の《少女の頭部/〈岩窟の聖母〉の天使のための習作》は、ルネサンス美術研究家・バーナード・ベレンソンによって「この世で一番美しい素描」と評された作品だ。左利きのレオナルドは右下へと向かうハッチング(平行線を引き埋めていく技法)が特徴的で、斜線の重なりで濃淡が作られ、陰影が生まれている。さらに目元や頬などに鉛白によるハイライトが入れられ、光の効果が表現されている。女性を描いた他のレオナルド作品にも共通する、謎めいた瞳や美しさに目を奪われる。
レオナルド・ダ・ヴィンチ 《少女の頭部/〈岩窟の聖母〉の天使のための習作》 1483〜1485年頃 トリノ王立図書館
一方、ミケランジェロの素描の代表作ともいえる《〈レダと白鳥〉の頭部のための習作》は、クロスハッチング(斜線を交差させる技法)で描かれている。立体感を出し、彫刻を彷彿させるような “削り取るように” して描かれているのが特徴だ。赤チョークを使用し、その濃淡によって凹凸を見事に表現している。
ミケランジェロ・ブオナローティ《〈レダと白鳥〉の頭部のための習作》 1530年頃 カーサ・ブオナローティ
人間の理想を追求したミケランジェロ、
自然の探究を第一としたレオナルド
本展のテーマである二人の巨匠の対比は、人体表現、馬や建築など対象物によって様々な展開を見せる。それぞれ重要と考えていたモチーフも違えば、アプローチの仕方も違っていた。人体表現では、両者ともに古典彫刻研究と解剖学を取り入れていたが、人間の肉体美を追求したミケランジェロの裸体の素描は、事細かに表現された筋肉のつき方や有り様によって力強く美しい身体が表現されている。
ミケランジェロ・ブオナローティ《背を向けた男性裸体像》 1504〜1505年頃 カーサ・ブオナローティ
本展では素描だけでなく、ミケランジェロの蝋で制作された裸体の彫刻モデル《河神》も展示される。
ミケランジェロ・ブオナローティ《河神》 1525年頃 カーサ・ブオナローティ
レオナルドの人体に関する素描では、肉体のその動きに対する解剖学的な関心の高さが顕著に現れている作品が残されている。レオナルドが好み、研究を重ねていた馬に関する素描からも、運動に伴う表面筋肉の変化という解剖学的問題に熱心に取り組んでいるのが伝わってくる。
レオナルド・ダ・ヴィンチ 《〈アンギアーリの戦い〉のための裸体人物とその他の人物習作》 1506〜1508年頃 トリノ王立図書館
レオナルド・ダ・ヴィンチ 《馬の前脚の習作/〈スフォルツァ騎馬像〉のための習作》 1490年頃 トリノ王立図書館
当時繰り広げられていた、彫刻と絵画どちらがより優れた芸術であるかを論じる「比較芸術論争」においても、二人は異なるスタンスを取った。画家としても高い評価を受けながらも「私は彫刻家だ」と語っていたミケランジェロだが、絵画を劣ったものとはみなさず、「画家は絵画よりも彫刻をおろそかにしてはいけないし、彫刻家は彫刻よりも絵画をおろそかにしてはいけない」と語っている。
ミケランジェロ・ブオナローティ《イサクの犠牲》 1535年頃 カーサ・ブオナローティ
一方、レオナルドは「平らなものを立体に見せるという技量――画家はこの点で彫刻家を凌駕している」と考え、絵画の擁護者の立場を取った。本展で展示される《髭のある男性頭部(チェーザレ・ボルジャ?)》は、同一人物を異なる角度から捉えて描かれている。多視点性によって、絵画や素描も彫刻に劣らず立体性が表現ができるとレオナルドが主張したと考えられている。
レオナルド・ダ・ヴィンチ 《髭のある男性頭部(チェーザレ・ボルジャ?)》 1502年頃 トリノ王立図書館
二人の失われた「レダと白鳥」作品
本展では、素描以外の作品でも二人の芸術性の違いに迫っている。二人が同じテーマで描いた失われた絵画作品を、本展では追随者による模倣作品で見ることができるのだ。両者ともにオリジナル作品は失われ、現在は見ることができないが、弟子や後代の画家によって制作された模写が残されている。
「レダと白鳥」は15~16世紀に人気を博したテーマで、スパルタ王の妻レダが、白鳥に化けたゼウスに誘惑されるというギリシャ神話にある物語だ。ミケランジェロに基づく《レダと白鳥》では、裸体のポーズを大事にしていたミケランジェロらしい、腕をまわし身体がねじれたレダの姿が描かれている。身体を絡ませながら白鳥と見つめ合うレダの甘美な美しさに惹かれる。
フランチェスコ・ブリーナ(帰属)《レダと白鳥(失われたミケランジェロ作品に基づく)》 1575年頃 カーサ・ブオナローティ
レオナルドに基づく《レダと白鳥》は、ミケランジェロの作品とはまた趣が違い、男性性が強調された白鳥が印象的だ。白鳥に変身したゼウスと結ばれたレダが授かる、卵から生まれた2組の双子の姿も描かれている。精密な植物描写や陰影表現など、ディテールにこだわり、自然の観察を大事にしていたレオナルドの特徴が見てとれて、興味深い。
レオナルド・ダ・ヴィンチに基づく《レダと白鳥》 1505〜1510年頃 ウフィツィ美術館
ミケランジェロの大型彫刻も会期途中から公開!
歴史に残る二人の天才の作品を間近で見比べることができる本展覧会。見応え充分の本展に、さらに貴重な作品が会期途中の7月11日(火)から加わるという嬉しいニュースが内覧会にて発表された。ミケランジェロの2mを超える大理石彫刻(未完成品、17世紀の彫刻家の手で完成)《十字架を持つキリスト(ジュスティニアーニのキリスト)》が公開される。日本でこれほど大きなミケランジェロの大理石彫刻が展示されるのは初めてのこと。作品が設置される前の展覧会来場者には、設置後に作品を鑑賞できるよう当該展示室への再入場
ミケランジェロ・ブオナローティ(未完成品、17世紀の彫刻家の手で完成)《十字架を持つキリスト(ジュスティニアーニのキリスト)》 1514〜1516年頃 サン・ヴィンチェンツォ修道院付属聖堂