華やかな遊郭の儚い人間模様、大地真央主演の舞台『ふるあめりかに袖はぬらさじ』明治座7月公演初日レポート

レポート
舞台
2017.7.10
明治座「ふるあめりかに袖はぬらさじ」初日より 大地真央、鷲尾真知子

明治座「ふるあめりかに袖はぬらさじ」初日より 大地真央、鷲尾真知子

横浜スタジアムのある横浜公園の場所が、かつては遊郭だったことをご存じだろうか。実在の遊郭を舞台にした、大地真央の主演音楽劇『ふるあめりかに袖はぬらさじ』が、7月7日に東京・明治座で初日を迎えた。潤色・演出は、宝塚歌劇団所属の気鋭の演出家・原田諒。

『ふるあめりかに袖はぬらさじ』は、有吉佐和子が自身の短編小説を戯曲化したもの。時代は、開国か攘夷かに揺れる文久元年。開港したばかりの横浜にできた港崎遊郭(みよざきゆうかく)の中でも、一番の大楼「岩亀楼(がんきろう)」でくり広げられる人間模様を描く。時代に翻弄されながらも、たくましく生きる芸者「お園」を大地真央が、病気がちな花魁「亀遊(きゆう)」を中島亜梨沙が、亀遊を気にかけつつも胸に大志を抱く通訳「藤吉(とうきち)」を関西ジャニーズJr.の浜中文一が演じる。

1970年の初演では主人公・お園を杉村春子が演じた。その後も水谷八重子や坂東玉三郎など名だたる俳優が主演を務めてきたが、音楽劇としての上演は今回が初めてだという。そのキャストには、大地真央、中島亜梨沙、未沙のえるら宝塚歌劇団ОGたちが名を連ねる。

明治座の前には、色鮮やかな役者のぼり。『ふるあめりかに袖はぬらさじ』

明治座の前には、色鮮やかな役者のぼり。『ふるあめりかに袖はぬらさじ』

華やかにたくましく

明治座の場内に、船の汽笛。開演の合図だ。暗転した会場に「ヨイ、ヨイ、ヨォーイノ!」と目の覚めるような美しい声、「ヨーイヤサァ!」と続く女性の掛け声が響いた。拍子木をきっかけに照らされたステージ中央には、青い着物の大地真央。第一幕は、岩亀楼の大広間ではじまった。プロローグの楽曲では、岩亀楼の賑わいも、女郎として生きる辛さも、威勢よく賑やかに歌われた。豪奢な内装を背に、12人の和服姿の女性とともに歌い舞う大地真央の華やかさと美しさは圧巻。明治座の煌びやかな雰囲気と相まって、岩亀楼の宴席でもてなされているかのような、贅沢な気分に浸れた。

明治座「ふるあめりかに袖はぬらさじ」初日公演より大地真央

明治座「ふるあめりかに袖はぬらさじ」初日公演より大地真央

※以下、ネタバレを含みます。

あらすじ
岩亀楼の三味線芸者・お園は、吉原時代から知り合いだった花魁・亀遊を看病していた。亀遊は長く病に伏せていたが、お園の看病と、お互いに恋心を抱く藤吉の励ましもあり快方に向かう。しかし、久しぶりに務めたお座敷でアメリカ人のイルウス(横内正)に見初められてしまう。当時、遊郭には外国人の客もとる女郎(唐人口)と、日本人だけを相手にする女郎がいた。亀遊は日本人相手の女郎であったにもかかわらず、岩亀楼の主人(佐藤B作)とイルウスの間で話がまとまり、法外な値段で亀遊が身請けされることになる。亀遊は、藤吉との恋が叶わないことに絶望し、自ら命を絶つ。その数日後、出どころの分らない瓦版が出回ることになる。

亀遊は、文字を読み書きできなかった。にもかかわらず瓦版は、アメリカ人に買われることを潔しとせずに自害したという遺書があったと謳い、『露をだにいとふ倭の女郎花(おみなえし)、ふるあめりかに袖はぬらさじ』という辞世の句まででっちあげられていた。これを喜んだのは、攘夷派の志士たちだった。「攘夷女郎」のいた遊郭として岩亀楼は攘夷派の聖地になる。はじめこそ「こんな嘘」と笑ったお園も、岩亀楼の主人に言われ、亀遊の悲劇を語り継ぐ芸者となる。そして五年の月日がたったある時……。

 
 

舞台美術

大広間での贅沢なプロローグから、流れるようなテンポで場面は港町・横浜の街中へ。瓦版売りや町人のやりとり、血気盛んな攘夷派の会話から、ペリー来航後の穏やかならぬ時代背景を知ることができる。このシーンで印象的だったのは、舞台に浅い位置に表われた、どんちょうサイズの巨大な浮世絵だ。軒を連ねる商店や賑わう人々を、通りの真ん中から見通すようなアングルで、浮世絵のタッチで描いている。大きさが大きさなのでその手前で演技する役者と、絵の中の人々が等身大に見える。浮世絵といえば大きくてもB4サイズ程度のイメージが強い。明治座のステージを覆うビッグサイズの浮世絵は、新鮮で迫力を感じた。本作では遊郭のシーンの背景にも浮世絵が用いられていた。歌川国芳を模したタッチで、眼下に見おろす港町、外来船、水平線や空が描かれ、場所や時代を説明すると同時に、伝統的な配色が舞台全体を品よく、情感豊かに彩っていた。

酒好き、おしゃべり、おひとよし

そんな『ふるあめりかに袖はぬらさじ』で、大地真央が演じるのが三味線芸者のお園だ。酒好き、お調子者、呑むとおしゃべりで、おひとよし。人間味溢れるキャラクターを、大地は軽やかに演じる。現代の感覚のボケ&ツッコミによる台詞回しも軽妙にこなし、客席にたびたび笑いを起こす。終盤、客が残した徳利の酒を1人であおるシーンでは、1杯、2杯はだらしない飲みっぷりで笑いを誘い、3杯目、4杯目と進むにつれて、悲しみをやるせなさを滲ませていく。可笑しみと悲しみの絶妙なバランスが、観る者の心を動かす。

明治座「ふるあめりかに袖はぬらさじ」初日公演より大地真央

明治座「ふるあめりかに袖はぬらさじ」初日公演より大地真央

脇を固める頼もしい役者陣

その大地の脇を固めるキャストも目が離せない。浜中文一は芯のある声と佇まいで藤吉を好演。中島亜梨沙の亀遊花魁は、可憐で、はかなげなのに華があり、藤吉がそしてイルウスが惚れ込むのも納得の花魁。藤吉の追想シーンでは、藤吉と亀遊が、神秘的な照明演出に彩られた幻想的なダンスを披露した。

横内正は、亀遊を法外なお金で身請けしようとしたアメリカ人・イルウス役。とだけ書くと、強欲な男を想像されるかもしれないが、劇中では誰よりも紳士的で、ひたすら亀遊の美しさに心を奪われた様子であった。商売っ気があるのは、斉藤暁が演じた大種屋の主人や、佐藤B作が演じる岩亀楼の主人。安定感のある演技で笑いを誘い、全体のスパイスとなっていた。

コミカルと言う点では、唐人口の女郎4人組。全員が宝塚OGという贅沢な布陣。ドラァグクイーンのような派手な出で立ちと抜群のダンスパフォーマンスで会場を盛り上げる。中でも「マリア」を演じた未沙のえるは、登場のたびに場をさらう。その対極といえるのが、大沢健演じる岡田と、思誠塾の面々。崎本大海、三津谷亮、塩野瑛久、篠田光亮が、攘夷思想を貫く硬派な若者を力むことなく演じる。この面々の刀を持っての歌唱シーンは必見の価値がある。

そして、鷲尾真知子。女中たちの尻を叩きながら、物語の場面と場面を繋ぐ岩亀楼のやり手「お咲」役だ。この日、お咲の登場のシーンに緊張が走ったのは気のせいではないだろう。わずか半日ほど前に、鷲尾の夫であり俳優の中嶋しゅうさんが、公演中に倒れ、帰らぬ人となったばかりだったからだ。その悲報から1日も経たずして、妻の鷲尾が舞台にたっているのだ。鷲尾は明るく気風の良いやり手のお咲を気丈に勤め上げた。こちらが励まされているような気分にさえなる、力強い演技だった。お咲に、そして鷲尾真知子の女優魂に、会場からは自然と拍手が沸いた。

カーテンコールでは、今一度すべての出演者に大きな拍手が贈られ、最後に大地が挨拶をした。

「本日は初日にお越しくださいまして本当にありがとうございました。どんなに雨が降る日があっても、必ず晴れる日がきます。8月6日まで出演者一同がんばりたいと思っております。今後とも何卒よろしくお願いいたします。ありがとうございます」

しばらくの間、拍手が鳴りやむことはなかった。歌と笑い、人情と涙の『ふるあめりかに袖はぬらさじ』は、8月6日まで明治座にて上演。

初日は七夕。キャストの短冊が飾られていた。『ふるあめりかに袖はぬらさじ』

初日は七夕。キャストの短冊が飾られていた。『ふるあめりかに袖はぬらさじ』


 
公演情報
「ふるあめりかに袖はぬらさじ」

■日時:2017/7/7(金) ~ 2017/8/6(日)
■上演時間:第1幕約80分、休憩30分、第2幕約90分
■会場 :明治座 (東京都)
■作:有吉佐和子
潤色・演出:原田諒
■出演:大地真央
中島亜梨沙、​浜中文一、佐藤B作、横内正、斉藤暁、鷲尾真知子、未沙のえる、大沢健、崎本大海、三津谷亮、塩野瑛久、篠田光亮、桜一花、大月さゆ、美翔かずき、帆風成海、春風亭ぴっかり☆、小山典子、山吹恭子、鈴木章生、伊吹謙太朗、永島敬三
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