鈴木おさむ作・演出『僕だってヒーローになりたかった』に見るヒーロー論

レポート
舞台
2017.7.26
 撮影:鈴木心

撮影:鈴木心


 2011年の『芸人交換日記~イエローハーツの物語~』以来、放送作家・鈴木おさむ、俳優・田中圭が2度目のタッグを組んだ芝居が開幕した。『僕だってヒーローになりたかった』がそれだ。田中圭といえば、舞台ばかりであまりテレビドラマなどを見ない私にとっては、人の良さをにじませる、スマートでさわやかなイメージがあった。けれど『芸人交換日記』では、鳴かず飛ばずのお笑いコンビ・イエローハーツのツッコミ役で、お金にも女性にもだらしない困った男、甲本を演じていた。なんだかヒールが似合うのだ。ナチュラルヒールとでも言おうか。鈴木おさむがそのキャラクターを狙ったのかどうかは知らないが、最強のベビーフェイスとして松下優也が田中の前に立ちはだかるのが今回の作品の構図。舞台上に登場した松下は、NHK朝ドラの「べっぴんさん」の英輔さんさながら、田中だってそうなはずなのに、彼の存在を何倍も凌駕するさわやかとカッコよさで観客を魅了する。もはや最強だ。ということで、ちょっと拗ねた田中(というか小中正義だけど)は、ナチュラルヒールと化していくのだ。

ヒーローとはなろうと思ってなるものではなく、周囲が感じるもの

 小中正義は高校時代、サッカー部のキーパーとして活躍し、高い人気を誇っていた。しかしキーパーとしての技術も上で、カッコよさもさわやかさでも先を行く後輩・大山英雄が現れ、レギュラーポジションを外されてしまう。小中が憧れの存在(?)だった大山は心配するが「サッカーなんか遊びだ」とうそぶく正義はもはやいじけたイタい男に成り下がっていた。人生初めての挫折。しかし正義は一念発起し、必死の受験勉強の末に見事有名大学に入学する。そして学生のままベンチャー起業を興し、IT起業の社長として名を馳せていく。

 おー、悔しさをバネにした男こそヒーローだ。それでこそ観客はお前に感情移入できるのだとつぶやこうとした私だったが……。人生は追い風状態の正義だったが、実態は、お金にものを言わせて人の心も買おうとするような男。いつしか会社を立ち上げたメンバーも彼のもとを去っていってしまう。かつての部下・真子に人間性をなじられた正義は、彼女を秘書に迎え、自分のすべての言動にダメ出しをしてほしいと懇願する。最初は嫌がっていた真子のアシストにより徐々に人間らしさを取り戻していく正義だったが、2021年東京オリンピックが終わった後、経営する会社はあらぬアイデア盗用事件をきっかけに倒産してしまう。すべてを失ったと落ち込む正義だったが、そんな彼を支えたのが真子だった。

 紅一点、妻・真子役の真野恵里菜の凛とした佇まいが印象的。決して多くを語るわけではないが、的確に、根気よく正義を正していく真子の強さと優しさが感じられる。うらやましー。おそらく最初に懇願した時点の本気度はなんとなくあやしそうだったが、果たして正義は変わっていく。そして真子も変化していく。

撮影:神ノ川智早

撮影:神ノ川智早

おっと、ここからはネタバレ注意!

 二人は結婚し、子供をもうけ、さあ絶望からの再スタートを切るというときに、正義は防衛省の甲本長官(手塚とおる)から“悪”のリーダーに誘われ、Wake Up Japanという軍団を結成することになる。そして正義の前には大山英雄にそっくりな龍馬という男が現れる。しかし、これは甲本のシナリオだった。無法集団として暴れまくるWUJを、龍馬と彼が率いる自衛隊が鎮圧するという構図を作り、事件と収束を繰り返しながら印象操作し、国民を洗脳してとある法案の必要性を植え付けようとしていたのだ。

撮影:神ノ川智早

撮影:神ノ川智早

 

 なんだか物語の展開を笑いながら、いやな汗が流れ始めるーー。『芸人交換日記~イエローハーツの物語~』は、まじめなボケの田中と、人としてどうしようもないツッコミの甲本というコンビが、一度はひとつの目標に向かうものの、夢破れてそれぞれの道を歩み始める、という大筋だった。そこには、生き馬の目を抜くようなお笑い業界のなかで生き抜いている放送作家として、鈴木おさむはさまざまな現実を見てきたのだろうと思わせる、さすがなリアル感と絶妙な笑いと涙のツボが散りばめられていた。それを鈴木いわく「ある意味ドキュメンタリー」と称したわけだが、『僕だってヒーローになりたかった』での「ある意味ドキュメンタリー」には背後に見え隠れする巨大な存在と気味悪さも加わっていた。それは私だけかもしれないが、いやな汗の理由は、どこぞの国で、こんなことが起こったら嫌だなという思いが脳裏をよぎったからだ。いやあってはならないが、そんなときこそ笑いや演劇は生きる。

 正義はスケープゴートだった。真子とまだお腹の中にいる子供のために頑張れば頑張るほど、世の中は甲本の狙いのままに動き始めていく。「人に使われるなんてまっぴら」と語っていたかつての正義の姿は、今はない。しかし忠実であれば忠実であるほど、客席に悲しみが漂い始める。

撮影:神ノ川智早

撮影:神ノ川智早

 圧巻だったのは松下優也の存在感だ。舞台向きの面白い俳優さんだと実感した。どこまでもナチュラルなところがいい。龍馬として悪を討伐する、正義(せいぎ)の味方のはずだった。ところが、さわやかさとカッコ良さの下に秘めた狂気が徐々に、いや、プロジェクトのたびに味をしめたかのように顔を出してくる。それは血に飢えた吸血鬼のよう。国民を強烈に刺激するために、いつしか正義の命までも狙い始める。設定だったはずの攻防が、ある一線を超えてしまった。

 そうだ。「べっぴんさん」の英輔さんが、時折見せた冷酷の表情を思い出した。画面でアップになったときに、一瞬見せる、どこか醒めたような影のある表情、そのとき隠していたものが『僕だってヒーローになりたかった』で鋭利に突き抜けてきたかのようだった。正義(まさよし・せいぎ)を踏みつける龍馬の姿はコメディを見ているのをすっかり忘れさせるほど堂に入っている。振り切った感じは、客席を今度は震憾させる。しかし龍馬の存在感が増せば増すほど、今度は正義(まさよし)の存在がヒーローに見えてくる。任務のために、妻やまだ見ぬ子供のために、一生懸命な、歯を食いしばりふんばる正義の姿はかつては見られなかったもの。小中正義は、田中圭はかっこよく『僕だってヒーローになりたかった』を生きていた。

 田中、松下、真野という若手陣のストレートな演技に対して、甲本役の手塚とおるの不思議な存在感は闇の深さを感じさせるものだった。その闇に翻弄される若者たちの物語。

 ヒーローというのは役割ではなかった。もちろん仕事でもない。その人の生き様に対して、周囲の人々が感じるものだ。言ってみれば砂上の楼閣のようなものかもしれない。まずは必死に生きること、そんなできていそうでできていない“当たり前”を思い出した。

撮影:神ノ川智早

撮影:神ノ川智早

文:いまいこういち

公演情報
トライストーン・エンタテイメント
『僕だってヒーローになりたかった』
 
■日程:2017年7月6日(木)~7月23日(日)
■会場:俳優座劇場
■作・演出:鈴木おさむ
■出演:田中圭 真野恵里菜 松下優也 手塚とおる ほか
■料金:8,500円(全席指定・税込)
■開演時間:月・水曜13:30(19日13:30/19:00)、木・金曜19:00、土・日曜13:30/18:00(23日13:30のみ)、火曜休演
■問合せ:トライストーン・エンタテイメント Tel.03-3422-7520(平日12:00~17:00)
■『僕だってヒーローになりたかった』公式サイト: http://tristone.co.jp/bokuhi/
 
<兵庫公演>
■日程:2017年7月25日(火)~7月27日(木)
■会場:兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール
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