22歳で日本中を魅了するピアニスト反田恭平 ~全国横断ツアー初日レポート
反田恭平 撮影=青柳 聡
いま、日本中が最も注目する……という形容が全く大袈裟には聴こえないほど、各所で話題をさらっているピアニスト反田恭平。18歳で伝統ある日本音楽コンクールのピアノ部門に優勝し、モスクワ音楽院在学中の20歳で日本コロムビアよりCDデビュー。2016年10月に人気テレビ番組『情熱大陸』に取り上げられたことで、その人気は普段クラシック音楽を聴かない層にも拡大していったことが記憶に新しい。
若干22歳のこの俊英は、7月から9月頭にかけて『反田恭平 ピアノ・リサイタル2017』と題した全13公演の全国縦断ツアーを開催している。その公演のほとんどが完売しているというのだから、人気の過熱ぶりが伺えるというものだ。
なぜ、それほどまでに反田の演奏は多くの人々の心を鷲づかみにするのか。その秘密を探るべく、全国横断ツアーの初日、7月8日(土)ミューザ川崎シンフォニーホールでの公演をレポートしたい。
反田恭平 撮影=青柳 聡
今回のツアーでは、事前に反田のSNS上でファンから集まった400通あまりの演奏リクエストも踏まえた“プログラムⅠ”と、反田が「僕自身がどんな曲を勉強しなければならないのか」という目線で選んだ“プログラムⅡ”の、2種のプログラムが組まれた。初日の川崎で演奏されたのは“プログラムⅠ”の方で、次のような曲目が並ぶ。
スクリャービン:幻想曲 op.28
ドビュッシー:喜びの島
ドビュッシー:ベルガマスク組曲 第3曲「月の光」
シューマン:ウィーンの謝肉祭の道化 op.26
――休憩――
ショパン:4つのマズルカ op.17
ショパン:12の練習曲 op.10
一見したところ、リクエストに応えたがゆえに一貫性のないプログラムに見えるかもしれない。しかし、さにあらず。このプログラムを読み解くヒントは、反田自身がインタビューで述べている「(12の練習曲は)絵画的ですごく素晴らしい」という発言にあった。コンサートの流れを追いながら、紐解いてゆこう。
客席の照明が落ちてステージに明かりが満ちると、反田は気持ちゆっくりとした歩みで舞台中央のピアノへと向かっていく。1曲目の《幻想曲 op.28》は、スクリャービンが自身の作風を確立しつつある時期に手掛けた作品。この楽曲は作曲者自身にとって、古典的な形式(ソナタ形式)を彼独自の方法で解体している過渡期にあたるため、ピアニストによって「カッチリとした古典性」か、それとも「自由な幻想性」か、そのどちらを強調するかは判断がわかれるのだ。反田は完全に後者――幻想性を強調した音楽を聴かせてみせた。この方針は続くドビュッシー2曲でより顕著なものとなる。
《喜びの島》の冒頭では、時が止まってしまったのではないかと不安になるほど、これまで聴いたどんな演奏とも違う解釈に一瞬戸惑わされるも、終演後に改めて楽譜を見返してみればドビュッシー自身が「カデンツァのように」と指示をしていることに気付かされる。つまり、決して反田が自分勝手なことをしているわけでもないのだ。その後も音の向かう方向性や、サウンドの持つ性格をはっきりと際立たせ、コントラスト強めの音楽を構築していく。その結果、通常は大曲とはみなされない《喜びの島》から、とてつもなくスケールの大きな音楽が紡ぎ出されてきたのには心底驚かされた。
続く3曲目、あまりにも有名な《月の光》も、テンポをかなり遅めにとることで、多くの人々のイメージとは異なる姿に変貌させてしまう。ただし、単に遅かったり、響きが美しかったりするだけではないのだから一筋縄ではいかない。フレーズやセクションの移り変わりでたっぷりと時間をとるので、清廉さを保ちつつも濃厚なロマン派音楽のような味わいを絞り出してしまうのだ。
反田恭平 撮影=青柳 聡
ここまで聴いてきて気付いたのだが、今回の反田の演奏解釈を幻想的に感じるのは、音楽にかなり強めのデフォルメを施していくことによって、その音楽のキャラクターをより際立たせているからなのであろう。結果として反田自身が述べたような「絵画的」なイメージを想起させる音楽や、物語的な音楽が立ち上がってくる。単に過剰(too much)な音楽ではないのだ。それこそが普段クラシック音楽を聴かない層をも含めて魅了してしまう反田の音楽がもつ吸引力なのだろう。
そういう意味で、前半ラストを飾ったシューマンの《ウィーンの謝肉祭の道化》は本日のプログラムのなかでは比較的規模の大きな作品であったためか、反田の解釈は好みの分かれるところかもしれない。シューマンによるアンバランスな構成の全5楽章(20分以上)に対して、反田は詩情を見事なまでに表出していくのだが、規模が大きいだけに全体の見通しの悪さは否めなかったからだ。どちらが正解で間違いというわけではない。シューマンの音楽に何を求めるかの違いによって受け取り方がかわってくるだろう。
後半はショパンが2作品並んだ。《4つのマズルカ op.17 》はショパン初期の作品にも関わらず、晩年の音楽もかくやという程の陰影豊かな世界を描いてみせる。その傾向がとりわけよく表れていたのが、第4曲であった。作品のもてるポテンシャルを、可能な限り引き出してしまう反田の才能には畏怖の念を抱くほかない。
反田恭平 撮影=青柳 聡
そしてメインプログラムを飾った《12の練習曲 Op.10》は、各曲の構成がほとんど三部形式(主部Aで中間部Bを挟むA-B-Aの構成)をとるシンプルなものであるだけに、より反田がどのように幻想的で絵画的な解釈で音楽を飛翔させていくのかが際立っていたといえる。曲数が多いため、特に印象に残ったものを抜粋していこう。
まずは、右手がピアノの鍵盤を縦横無尽に駆け巡る「第1番」。多くのピアニストが、練習曲(エチュード)としての性格を強調するために、均質性を重視して演奏してしまうところを、彼はある種、気まぐれに聴こえるほど変幻自在に音楽の表情を変えていく。「第3番(別れの曲)」では、これまた主部と中間部の対比を極限まで追求してみせる。「第4番」は、リヒテルの伝説の凄演を想起せずにはいられない、ドンドンと演奏者が自分自身を追い込んでいくような悪魔的な演奏。渋めの「第7番」では、最後の部分で突如として別の曲かと思わされるほど劇的に音楽が変化した。「第8番」では、気まぐれさを強調し、あげくにフォルティッシモ(非常に強く)と楽譜に書かれたラストを正反対のピアニッシモ(非常に弱く)で聴かせてみせる。「第11番」では、アルペジオ(分散和音)による拍感の遅延を感じさせない旋律の自然な歌い回しに思わず唸った。「第12番(革命)」では、左手の細かいパッセージを粒立てるのではなく、エネルギーのうねりとして表現することで、一瞬も遅緩させることなく弾ききってしまった。
全12曲を聴けば、反田自身がこの練習曲集に対して「絵画的ですごく素晴らしい」と述べた意味がよく分かるだろう。技術だけで魅せるのではなく、ひとつひとつの作品を異なるシチュエーションを描いた絵画ないしは物語として聴かせてしまうのだ。
最後の「革命」を弾ききると、当然のように満員御礼の会場から熱い拍手が鳴り響く。ボルテージの上がった会場で何がアンコールとして演奏されたのか? それは演奏会場に行ってみてのお楽しみにしていただこう。
反田恭平 撮影=青柳 聡
まだ、全国横断ツアーは始まったばかり。このあと2ヶ月弱のあいだに、同じ楽曲をどう成熟させていくのか、期待に胸が高まるばかりだ。先にも述べたように、13公演中11公演は完売してしまっているのだが、8月6日(日)13時半開演の福岡公演(福岡シンフォニーホール(アクロス福岡))、8月20日(日)14時開演の福島公演(福島市音楽堂)であればまだ間に合う。
22歳にして、既に自らの感性で音楽を奏で、多くの人々を魅了する反田恭平に、今後とも目が離せない。
インタビュー・文=小室敬幸 撮影=青柳 聡
■日程・会場
7月15日(土) 愛知:愛知県芸術劇場 コンサートホール 完売
7月21日(金) 新潟:長岡リリックホール・コンサートホール 完売
7月28日 (金) 富山:富山県教育文化会館 完売
8月3日(木) 北海道:札幌コンサートホールKitara大ホール 完売
8月4日(金)北海道:函館市芸術ホール 完売
8月6日 (日) 福岡:福岡シンフォニーホール(アクロス福岡)
8月17日 (木) 岩手:岩手県民会館 中ホール 完売
8月20日 (日) 福島:福島市音楽堂
8月26日 (土) 兵庫:兵庫県立芸術文化センターKOBELCO 大ホール 完売
8月31日 (木) 秋田:秋田アトリオン音楽ホール 完売
9月1日 (金) 東京:東京オペラシティ コンサートホール 完売
■特設サイト:http://soritakyohei.com/tour2017/