温泉ドラゴン公演『幸福な動物』──劇作家・原田ゆうと演出家・シライケイタに聞く

インタビュー
舞台
2017.8.23
温泉ドラゴン公演『幸福な動物』、左から、原田ゆう氏、シライケイタ氏。

温泉ドラゴン公演『幸福な動物』、左から、原田ゆう氏、シライケイタ氏。


2010年に結成した温泉ドラゴンは、今回の『幸福な動物』で第10回を数える。阪本篤、筑波竜一、いわいのふ健、シライケイタ(俳優の場合は白井圭太)という4人の男たちのカンパニーに、座付き劇作家として、原田ゆうが加わった。男5人はどんな世界を作りだそうとしているのか。『幸福な動物』を書いた劇作家の原田と、演出を手がけるシライに話を聞いた。

新たなメンバーとして劇作家が加入

──まず、今回から原田ゆうさんが温泉ドラゴンに入団しましたが、そのきっかけについて教えてください。

シライ エコー劇場でやった『君は即ち春を吸ひこんだのだ』に、演出家から声をかけられてキャスティングされたのがきっかけです。

──題名がとても文学的な表現なんですよね。旧仮名遣いになっているし。

原田 あの題名は、新美南吉の日記から採ったんです。

シライ 台本が送られてきて、読んだときに「原田ゆう」って書かれていて、名前がひらがなだし、一読して女性作家だと思ったんです。男よりも女性がよく書けてて、正統派で、隙のない台本で、すごく情感もあって。で、顔合わせの日に「なんだ、男かよ」と思って。それぐらいあの台本は、女性的で繊細な感じがしました。

 稽古していくなかで、原田はよく稽古場にも来ていたので、面白いやつだなあと思って。書く台本もそうなんだけど、人間が面白い。変なところにこだわりがありそうだし。それで「なんか一本、ウチの劇団に書いてよ」と稽古場で言ったのが最初ですね。

 そのうち、なんかどこかで、一本と言わず、継続していっしょにやっていく関係のほうがいいんじゃないかと思ったんです。原田もホームグラウンドを持ってないようだし。それで、原田の書く作風と温泉ドラゴンの集団性はちがうけど、ぼくらにとっても挑戦だし、ぼくらも変わらなければいけないし、もし嫌じゃなければ、メンバーにならないかって誘ったんです。

原田 正式に入団を発表したのは、去年の11月ぐらいですよね。

シライ 実際に原田の台本を上演するのは、今回が初めてです。

難民の視点から描かれる現代の戦争

──これまでの温泉ドラゴンは、初期には、ラストにどんでん返しが待っているミステリがあり、最近では、朝鮮と日本との関係や交流の歴史を、さまざまな角度から照明を当てる舞台が続きました。今回の『幸福な動物』は、これまでとはがらりと作風が変わり、架空の街の出来事、そして、三人姉妹が主人公になっています。

シライ ぼくは何の注文も出さないで、書きたいものを好きなように書いてくれと言ったら、これが出てきました。

──『幸福な動物』には、現代の世界が抱えているいろんな問題が凝縮されています。難民受け入れ、縁故優遇採用、戦場の拡大など、毎日のように新聞で取りあげられていることが作中でも描かれています。

原田 基本的には、難民のことを調べていて、モチーフはそこから拾ってきた感じですね。

──カズラという街が登場しますが、あれはイラクの港湾都市バスラをもじったものですか。

原田 なんか直感で、カズラという名前がはまったんですね。その無国籍具合というか、ほんのり中東を想起させるような名前だと思って。

──難民問題を舞台で取りあげてみようと思った理由について、聞かせてください。

原田 いま、ぼくがいちばん心動かされることが難民の問題で、それはかれらの将来が断たれているからなんですけど、気がついたら、難民のことを考えていることがあって、どうしてそんなに考えるのかを書いていけばわかるかなと思って、モチーフにしました。

──難民問題に加えて、役所に勤める知り合いがいないと就職できないという設定では、最近の森友学園や加計学園の問題を連想させるような場面もあるんですが……。

原田 それはシリアがそういう国だったから。政府の役人しか雇われないところがあって、それがいまの日本の状況と重なったので。

──三人姉妹にしようと思ったのは?

原田 それはキャスティングというか……。

──でも、温泉ドラゴンの役者さんは男優だけですよね。

シライ 男だけです。いつもはゲストに3人呼んだりして、全部で6人から7人で作ってることが多くて、今回は少しキャパ(観客数)を増やそうかと思ったから、5人客演で呼んで、全部で8人の芝居を作ろうかということだけ決めた。そしたら、原田が5人全員女性でもいいですかって。

原田 男性を書くのがそんなに得意ではなくて、女性を書いたほうが台詞がどんどん出てくるし。それから、男性同志ではあんまり会話がふざけられないんですが、女性同志の会話だと、ふざけられるんです。

──へええ。マームとジプシーの藤田貴大さんに似てますね。今回の長女、次女、三女は、姉妹ですが、それぞれうまく描き分けられています。

原田 語尾があるじゃないですか、「……だ」とか。それにすごく迷うんですよ。

シライ それは劇作家の色が出るよね。

原田 男言葉が苦手なんだと思います。「……だ」が苦手なんです。

「コウフク」という言葉が生みだす概念

──難民の話と、それから戦争が近付いてきて、自分が住んでいた地域も戦場になっていく状況を描いていますが……。

原田 ただ被害者だけを書くというのがピンと来なくて、どこかで加害者でもあったほうが面白いと思って、そのへんの葛藤を描きたいと思いました。

──台本を読んだ印象では、登場人物たちは戦争をそれほど意識しておらず、淡々と日常生活を送っているうちに、戦争が迫ってくる話のような気がしたんです。

原田 戦争とか紛争とかは、直前になるまで、人はたぶんわからないと思いますよ。隣町で起きていても、自分に被害が及ばないと、戦争を感じられないんじゃないか。

──難民とか戦争というすごく重いテーマが進行していくんですが、原田さんは、そのなかに「コウフク」という言葉を放りこみますね。過酷な状況のなかでも「コウフク」について見つめたり、考えようとされている。

原田 「コウフク」という言葉が与えられたら、それが出てくるということなんですけど……

シライ 言葉が先にあるから、概念ができるという……

──戦争が近づきつつある街で、「コウフク」という言葉が、あるきっかけで流行りはじめる。そして最後まで「コウフク」とは何かについて、この台本は問いかけています。題名も『幸福な動物』ですし。

原田 生きていて、ぼくだけの感覚かもしれないですが、「コウフク」がけっこう安易にいろいなところで使われているなと思って、それをもう一度、問い直すというか、考えてみたいと思ったんです。

──自分の住んでいる地域も戦場になり、生死を分けるような極限状況においても、そこで「コウフク」について考えてみたいと。

原田 「コウフク」という言葉を覚えたがゆえに、どんな状況になっても「コウフク」ということを忘れられないし、求めてしまう。「コウフク」なんだと実感したときの「コウフク」感というのは、たぶんどんなに絶望しても消えることはないんだろうなと。結局、それを求めてしまうんじゃないのかな。

温泉ドラゴン公演『幸福な動物』のチラシ。

温泉ドラゴン公演『幸福な動物』のチラシ。

温泉ドラゴンの新たな挑戦

──では、そういう問題を内包した戯曲を、どのように舞台化されますか。

シライ すごく強烈なテーゼだと思うんです、「コウフク」を問うなんて。ただ、書きかたが単純じゃないから、ぼくはとっても単純にしたいなと思ってるんです。複雑なことを複雑に出しても、複雑になるだけで、ぼくの役割はわかるかたちにして出していきたい。

 「コウフク」という言葉を知らない人たちに、「コウフク」が与えられたというのは強烈なイメージなので、これが今回の芝居の軸です。「コウフク」を考える芝居になると思います。

──題名も『幸福な人間』ではなく、『幸福な動物』なんですね。

原田 そうですよね。なんか動物のほうがいいなと思って。たぶん想像力ということだと思うんです。『サピエンス全史』のなかに、どうして人類が他の動物とはちがって頂点に立てたかというのは想像力があるからだと書かれていて、ここにはないことを考えることができるからだとあったので、そういう想像力と「コウフク」を考えることとがぼくのなかで一致して、これは動物だみたいな気がして、動物にしました。

──わたしは人間が戦争で争いをやめないことを「動物」と表現されたのかと思いましたが、稽古を見せていただいて、三姉妹もそうなんですが、人は群れるし、協力しあうところがある。おたがいに群れのなかで慰めあったり、補完しあうところが、動物的というか群れ的、集団的なのかなと感じました。

シライ ぼくの作業は戯曲に何が書いてあるかを紹介することではなくて、戯曲を踏み台にして、どれだけ俳優が立ちあがれるか、ここで生きられるかだと思うんです。そのために、すごいレベルの客演の女優さんたちが集まってると思うんです。

 このすごい人たちに、ぼくの個人的な思いは、温泉ドラゴンがどれだけ立ち向かえるか。人数的にも負けてて、背伸びしたキャスティングなんですね。どこまでこの女優陣たちに蹂躙されながら、どこまで強くなれるか(笑)。

──演技力のある、いい女優さんが揃いましたね。しなやかであり、強靭でもある。

シライ あとは原田の温泉ドラゴンのデビューを、いい劇作家だと紹介したいですね。これはどれだけ台本がよくても、芝居がつまらなかったら駄目なんですよ。俳優と演出で台本の欠点は補えるし、もちろん逆に足を引っぱっちゃうこともあるけど、最終的には、原田という作家とともにぼくたちが大きくなるためのステップになるといいと思います。

取材・文/野中広樹

公演情報
温泉ドラゴン公演『幸福な動物』
 
■作:原口ゆう
■演出:シライケイタ
■日時:2017年8月23日(水)~9月3日(日)
■会場:SPACE雑遊
■出演:阪本篤、筑波竜一、いわいのふ健、清水直子、藤井由紀、樋口泰子、光藤依里、津田真澄
■公式サイト:https://www.onsendragon.com/next
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