“本物の美”と出会える『東美アートフェア』とは何か? 東京美術商協同組合の広報・廣田登支彦氏にその嗜み方を訊く
廣田登支彦 撮影=荒川潤
日本を代表する美術商が一堂に集う『2017 東美アートフェア』が、2017年10月13日(金)〜15日(日)の3日間、東京美術倶楽部で開催される。東美アートフェアといえば今年4月に110周年を迎えた美術の殿堂・東京美術倶楽部で開催される、日本で最も歴史あるアートフェアの一つ。今年も約500軒の所属美術商から厳選された102軒の美術商が出展する予定で、選りすぐりの美術品が集結すると各界から熱い注目を集めている。
かつてはジョン・レノン、オノ・ヨーコ夫妻や作家の向田邦子氏、また近年では村上隆氏ら多くの文化人も来場したという東京美術倶楽部の東美アートフェアの魅力とは何なのか? 東京美術商協同組合の広報・廣田登支彦氏に、東美アートフェアが始まった経緯や「110周年の伝統と信頼」というテーマを掲げて開催される2017年の東美アートフェアならではの見どころについて語ってもらった。
――まずは、東美アートフェアの歴史や背景を教えてください。東美アートフェアを主催する東京美術商協同組合が設立されたのは、どういった経緯だったのでしょう?
もともと古美術を扱っていた美術商の人たちが「一つのお店が各々営業しているだけでなく、独立したもの同士が一つに集まれば美術界全体として変化に対応していくことができるだろう」と知恵を働かせて、東京美術倶楽部という団体を立ち上げたことが最初のきっかけになります。それが時代の流れのなかで協同組合になり、今に至ります。
現在は約500の美術商で構成される協同組合と、日本の美術界を支える組織としての東京美術倶楽部があって、今ではそれぞれ役割も明確に分けて運営を行っています。ただ「優れた美術品を広め、後世に残していく」という美術界の一大目的は設立当初から両者変わらぬ理念でありそれは伝統的に続いていますので、多くの人々によい美術品に触れていただく機会をつくろうという目的で、いくつかの催事を企画することになったんです。それが今回のようなアートフェアの始まりですね。
撮影=荒川潤
――複数開催されている催事のなかで、東美アートフェアはどのような位置づけになるのでしょうか?
東京美術倶楽部が主催しているものには、1952年に始まった『東美正札会』と、1964年の東京オリンピックに合わせてスタートした『東美特別展』という、二つの流れがあります。それぞれの特徴としては、『東美正札会』が茶道具や絵画など、どちらかというと古き良きものを手に取っていただくということ。それに対して『東美特別展』は古美術、近現代美術、刀剣など、さらに広いジャンルで選び抜かれた一流の名品を紹介し、国内外の多くの方に“日本美術の粋”に触れていただこう、という想いがあるということです。
そのなかで東美アートフェアは、『東美特別展』から派生して1999年から始まりました。『東美特別展』の流れを汲んだ一流の美術品の紹介に加え、新しくて価値のあるもの、それからやや個性的な優品珍品なども登場します。そういった意味でも他とは違ったユニークな美術品に出会えるはずです。
前坂晴天堂 色絵梅竹虎文十角皿 柿右衛門
しぶや黒田陶苑 赤楽茶碗 銘「登り龍」 山田山庵
西浦リョク水堂(※正式には漢字表記) ジャイプールのアジュメル門 吉田 博
ギャラリー長谷川 伝説の湖 鳥羽 美花
――日本で行われる他のアートフェアや即売会にはない、東美アートフェアの最大の特徴はどのような点にあると思われますか。
やはり日本の美術界において、長い歴史とそれに基づいた“伝統と信頼”があるということなのではないでしょうか。東美アートフェア自体の歴史はまだ浅いかも知れませんが、東京美術倶楽部は今年で110周年を迎えており、組織としても「一流の名品を後世に継承していく」というモットーのもと、美術界において重要な役割を担っています。もちろんそのためには確かな審美眼を持った組合員である美術商の存在が欠かせませんので、設立当初から厳しい入会規定があり、一定の基準を満たさないと組合員になれないという決まりを設けています。だからこそ、選りすぐりの美術品をご紹介できるのです。それが東美アートフェアの魅力だと自負しております。
撮影=荒川潤
――歴史と信頼もある、アートフェアとしても先駆け的な存在ということですね。では実際に当日の様子についてお伺いしたいと思います。具体的にはどんな美術品が並ぶのでしょうか。
書画、仏教美術、蒔絵や陶磁器などの古美術をはじめ、明治以降の日本画や洋画、彫刻、工芸などの近現代美術、さらに茶道具まで、多岐にわたって幅広い美術品が多数出並びます。全体的には日本のものが多いですが、古美術に関していうと中国や韓国などのものを扱っている方々もいらっしゃるので、そういった東アジア伝来の異国情緒ただよう美術品に巡り合えるチャンスもあるでしょう。
ただ私も全体像をお話することはできても、全部で102軒の美術商がそれぞれ目利きで選んだ美術品を持ち寄って出品されるので、当日になってみないとわからない部分もあるんです。実際には3つのフロアいっぱいに展示されるのでかなりの点数になると思いますし、思いもよらない名品に出会えるという可能性もあります。ですから私自身も「今年はどんな美術品と出会えるのだろう?」と、今からひそかに楽しみにしているんですよ。
大口美術店花筥 Disappear Ⅰ 四代 田辺竹雲斎
松本美術 伊勢 奥西希生
ギャラリーぐんじ Biotop 手紙を待つ 磯部光太郎
福田画廊 7 Small birds perched on green net fence 2017 今井 龍満
――それはとても楽しみですね!ただ点数も多い上に初心者の方にとってはハードルが高いイメージもあるかと思います。そんな方に向けて、何か美術鑑賞の際のアドバイスなどはございますでしょうか?
たとえば日本画や香合など、具体的に好きなものや興味のあるものがあればそこの分野にある程度的を絞って見ていけば良いと思います。ただ、とくにこれといった分野はなく漠然と興味があるという方は、まずは直感を頼りに、ピンときたものを手に取ってみるのが良いのではないでしょうか。
私がこの仕事を始めたばかりの頃に出会った池田満寿夫さんの著書のなかに「美術について『わかる・わからない』とか、『おもしろい・おもしろくない』という判断の人も多いと思うが、最初の一歩はあまり構えずに男性が好きな色や柄でネクタイを選ぶような気楽な気持ちで、なんとなく気になるものから入ったらよいのではないか」というような一文があり、とても印象に残っています。
つまりは、そういうことなんだと思います。もちろん美術にはもっと奥深い世界があって、その作品が生まれた時代背景や来歴、技法や色彩など、知れば知るほどさまざまな要素との出会いが待っているものです。しかしあくまでも入門編は「なんとなく好き」、「ピンとくる」から入ってみるで、まったくいいと思うんです。何事もすべてはそこから始まりますし、好きになって自分で調べるようになれば知識もだんだん身についてきて、自然と審美眼も磨かれていくと思いますよ。
撮影=荒川潤
――東美アートフェアに初めて参加される方のなかには「自分には美術の素養もないから、画商の方には話しかけにくい」と、躊躇される方も多いと思います。そうした方に向けて、フェアを楽しむためのマナーなどがあればぜひ教えてください。
その点はあまり心配されなくてもいいと思います。確かに話しかけにくい雰囲気の方もなかにはいらっしゃるかも知れませんが、それでも「知りたい」という興味あるお客様を無下にする方というのは、いないと思います。実際、話してみると、おもしろくて魅力的な方がたくさんいるので。最初は緊張するかも知れませんが、些細なことからでもいいので、まずはご自身の興味のあることから聞いてみてはいかがでしょうか。それをきっかけに、きっとお話も広がっていくと思います。
ただ、美術品の取り扱いには十分な注意が必要です。美術商は作品を後世まで残していきたいという思いで、本当に大切に取り扱っていますので、手に取ってご覧いただく際にも必ず一声かけてから鑑賞されることをおすすめします。
小西大閑堂 錫縁梅唐草蒔絵香合
万葉洞 山水図 与謝蕪村
――なるほど。確かにその通りですね。それでは最後に、読者の方へメッセージをお願いします。
美術の世界は「難しそう」と思われる方もいらっしゃるかも知れませんが、一歩踏み込んでみるとすごく奥が深くて、実におもしろい世界だと思います。古美術でも近現代美術でも、歴史的背景をはじめ、哲学、宗教、社会学など、人が生きていく上で必要なすべてと関係してくるので、さまざまな魅力や知的発見があります。美術は、それらを通してあらゆることを理解できるのです。いわば「世界を広く知ることができるツールの一つ」であるという点は、大きな魅力だと思いますね。とくにこういったアートフェアは、選りすぐりの品が一堂に会する稀有な機会ですので、自分で一からお店をまわって探すよりもずっと効率が良く、かつ“本物の出会い”に恵まれる可能性も高くなります。ですから最初はあまり構えずに、まずは気楽な気持ちで足を運んでいただければと思います。
それからフェアの期間は、館内にある茶室「済美庵」で、お茶とお菓子をお楽しみいただけるお席も、フェアに合わせて特別にご用意いたしました。風情あるお茶室でお抹茶体験もできますので、ぜひご友人とお誘い合わせの上、皆さんで遊びにいらしてください。
済美庵 撮影=荒川潤
撮影=荒川潤