二度と見ることのできない文化遺産が蘇る 『素心伝心-クローン文化財 失われた刻の再生』をレポート

レポート
アート
2017.10.2
会場エントランス クローン文化財 法隆寺釈迦三尊像 623年

会場エントランス クローン文化財 法隆寺釈迦三尊像 623年

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東京藝術大学大学美術館にて『シルクロード特別企画展 素心伝心-クローン文化財 失われた刻の再生』(2017年9月23日〜10月26日)が開幕した。本展覧会は、文化財をクローンとして復元する特許技術を持つ東京藝術大学が、世界各国の7つの文化遺産を「クローン文化財」として再現し、展示したもの。戦争や災害によって失われた古代シルクロード各地の歴史的遺産が、最先端のデジタル技術と人の手による伝統的なアナログ技術を駆使して、今再び現世によみがえる。

東京藝術大学大学院教授の宮廻正明氏は、クローン文化財の持つ意味と価値について「これまで独占され、1つしか存在しなかった文化財を共有することができるようになった。また、オリジナルの欠陥や焼失してしまった部分をこの世に作り出すことで、次世代に文化を継承する道具として活用してほしい」と語る。一般公開に先立ち開催されたプレス向け内覧会より、本展の見どころを紹介しよう。

クローンだからこそできる“配置変え”も

クローン文化財は、オリジナルの精細なデータ採取に、三次元計測、3Dプリンターや高度なデジタル画像処理技術などを用いて作られる。そして最終的な古色付けや彩色が、人の手によって施される。法隆寺のご本尊、国宝釈迦三尊像も、最新のデジタル技術を使い金銅仏として再現。門外不出の国宝を都内で間近に拝見できる、またとない機会となっている。オリジナルに欠損している白毫(仏の眉間にある白い毛)や後頭部の螺髪を付け加え、大光背に存在していたと想定される火焔や飛天も新たに取り付けられた。

会場風景 クローン文化財 法隆寺釈迦三尊像 623年

会場風景 クローン文化財 法隆寺釈迦三尊像 623年

クローン文化財 法隆寺釈迦三尊像(部分) 623年

クローン文化財 法隆寺釈迦三尊像(部分) 623年

さらに、過去の文献や専門家の見地を参照して、本堂と脇侍の配置を左右逆転させていることにも注目したい。ここでしか見られない国宝の貴重な姿であると共に、昭和の火事で焼損した金堂壁画12面も合わせて復元されている。展示室内に響く読経や、かすかに匂う香りなど、現地の雰囲気を立体的に体験できる空間も満喫できる。

クローン文化財 法隆寺金堂壁画(部分) 7世紀末ー8世紀初

クローン文化財 法隆寺金堂壁画(部分) 7世紀末ー8世紀初

和紙を使って、岩壁の質感を再現

北朝鮮にある高句麗古墳群のひとつ、江西大墓《四神図》や、中国の敦煌莫高窟 第57窟は、保存のために一般公開が困難とされている。そうした文化財を、過去に描かれた模写や膨大な写真資料を使うだけでなく、現地調査を行うことで、壁の質感に至るまでをクローン文化財で再現している。花崗岩に直接描かれた《四神図》では、花崗岩の質感を表現した和紙に、プリンターを用いて図像を印刷し、原寸大の壁画画像を作っているとのこと。敦煌莫高窟第57窟やバーミヤン東大仏の天井壁画にも、同様に和紙が用いられている。凹凸のある壁や立体物に貼り付ける際にも、伸ばしたり縮ませたりできる和紙の特性が活かされている。

クローン文化財 高句麗古墳群江西大墓《四神図》(部分) 6-7世紀頃

クローン文化財 高句麗古墳群江西大墓《四神図》(部分) 6-7世紀頃

クローン文化財 敦煌莫高窟 第57窟(部分) 7世紀前半

クローン文化財 敦煌莫高窟 第57窟(部分) 7世紀前半

また、敦煌莫高窟には、発泡スチロールの上に荒砂や敦煌の土を混ぜて塗りつける工夫や、洞窟内部に差し込む自然光を再現する照明がつけられることで、現地でしか体験できない臨場感まで表現されている。

クローン文化財 敦煌莫高窟 第57窟(部分)7世紀前半 自然光を再現した照明

クローン文化財 敦煌莫高窟 第57窟(部分)7世紀前半 自然光を再現した照明

五感で楽しむ文化財 
破壊されたバーミヤン東大仏天井壁画の復元

本展覧会の特色として、音や映像、香りのある展示空間が挙げられる。展示作品の国が変わるごとに、音や匂いも変化する仕組みだ。また、さわれる文化財として、アフガニスタン流出文化財の壁画断片も展示されている。壁画のザラザラした土の質感や、損傷した部分の凹凸もクローン文化財として忠実に再現されているので、ぜひ手で触れてみたい。

壁画断片 さわれる文化財

壁画断片 さわれる文化財

2001年に過激派組織によって破壊された、アフガニスタン中央部にある仏教遺跡バーミヤンの東大仏は、爆風の影響で大仏の上に描かれていた天井画も失われた。クローン技術によって復元された天井画《天翔る太陽神》の展示空間には、バーミヤンをイメージした独特の香りが漂い、正面に流れる映像は、大仏の頭部に固定したカメラから撮ったアフガニスタン現在の風景である。破壊前の貴重な画像の収集、調査、合成を経て高精細デジタル化された天井画は、インクジェットプリンターで印刷されている。彩色には、ラピスラズリをはじめとする、オリジナルと同素材の絵具が使用された。

クローン文化財 バーミヤン東大仏天井壁画《天翔る太陽神》 6世紀

クローン文化財 バーミヤン東大仏天井壁画《天翔る太陽神》 6世紀

クローン文化財 バーミヤン東大仏天井壁画《天翔け太陽神》 6世紀 展示風景

クローン文化財 バーミヤン東大仏天井壁画《天翔け太陽神》 6世紀 展示風景

生涯シルクロードを撮り続けた写真家・並河萬里の作品も展示されているので、こちらもあわせてチェックしよう。

並河萬里 写真パネル

並河萬里 写真パネル

研究書に描かれた図像から壁画を復元
キジル石窟航海者窟壁画

中央アジア地域最大規模の石窟群であるキジル石窟。その中でも航海をモチーフとした仏教説話を描いているのが、第212窟の航海者窟だ。19世紀にドイツの探検隊によって壁画を剥がされ、国外流出をした後、第二次世界大戦のベルリン空爆によって壁画の一部が消失。復元の手掛かりとなったのは、ドイツ探検隊の一員であった学者のアルベルト・グリュンヴェーデルが著した「Alt-Kutscha(アルト・クチャ)」だった。

Alt-Kutscha(アルト・クチャ) 1920年

Alt-Kutscha(アルト・クチャ) 1920年

この研究書に描かれた壁画を拡大撮影し、印刷したものにさらに手描きで彩色を加えて復元された航海者窟壁画は、日本の絵巻物のように物語が展開していく。仏弟子の物語と、釈迦の前世物語を描いた二つの壁画は、どちらも因縁物で、善悪の業の報いが表されている。壁画に沿って物語を読みといていくのも面白いだろう。

クローン文化財 キジル石窟 第212窟(部分) 6世紀

クローン文化財 キジル石窟 第212窟(部分) 6世紀

クローン文化財 キジル石窟 第212窟(部分) 6世紀

クローン文化財 キジル石窟 第212窟(部分) 6世紀

『シルクロード特別企画展 素心伝心-クローン文化財 失われた刻の再生』は2017年10月26日まで。今はもう二度と見ることのできない文化遺産が、日本の技術と芸術家の感性によって蘇る姿をぜひ、その目で確かめて欲しい。

イベント情報
東京藝術大学 シルクロード特別企画展 素心伝心-クローン文化財 失われた刻の再生

会期:2017年9月23日(土)〜10月26日(木) 休館日:月曜日(10月9日は開館)
会場:東京藝術大学大学美術館 展示室3・4
開館時間:10:00〜17:00(毎週金曜は午後8時まで開館)
入場料:一般1000円(800円)大学高校800円(600円)中学生以下無料 ※()内は20名以上の団体料金
主催:東京藝術大学、東京藝術大学シルクロード特別企画展実行委員会、山陰中央新報社、公益財団法人しまね文化振興財団 
http://sosin-densin.com

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