開幕!ミュージカル『レディ・ベス』~平野綾×加藤和樹×吉沢梨絵×古川雄大ver.レポート

レポート
舞台
2017.10.13
加藤和樹、平野綾

加藤和樹、平野綾


東京・帝国劇場にて上演中のミュージカル『レディ・ベス』。2017年10月8日(日)に一足早く初日を迎えたWキャストの一方である花總まり、山崎育三郎、未来優希、平方元基に続き、10月9日(月・祝)には、他方の平野綾加藤和樹吉沢梨絵古川雄大も再演のステージに立った。2014年の初演に続き同じ役を演じる彼らだが、それぞれ、もう一方のキャストたちとは異なる魅力が見られた。とくにレディ・ベス役の平野と、彼女と恋に落ちるロビン役の加藤は、年頃の若者の燃え上がるような恋を熱演し、観客の乙女心を掴んだことだろう。

平野綾の演じるベスは、20代前半の等身大の女性だ。王の娘であることを誇りに持ち育ったベスが、情熱的な吟遊詩人ロビンに出会ったことで、父王の意志を継ぐか、一人の女として愛する人と生きるかの選択を迫られる。花總が女王となるために産まれたような少女であったのと比べ、平野は仕事と恋の間で苦しむ普通の女性が自分の道を選びとり成長していく様子を好演した。鋭いしゃべり方は勝ち気で、だからこそ可愛らしい。けれどもロビンに惹かれた彼女は、どんどん弱さを見せて女らしくなる。例え結末を知っていたとしても、最後までベスが王座を選ぶのか、恋を選ぶのかわからない物語を感じさせた。

平野綾

平野綾

健気なベスを見ていると、女王という重責を細い肩に背負う姿を見るのは苦しい。けれど「彼女が王なら国民として支えたい」と応援したくなる。初演から改訂されいくつかのシーンがなくなったことで、物語がスッキリし、ベスが成長していく様子にスピード感が増している。また、追加されたベスの楽曲では、平野はその一曲の間に大きく存在感を増していく様子が表現されており、驚かされた。

そのベスの心を狂わせるロビン・ブレイクは、ワイルドに激しくベスを求める。加藤和樹演じるロビンは精悍な若者で、ベスに情熱的に恋する横顔にはなんともいえない色気が漂う。「あんなに生意気でムカつく女なのにどうして好きなんだ!」と憤る姿はまるで少女漫画だ。

このロビンはシェイクスピアがモデルになっており、ベスとロビンの逢瀬にシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』のようなシーンがある。まさに恋い焦がれるロミオとジュリエットのようなロビンとベスに、胸が熱くなる。お互いしか見えない切実さには「このまますべてを投げ出し手をとって逃避行すればいいのに!」と本当に少女漫画にのめり込んでいる気持ちに。加藤と平野が、それぞれ同じような恋の表情で相手を見つめる様子が印象的だった。

ベスの抹殺を願う異母姉メアリーは、吉沢梨絵が演じる。その姿はとても悲しく儚い。子どもの頃に父に捨てられた淋しさや、本来の優しさを抱え、妹を亡き者にすることを辛く感じている様子が伺える。吉沢の表情や歌声からは、迷いや弱さがにじみ出ている。本当は弱いのに、強くならなければならないと自分に呪いをかけているようだ。周囲に翻弄されてしまった姉妹の心のすれ違いや交流は切ない。さらに、ベスにはロビンがいるが、メアリーには誰もいない。孤独と迷いを胸に、たったひとりで生きなければならなかった女王“ブラッディ・メアリー(血まみれのメアリー)”は抱きしめたくなるような一人の女性だった。

吉沢梨絵、平野綾

吉沢梨絵、平野綾

メアリーと同じく、血の繋がった家族としてベスを悩ませるのは母アン・ブーリン(和音美桜)だ。父ヘンリー八世を裏切ったとされて処刑された母は、“淫売”と呼ばれた。ベスがロビンへの恋が深まるほど、「あんな男好きの淫売女になりたくない」という象徴ともなる。和音の歌声が魅力的だからこそ、ベスの前に大きく立ちはだかる。母のように男に溺れる女性になっていいのか……それでも自分と母は違うのか……。女としてどんな恋に生きるのか、和音の醸し出す包容力で、アンはベスにとって女としての人生の導き手となっていた。

和音美桜

和音美桜

スペインからやってくるフェリペ王子は、古川雄大。彼の演じるフェリペは柔らかく飄々としており、自分の人生を自分で選ぶことを諦めているようだ。女と遊んでいる時も空虚で、政略結婚も「父に逆らうだけ無駄だ」と観念しているふしがある。再演にあたってフェリペの感情が見えるシーンが減ったため、彼が一国の王子としてどんな思いで生きているか、その存在感で表現する。

繰り返されるフェリペの楽曲とセリフ『クール・ヘッド』は、平方は「熱を抑えてクールに着実にやっていこうぜ」とギラつきも感じさせたが、古川は「熱くなっても仕方がないだろう」とクールにならざるをえなかった王子のようにも見えた。

吉野圭吾、古川雄大

吉野圭吾、古川雄大

誰もが弱さと苦悩を抱え、人間的であるため、彼らを思いどおりに操ろうとするスペイン大使シモン・ルナール(吉野圭吾)やイングランドのカトリック大司祭ガーディナー(石川禅)までもが感情的で右往左往している印象を強くしていた。空気をがらりと変える吉野のダンスや、悲しみと可笑しさを同時に表現する石川の表情など、安定した存在感はミュージカル『レディ・ベス』を支えている。観客としては「ベスをそんな目に遭わせないでよ!」と思うが、同時に憎めない可愛らしさを持っているところが素敵だ。

アンサンブルの町民たちや王宮の人々も、象徴的な衣装と歌でベスの人生を翻弄していく。しかしベスの傍にいる大人たちは、思春期の少女を見守る家族ように優しい。教育係のキャット・アシュリーは適度な距離でベスを支える。演じる涼風真世がそわそわとベスを心配する様子が実に可愛らしい。家庭教師ロジャー・アスカム役の山口祐一郎は、一生懸命に生きる人々をおおらかに眺めている。舞台の中央にある時計塔の下で天球儀を操り星をよむアスカムは、この物語の行く末をすべて知っているようだ。その安定感が、運命に翻弄される人々の土台となっている。

平野が演じたベスは、激しい恋をし、アンとメアリーという血の繋がった女と向き合い、では自分が女性としてどう生きるかを見つめていった。花總が王座に向かって高められていく女王エリザベス1世なら、平野は王座を眼前に一歩一歩踏みしめて歩くエリザベスというひとりの女性である。

彼女の頭に飾られた黄色のイモーテル(永久に枯れない花)が、健気なベスそのものだ。時にロビンの手に渡ったり、メアリーに嘲笑されたりもする。それでも枯れない花が最後どこに咲くのか…ベスの恋と青春、そして人生の決断のシンボルとなっている。

取材・文=河野桃子

公演情報
ミュージカル『レディ・ベス』
 
■脚本・歌詞:ミヒャエル・クンツェ
■音楽・編曲:シルヴェスター・リーヴァイ
■演出・訳詞・修辞:小池修一郎
■出演:花總まり/平野綾(Wキャスト)、山崎育三郎/加藤和樹(Wキャスト)、未来優希/吉沢梨絵(Wキャスト)、平方元基/古川雄大(Wキャスト)、和音美桜、吉野圭吾、石川禅、涼風真世、山口祐一郎 ほか
 
<東京公演>
2017年10月8日(日)~11月18日(土)
■会場:帝国劇場
 
<大阪公演>
2017年11月28日(火)~12月10日(日)
■会場:梅田芸術劇場メインホール

■公式サイト:http://www.tohostage.com/ladybess/

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