劇作・演出家の内藤裕子に聞く~〈岸田今日子記念 円・こどもステージ〉公演『ぞんぞろり』
演劇集団円〈岸田今日子記念 円・こどもステージ〉『ぞんぞろり』(内藤裕子作・演出)
師走に入り、今年も残り少なくなった時期に、毎年楽しみにしている公演があります。演劇集団円の〈岸田今日子記念 円・こどもステージ〉です。これは亡くなった岸田今日子が、1981年から大人と子供がいっしょに楽しめる芝居を作りたいとスタートした企画で、今回が第36回目の公演になります。今回は『初萩の花』の劇作で、読売演劇大賞優秀作品賞を受賞した内藤裕子が、落語の人情噺をベースに構成した書き下ろし。長屋を舞台に、いったいどんな話が飛び出しますか。作・演出を手がけた内藤に、お話を聞きました(12月27日まで)。
落語を題材にした理由
──円の〈こどもステージ〉では、児童文学や絵本を原作にしたもの、日本語や現代詩を題材にしたもの、狂言を再構成したものなどがありますが、今回、落語を題材にしたことには、何か理由がありますか。
元々、落語が好きで、別で落語の芝居もやっています。落語の面白いところは、いろんな人が出てくるところですね。子供が主人公だったり、いろいろな職業の人が出てきますし、年齢層も幅広い。
いまは、いろんなことが職業別になっているのが、窮屈でいやだなと思います。テレビでも、子供は子供の番組を見て、大人は大人の番組を見る。見るものが世代によって分かれてしまっているし、暮らしてる部屋も別々だし。
わたしはおばあちゃん子だったので、時代劇とか、それこそ落語をいっしょに見る機会があったんですけど、そういうことが自然にできたらいいですね。ふつうに子供がお年寄りとしゃべったり、子供が大人に意見したり、いろいろ会話したりするところが、落語の面白いところだなと思っています。
──落語の世界では、大人も子供もいっしょに暮らしていますね。
そうですね。だから、与太郎のように、ちょっと敬遠されがちな人も、みんなで面倒をみるし、かといって、それをことさら道徳的に言い立てるのでもない。きちんと面白く、みんな正直に悪口言いあったり、喧嘩したりしているのが、すごくいい社会のありかただなと思って。
──落語にもいろいろありますが、長屋を舞台に選んだ理由はどんなものですか。
社会が共同体で、おたがいに関わりあってるところが、やっぱりいいなと思います。そういう関係は、以前にはよく見ましたが、最近では、すっかりなくなっちゃってます。
落語だとおたがいに関わりあうみたいな……これっていいものじゃないですか、面白くないですかと提案できたらいいですね。
〈こどもステージ〉にしては本格的な落語の世界
──今回は、長屋を舞台にした落語を題材にしているので、子供が喜びそうな言葉遊びを巧みに取りいれながら、わかりやすく台本が書かれていると予想したのですが、かなり本格的な内容になっています。だから、これを子供たちはどのように受けとめてくれるんだろう。そのうえ、これは百人一首などの日本文化を紹介する構成にもなっています。
落語には『崇徳院』という噺があるように、昔は、そういう文化全般の入口になっていたんだろうと思っています。話芸ですから、子供は楽しみにくいし、ふだん使わない言葉がいくつも出てくるところもあります。
──噺家が言葉だけで成立させようとすると、ちょっと難しい内容かもしれません。でも、舞台は役者さんが具体的に演じてくださるんで、動きと関係性で、子供たちは想像していけるから、少しくらいわからなくても、どんどん筋を追っていく。だから、そういう方向で行けるかなと。
そうですね。そういうふうに割りきって、もっと子供たちを信用して……
──ただし、低学年の小学生も、未就学児も見にくるので、お話を伝えるための工夫が必要になってきます。
本当にそうですね。円の場合は、一応、未就学児から中学生までの幅広いところを対象にした〈こどもステージ〉ですから。
──円の〈こどもステージ〉がきっかけで、芝居好きになった人も、少なくないと思うんです。
そうだとありがたいです。
──演劇にふれる、いちばん最初の体験になりますね。
演劇集団円〈岸田今日子記念 円・こどもステージ〉『ぞんぞろり』(内藤裕子作・演出)
ベテラン俳優も〈こどもステージ〉に参加
──これまでの〈こどもステージ〉では、いちばんはじめに舞台からご挨拶して、みんなを引きこんでくれたのは、三谷昇さんでした。『ぞんぞろり』では、師匠を演じる野村昇史さんが、その役割をつとめます。
そうですね。
──幕が開き、はじめに舞台と客席の橋渡しをしてくれる時間が、ちゃんと設けてある。ただし、ここも台詞が難しいから、じょうずにやらないといけない。
いきなり「お足おくれよ」ですからね。お母さんが忙しくしていて、かまってほしい子供がいてという、どこにでもある家庭の風景。出だしの場面は、ぜひとも野村さんにやっていただきたかったんです。見たこともないようなお年寄りが出てきて、舞台について説明するというのは……
──きっと、いい感じで、子供たちのペースに合わせてゆっくりと話しながら、ときおりアドリブを入れつつ、うまく説明してくださる姿が目に浮かびます。
ひょえぇー。そうですね。
──台詞を全部わからせようとする必要はなくて、半分くらいわかれば、あとは勢いで伝わるんで、それで充分という感じはしますけど……。
野村さんには大御所の噺家みたいな師匠感があります。80歳ですし……。
──もう80歳になられたんですか。とてもそんな年齢には見えません。
元気いっぱいやってます。そういう本物のお年寄りが出るのも〈こどもステージ〉のよさですね。
──昔から、ベテラン俳優がどしどし出演されていました。
ほんとにね。中村伸郎さん、南美江さん、高木均さん、橋爪功さんが子供のために真剣に演じてくださっていたんだから、それは面白いですよね。そういった流れが汲めたらいいなと思って。
これは、かつて岸田今日子さんから、若い人と大先輩がいっしょに芝居をする機会を絶対に設けてほしいという申し出が、演出家にありました。しかも、プロンプターで付くとか、裏方をやるのではなく、俳優としてちゃんと出演して、舞台に立たせてほしいと。若いとき、今日子さんが大先輩といっしょの舞台に立ったことが、自分にとってすごくいい経験になったから、〈こどもステージ〉では、ぜひそうしてほしいと常に言われていたらしいんです。
『ぞんぞろり』という題の由来
──音楽が入ると、子供たちはリズムに乗ってきますよね。ところで、この舞台は、師匠が登場するときの出囃子には、『せつほんかいな』が流れるんですね。
『ぞんぞろり』という題名は、『せつほんかいな』の「ぞろりや、ぞろりや、ぞんぞろり」という歌詞から付けています。いろんな人がぞろぞろとおおぜい出てきて賑わっていますよというイメージです。お祭りごとで、めでたく賑やかな〈こどもステージ〉にしたいなということで……。
──狂言師の野村萬斎が『にほんごであそぼ』でやっていた「ややこしや」とか、子供たちは大好きですよね。
あれもすばらしい。
──あの狂言も、シェイクスピアの『間違いの喜劇』を翻案したもので、けっこう複雑な筋立てです。
そういう難しいものでも、提出のしかたによって、子供がひっかかるところが1カ所あれば、最後まで見てもらえる作品になると思う。
──そうすると、鍵になるのは俳優たちのエネルギーでしょうか。
本当にそうですね。演劇集団円は俳優集団ですから、俳優たちがこういうふうに子供を楽しませるんだっていう思いが強くて……もちろんそれは演出家にもありますが……演出家と対等化する以上に、「いや、これくらいやらないと子供にはわからない」という、すごいエネルギーで演じる。
それがわかりやすく演じるというよりは、すべてを賭けてやってる感じ、どこまでも真剣にやってる感じが〈こどもステージ〉のよさですね。あのエネルギーは本当にすごいです。
〈こどもステージ〉は子供たちの笑いで完成する
──落語は、噺家が高座でひとりでおこなう芸能ですが、〈こどもステージ〉で落語を上演されるにあたって、演出上の工夫はありますか。
やっぱり、落語では、語り手の話を聞いている相手のリアクションが見られない。大工調べなんかも、棟梁が話してるあいだ、ずっと聞いている大家さんのリアクションがきっと面白いと思うんですけど、それは想像するしかない。でも、お芝居だと、話している人と聞いている人の両方が見られるし、舞台にはクローズアップ機能がないから、自分が見たいと思うところを自由に見ることができます。
──その場合、言葉が中心になるんでしょうか。それとも演技が中心になるんでしょうか。
両方ですかね。人間の関係性や、やりとり……起きたことをどう受けとって、それにどうリアクションするかを生の人間同士でやりあうんで、役者同士がどう感じとっているのか。で、お客さんもこれに混ざって作りあげていけるといいなあ。お客さんが笑ってくださったり、「つまんない」と言ったり、子供がなんかしゃべってくれたり。
先日、役者の子供が稽古を見にきてくれて、「ん廻し」の場面で、「ん」の付く言葉を言うところで、与太が「きゅうりん」と言ったとき、「それ、きゅうりだよ」と飛び入りで訂正してくれて、すごい面白かったんです。
──「きゅうりん」とか「なすびん」とか言っちゃう場面ですね。
そうそう。間違っちゃうところで、頼んでないのに「それ、こうだよ、こうだよ」と言って。子供って、こういうことを言いたくなっちゃうものなんだろうなって。
〈こどもステージ〉を何年か見ていて思うのは、やっぱり子供の笑い声で完成するところがあります。思いも寄らないところで笑いがきて、そこから大人の方に笑いが行ったり、その逆で、大人が笑ったところを、だんだん子供もわかっていって、くり返すたびに、いっしょの笑いになっていったり。客席のなかの大人と子供の笑いの交流みたいなものは、すごく面白いなとよく思うんです。これも円の〈こどもステージ〉ならではのものですかね。
──円の〈こどもステージ〉は、子供たちのための桟敷席が最前列に特別に設けてありますから、子供の反応がいちばん早いんですよ。
『ぞんぞろり』の作・演出をする内藤裕子。
『ぞんぞろり』は子供たちに向けての挑戦状
──円の〈こどもステージ〉で、記憶に残っていることを聞かせていただけますか?
実は、岸田今日子さんが出ていらっしゃった『おばけリンゴ』が、わたしが見た初めてのお芝居なんです。6歳か7歳のときでした。
──そんなに小さいときにご覧になったんですか。
そうなんです。それがすごい思い出になっています。そのときの舞台で覚えているのは、大人があんなに一生懸命やってる姿を見たことがなかったから、とても衝撃的で、エネルギーもすごかった。
台詞は覚えていないんですけど、なにしろリンゴを動かすシーンが、忘れられないほど強烈だった記憶があります。〈こどもステージ〉だからといって、子供におもねられた印象がまったくなかった。当時から、そういうことを考えるこましゃくれた子供だったので、そのときのことを思い出して、今回、背伸びして、エネルギッシュなものを真剣にやってみようと。
──作・演出家からの、子供に対する挑戦状ですね。
子供たちには「これ、わかるかな?」ではなく、「ぜひ、わかってもらいたい」と思っています。
──たしかに、おもねっている台詞はひとつもありません。下ネタもないし、安易なギャグで笑わせようとする場面もない。
下ネタだけは絶対にいやです。わたしは本当にこれが面白いと思うんですけど、みんなも面白いと思ってくれたらうれしいなという気持で、自分の好きなことをみんなと共有したい。
あとは客席で、前のめりになって見ていただけるように、演出家の自分が、役者さんといっしょにエネルギーを出して、ひとつのシーンでも子供の印象に残るような、キラリとした一瞬があるようなお芝居にしたいと、日々がんばっております。
──とても楽しみにしています。
取材・文/野中広樹
■作・演出:内藤裕子
■日時:2017年12月21日(木)〜27日(水)
■会場:両国・シアターX
■出演:野村昇史、佐々木敏、岡本瑞恵、上杉陽一、小川剛生、馬渡亜樹、薬丸夏子、清田智彦、近松孝丞、相馬一貴、新上喜美、平田舞
■公式サイト:http://www.en21.co.jp/