風姿花伝プロデュース『THE BEAUTY QUEEN OF LEENANE』演出・小川絵梨子に聞く「マクドナーは殺伐さとブラックな笑いの要素とのバランスが絶妙」

インタビュー
舞台
2017.12.11

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新宿区中落合にある小劇場「シアター風姿花伝」で年に一度行われている劇場制作のプロデュース公演の評判がすこぶるいい。今年2017年は、英国の気鋭マーティン・マクドナーのデビュー作『THE BEAUTY QUEEN OF LEENANE』が12月10日から上演されている(24日まで)。マクドナーは幼いころ、 休暇で過ごした両親の出身地であるアイルランドの小さな村「リナーン」を舞台にした三部作などで注目を集めた劇作家。風姿花伝プロデュースでは、同劇場のレジデントアーティストでもある小川絵梨子が演出を手がける。

風姿花伝プロデュースは「本当に良い作品の提供する」を目指す

 風姿花伝プロデュース公演では、これまで3作品を上演した。2014年の『ボビーフィッシャーはパサデナに住んでいる』は読売演劇大賞最優秀演出家賞、優秀女優賞、優秀作品賞を、2015年の『悲しみを聴く石』は同最優秀スタッフ賞、2016年の『いま、ここにある武器』は同優秀演出家賞、優秀俳優賞を受賞している。小川は『いま、ここにある武器』で翻訳を担当。

 そもそも小川がレジデントアーティストに選ばれたのは、2013年に風姿花伝で、ハロルド・ピンターの『帰郷 -The Homecoming-』を演出したのがきっかけ。ここに劇場支配人である那須佐代子が出演していて「本当に良い作品を上演すればお客さんは来てくれる」との確信を得て、同じく出演していた中嶋しゅうと小川にレジデントアーティストを依頼。そして風姿花伝プロデュースが始まった。中嶋はすでに小川の演出を何度も受けていて「作品はなんでもいいんだよ、小川絵梨子と作れれば」(演劇キック)、「彼女ほど役の大小にかかわらず、役者に寄り添い、一緒に悩んで苦しんで、最後まであきらめずに仕事をする演出家はほかにいない」(産経新聞)など絶大な信頼を口にしている。さらに風姿花伝の空間を気に入り、“俺、2019年まで5カ年計画でプロデューサーとしてかかわるよ”と宣言していた。

中嶋しゅうが選んだ役者陣には信頼がある

『THE BEAUTY QUEEN OF LEENANE』 撮影:沖美帆

『THE BEAUTY QUEEN OF LEENANE』 撮影:沖美帆

 去る7月6日、風姿花伝プロデュース『THE BEAUTY QUEEN OF LEENANE』の演出、出演者は発表された。キャストは、那須と、舞台や映像で活躍しているベテランの鷲尾真知子、ミュージカル『レ・ミゼラブル』でジャン・バルジャン役などを演じている吉原光夫、まつもと市民芸術館レジデンスカンパニー「TCアルプ」出身の内藤栄一だ。中嶋しゅうが『アザー・デザート・シティーズ』出演中に倒れ、亡くなったのはこの日の夜だった。中嶋とは父娘のように、いろいろ相談できる関係だったという小川が静かに語り始めた。

 「しゅうさんは、シーエイティプロデュース『CRIMES OF THE HEART ―心の罪―』(中嶋が企画し出演も予定。小川が演出)、『THE BEAUTY QUEEN OF LEENANE』の両方に出ようとしていたんですよ。両方とも役の設定(年齢)的に無理がありますという話をして、どちらかにしましょうと提案したら、『THE BEAUTY QUEEN OF LEENANE』はプロデューサーに徹するよって。それで内藤栄一君を推薦してくれたんです。しゅうさんが推薦してくれた役者さんなら意義はありませんから。……結果的にしゅうさんはどちらの作品にも出られなくなってしまったんだけど」

 アイルランドの片田舎、リナーンに暮らす病身の母マグ(鷲尾)と行き遅れの娘モーリーン(那須)が肩を寄せ合って暮らしている。マグはモーリーンに家事と世話をさせ、彼女に男の影を感じると邪魔をする。そのことに気づいているモーリーンもマグの頼みを無視したり嫌がらせをしたり。ある日、モーリーンが外出中に、近所に住むレイ(内藤)がパーティの案内を持ってやってくる。イングランドで働いている独身の兄パト(吉原)も久しぶりに帰ってくるという。しかしモーリーンが家を出ると生活に困るマグは、伝言を彼女には伝えなかったーー。

 マクドナーの作品は、毒のある乾いた笑いと暴力的な描写が特徴。『ピローマン』『ロンサム・ウエスト』『スポケーンの左手』を演出している小川はその魅力を「独特で現代的な感覚の笑い。タブーを破るかどうか、スレスレの部分を行ったり来たりする」と語る。

『THE BEAUTY QUEEN OF LEENANE』 撮影:沖美帆

『THE BEAUTY QUEEN OF LEENANE』 撮影:沖美帆

 「長塚圭史さんや森新太郎さんもよく演出されていますが、マクドナー作品は同世代として共有できる面白さを感じます。殺伐さとブラックな笑いの要素のバランスが絶妙だと思うんです。自分が演出する時もその両方がうまく共存できていたらいいなと思っています。私自身もただ怖いだけ、不気味なだけという作品には興味がない。不気味だけど笑える、怖いけど悲しいとか、人間の多面性、多様な感情が舞台上でしっかり描けるものが好きですね。感情が混在していく複雑さ、それはある意味ではとてもシンプルなことだけれど、それをお客さんと共有できたら。今回のキャストの皆さんは私が頼りにさせていただいている方々なので、そのいいバランスを一緒に探っていかれればと考えています」

母娘はお互いを投影し合うがために分離できない

 僕は演劇集団円で有田麻里×立石凉子、パルコプロデュースで白石加代子×大竹しのぶという顔合わせで『THE BEAUTY QUEEN OF LEENANE』を観たことがある。どちらも、壮絶すぎて笑うしかなかった面白さの向こうに人間の本質が浮かび上がってくる。鷲尾と那須、どんな母娘になるのだろう。

 「エクストリームな形では書いてあるけど、基本的にここに描かれている母娘関係は多くの人たちは、わかるわかるって感じるんじゃないかな」と小川。

 と、そこにタイミングよく稽古場にモーリーン役の那須が現れる。那須家の母娘関係はどうですか、特に台所では調味料を置く場所がちょっと違っただけで喧嘩になるとか言いますよね、と声をかけてみた。

 「私と母の場合は仲が良かったからなあ、この物語のようなことはないよ……。あ、でも私と娘(青年座の女優・那須凜)が一緒に台所に立つ時は、私がうるさく言いすぎるので娘がすごいキレる(笑)」

 じゃあ、小川家はどうなのか?

 「私は台所に立たないからねぇ(笑)。でも全然違う形でお互いに依存しているところもある。たぶん同性というのはお互いを投影しあってしまうんでしょうね。だから分離できない。どこかまだ胎盤がつながっている感じかな、どこかね。ただ昔から母と娘の話というのは大概そういう関係のものでしょう。『白雪姫』のころからそうなんだから。ただこれをマクドナーが書いているのは面白いなあと。リナーン三部作のうち『スカル・イン・コネマラ』『ロンサム・ウエスト』は男の人の話で、『THE BEAUTY QUEEN OF LEENANE』だけ違う。へえって思いますね」

 ということで、核心を伺う前に話は脱線、マグとモーリーンがどんなふうになるのか、それは本番の舞台をお楽しみに。

風姿花伝プロデュースは楽しくて、成長できて、試すことができる場

『THE BEAUTY QUEEN OF LEENANE』 撮影:沖美帆

『THE BEAUTY QUEEN OF LEENANE』 撮影:沖美帆


『いま、ここにある武器』那須と中嶋しゅう  撮影:沖美帆

『いま、ここにある武器』那須と中嶋しゅう 撮影:沖美帆

 演出家としては「大」がいくつもいくつも付く活躍ぶりの小川絵梨子だが、フリーランスという根の無い状況にどこかで弱さを感じているようでもあった。そういう意味で風姿花伝にくるとチーム感があるという。

 「『CRIMES OF THE HEART』の時に新聞に“小川組”と書いていただいたんですけど、キャストの皆さんには申し訳ない、ごめんねと思いながらも、すごくうれしかった。わーい、うれしーと思った。風姿花伝で演出できるのはとても楽しみ。那須さんが支配人でいらっしゃるのも、しゅうさんがサポートした劇場というのも大きいですね。本当に今年はいろいろあって。しゅうさんが亡くなった後に父も亡くなった。前半には祖母や叔父が亡くなった。そうした諸々が落ち着いた時に自分が何をやりたいのか、何をやりたくないのかがはっきりしてきたように思うんです。人生なんだかんだ折り返しに近づいて、もう少しやるべきことを考えた方がいいのかもしれないなぁと。特に私は劇団に所属しているわけではないから、帰る場所がどこにもない。だから自分が好きな時にやめればいい、演出家も演劇界も、さよなら、ありがとうっていつでも言えるんだと自分の中の覚悟としてあったんです。でも精神的にそうそう強くいられない時に、しゅうさんが亡くなったあとに、自分に対して悔しいという実感があった。自分がどういう環境でそういう役者さんたちとやらせていただくのが一番うれしいのか、成長させてもらえるのか、試せるのかを考えて、やっぱりこういうことなんだなって心から思いました。そして風姿花伝プロデュースは、自分がそれを感じられる場の一つなんです」

 中嶋しゅうへの信頼感は、小川絵梨子の中ではそのまま、中嶋が選んだキャストへの信頼感にもつながっている。この『THE BEAUTY QUEEN OF LEENANE』には小川のさまざまな想いがきっとすべて凝縮されたものになっているだろう。もちろん中嶋しゅうへの感謝も。

小川絵梨子2004年アクターズスタジオ大学院演出部卒業。04~05年、リンカーン・センターのディレクターズラボに参加。06~07年、平成17年度文化庁新進芸術家海外派遣制度研修生。10年、サム・シェパード作『今は亡きヘンリー・モス』で小田島雄志・翻訳戯曲賞を受賞。12年『12年~奇跡の物語~』『夜の来訪者』『プライド』で第19回読売演劇大賞優秀演出家賞、杉村春子賞を受賞。13年の目覚しい活躍によって、第48回紀伊國屋演劇賞個人賞、第16回千田是也賞、第21回読売演劇大賞優秀演出家賞などを受賞。最近の作品に『テイクミーアウト』『死の舞踏 / 令嬢ジュリー』『マリアの首 -幻に長崎を想う曲-』『クライムズ・オブ・ザ・ハート ―心の罪―』『ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』など。

取材・文:いまいこういち

イベント情報
風姿花伝プロデュース『THE BEAUTY QUEEN OF LEENANE』
 
■脚本:マーティン・マクドナー
■翻訳 演出:小川絵梨子
■出演:那須佐代子、吉原光夫、内藤栄一、鷲尾真知子

 
《東京公演》
■日程:2017年12月10日(日)~24日(日)
■会場:シアター風姿花伝
料金:(全席指定、税込)序5,100円/破5,300円/急5,500円
(※序:12月10日~13日、破:15~19日、急:20~24日)
シニア(65歳以上)4,900円/学生2,000円/高校生以下1,000円
※当日料金は各500円UP
■開演時間:
12月10・11・20・22日19:00、12・15・17・18・24日14:00、13・16・19・21・23日14:00と19:00
■問合せ:シアター風姿花伝 Tel.03-3954-3355(11:00~18:00)

 
《香川公演》
■日程:2017年12月27日(水)~28日(木)
■会場:四国学院大学 ノトススタジオ
■問合せ:四国学院大学パフォーミング・アーツ研究所 Tel.0877-62-2324

 
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