広汎性発達障害のあるピアニスト・野田あすかにインタビュー「ピアノは自分の気持ちを伝えてくれる存在」
野田あすか
ピアニスト・野田あすかが、2018年3月21日(水・祝)から全国を巡るピアノ・リサイタルを行う。野田は広汎性発達障害、解離性障害を抱えており、それが原因で、いじめ、転校、退学、自傷、パニックなど、数々の苦難を経験してきた。そんな彼女を支えたのはピアノ。奏でるピアノの音色はそれまでの苦悩を感じさせない優しさと美しさに溢れており、多くの人を感動させてきた。全国ツアーを前に、レッスンを続ける野田に話を聴いた。
インタビューを始める前に、野田の手を見せてもらうと、オクターブが届かないのでは、と思うくらい小さな手に驚いかされた。ところが「手のひらの皮が伸びるので2㎝くらい広がるんです!」と野田はその場でギューっと手のひらを広げ、目を丸くするこちらを見て茶目っ気たっぷりに笑っていた。
野田あすか
――今年初めて全国ツアーをするにあたり、リサイタルで初めて弾く曲があるそうですね。どのような曲か、教えてください。
クラシックの曲ではドビュッシーの「月の光」、ベートーヴェンのピアノソナタ第14番「月光」、そしてバラキレフの「ひばり」です。
――これらの曲を今回弾きたいと思ったきっかけは?
2017年にリサイタルをしたとき、私はずっと皆さんに「幸せの音楽を届けたい」と思って弾いていたのですが、最後に演奏した時、お客さんが私に来年の希望や光を見せてくれたような気がしたんです。だからその「光」というイメージから今回弾く曲を決めました。また、私はこれまでにソナタの全楽章を人前で弾いたことがなかったので、今回それにもチャレンジをしてみたいと思ったからです。
――それは大きな挑戦となりそうですね。では、オリジナルで初めて披露する曲についても教えてください。
今、決まっているのは「木もれびの記憶」という曲です。この曲は私が小学生の時の記憶から出来た曲です。昼休みに先生が「外で遊びなさい」と皆を外に出したんです。でも私は何をして遊べばいいのかがよく分からなかったので、皆がいろいろなことをしている様子を大きなクスノキの下で一人眺めていたんです。その時、自分がクスノキに守られているような気がしていて、その場所がとても好きになりました。太陽がクスノキの葉っぱに当たって緑色の光になって私を包み、クスノキと私の世界を作ってくれているような気がしたんです。その時の不思議なあたたかさや、少し寂しかった気持ちなども曲に込めました。
――昔のことをとてもしっかり覚えているんですね。今日のインタビューの前に野田さんの曲を聴いたのですが、どの曲も本当に気持ちが楽になる、優しさに溢れる曲だと感じました。
ありがとうございます。どの曲が一番好きでしたか?
野田あすか
――逆に質問されてしまいました(笑)。私が好きな曲は「ぴあちゃんとおさんぽ」です。ところで、野田さんが作る曲は、歌詞がある曲とピアノだけの曲がありますが、歌を付ける、付けないはどうやって決めているんですか?
歌詞を付けようと思う曲は、最初から自分が「歌おう」と思って作っています。だからピアノだけの曲に後から歌詞を付けよう、と思うことはないんです。また、とても高い音を使って作ってしまった場合、そこまで声が出ないですし(笑)。歌詞のない曲は、聴いた人がどう感じるかは、人それぞれ違うと思います。私は、ピアノを通して自分が伝えたいことと、聴いている人が感じることが違っているのがむしろ嬉しいんです。
「これを伝えたい」とハッキリ思うことがある場合は、歌詞を付けてお客さんに何を言いたいか伝えようと思って作っています。
――歌がないピアノ曲でも、どこかメロディの中に歌詞があるような気がしたのですが。
そういう曲には、皆さんがそれぞれ好きな歌詞を付けてくれたら嬉しいです(笑)。
――野田さんにとってピアノはどんな存在ですか?
まず、私より美人さんでしょ?(笑) 言葉でうまく言えないこともピアノがあると楽に言えるような気がします。
――ちなみに野田さんが好きな和音ってありますか?
6度です。曲を作るときに6度を使いすぎないように、と作曲の先生から時々言われるんですが(笑)。ドとソを一緒に鳴らすより、ソの隣のラも一緒に鳴らした時の音の響きが魔法のようで好きなんです。(実際にピアノを鳴らして説明)
――華やかにも、どこか少しもの悲しさを感じる素敵な音になりますね。
今日降っている雪を音で表現するとこんな感じ……(またピアノを鳴らす)。
取材日当日は、記録的な大雪となった都内だったが、めったに雪が降らない宮崎出身の野田は、朝から大喜びで雪の写真をたくさん撮っていたとのこと。その心の高揚を表すかのように、取材中「雪やこんこん」のメロディを普通に弾き出したかと思ったら、一瞬にして様々な音が重なり合う変奏曲に変えて弾き、聴く者たちを感動させていた。
野田あすか
――ところで、好きなピアニストっていらっしゃいますか?
リサイタルを聴いて心に残った人なんですが、デニス・マツーエフというロシア人のピアニストです。普通のピアニストはキラキラした音を出す人が多いと思うんですが、デニスさんはとても深くて暗い音を出すんです。私は当時、小学生でしたけど、時間を忘れて聴き入っていました。あと、ピアノと直接関係ないのですが、演奏中にデニスさんのズホンの裾がものすごくずり上がって、靴下がたくさん見えていたのをよく覚えています(笑)。
――(笑)。野田さんはズーンとくる深くて暗めの音が好きなんですか?
ズーンの音のほうが好きです。今回の「木もれびの記憶」はズーン系です(笑)。
――どのようなズーン系の音を聴けるのか、楽しみです! では、最後になりますが、今回の全国ツアーでお客さんにどのような気持ちを伝えたいですか?
「これを伝えたい」というハッキリとしたものがあるのか、自分では分からないのですが、私のピアノを自由に感じてもらいたいです。楽しい気持ちになる人がいてもいいし、悲しい気持ちになって涙が出てしまう人がいてもいいと思います。私は心を込めてたくさんの「音」を届けたいと思います。
取材・文・撮影=こむらさき
【島根公演】2018年3月21日(水・祝)島根県民会館 大ホール
【新潟公演】2018年5月11日(金)長岡リリックホール・コンサートホール
【高知公演】2018年5月13日(日)高知県立県民文化ホール・オレンジホール
【東京公演】2018年7月13日(金)紀尾井ホール
【静岡公演】2018年7月15日(日)浜松市福祉交流センター
【愛知公演】2018年7月18日(水)アートピアホール
【大阪公演】2018年7月20日(金)あいおいニッセイ同和損保 ザ・フェニックスホール
【兵庫公演】2018年7月21日(土)神戸新聞松方ホール
【宮崎公演】2018年9月30日(日)都城市総合文化ホール 大ホール