【コラム】物語の中のアートたち/ミシェル・ビュッシ『黒い睡蓮』の中のクロード・モネ《睡蓮》

コラム
アート
2018.3.18

画像を全て表示(2件)

実在するアート作品が登場する物語を読むと、実際にその作品を目にした時、物語に出てきた場面や会話が甦り、よりいきいきと鑑賞することができる。また、文による緻密な描写は、深く充実した理解を促すだろう。ここでは絵画を効果的に使っているミステリー小説、ミシェル・ビュッシ『黒い睡蓮』をご紹介する。

>>過去の連載はこちらから

ミシェル・ビュッシ『黒い睡蓮』 集英社公式サイトより(http://books.shueisha.co.jp/CGI/search/syousai_put.cgi?isbn_cd=978-4-08-760740-6&mode=1)

ミシェル・ビュッシ『黒い睡蓮』 集英社公式サイトより(http://books.shueisha.co.jp/CGI/search/syousai_put.cgi?isbn_cd=978-4-08-760740-6&mode=1)

《睡蓮》に翻弄される人々

作品の舞台は、フランス・ノルマンディー地方の村、ジヴェルニー。西洋絵画の巨匠、クロード・モネが愛したことで有名なこの地に、3人の女性が登場する。黒く冷たい石のような老婆と、薄紫色の瞳が魅力的なステファニー、可能性に満ちた少女・ファネットだ。老婆は真っ黒な睡蓮の絵を所持し、ステファニーはアート全般を愛し、ファネットは画才に恵まれている。

村では奇妙な事件が起きる。有力者である眼科医、ジェローム・モルヴァルが殺害されたのだ。捜査はふたりの刑事が担当。警部のローランス・セレナックは少年のような無邪気さと野生の男の力強さを併せ持ち、周囲の人間を巻き込んでいく。ローランスが捜査の先々で出会うのがステファニーと、彼女の目の色を写し取ったかのような絵画、モネの《睡蓮》だ。

印象派の旗手クロード・モネと、彼が愛したジヴェルニーの地

恐らく多くの人は、絵のタイトルや作者の名前を知らなくても、曖昧な輪郭と繊細な色味の睡蓮の絵に見覚えがあるだろう。作者であるクロード・モネは、印象派の画家の中でもとりわけ知名度が高く、広く愛されている。

明るい色彩と光が華やかな芸術運動・印象派が台頭したのは19世紀後半フランス。写真家ナダールのスタジオで開催された絵画展に関する酷評が新聞に掲載され、出展画家たちはモネの《印象・日の出》という絵画に事寄せて「印象派」と呼ばれた。ところがその名称は好意をもって迎えられ、世に広まることとなる。こうしてモネは印象派の旗手となった。

モネは中年期以降、ジヴェルニーに居を構え、生涯この地を拠点として生活した。彼は睡蓮が花咲く池をつくり、それが連作《睡蓮》を創作するきっかけとなる。モネは生涯を通してたくさんの絵を描いたが、睡蓮の絵は少なくとも272枚はあるという。睡蓮の絵が収められた場としては、パリのオランジュリー美術館が有名だが、日本でも直島の地中美術館や京都のアサヒビール大山崎山荘美術館にある作品は、展示空間や睡蓮の池がある庭園も含めて素晴らしく、まるでジヴェルニーの村へ迷い込んだかのような気分になれる。

また、《睡蓮》といえば、今年(2018年)実業家の松方幸次郎が戦前に収集した「松方コレクション」の中で行方不明になっていたモネの大作《睡蓮―柳の反映》がパリのルーブル美術館で見つかり、話題を呼んだ。上野の国立西洋美術館に寄贈された同作品は、画面の半分程度が失われているが、修復の後、2019年6月に公開が予定されている。

アートが引き起こす力 彩り豊かな感情と想像力

『黒い睡蓮』にはたくさんのアートが登場する。たとえば、殺されたモルヴァルのポケットから出てきた絵葉書の一文は、ジヴェルニーにゆかりのある詩人、ルイ・アラゴンの作品の一片だ。警部セレナックは職場にロートレックやゴーギャン、ルノワールの複製画を飾るほどの芸術愛好家であるし、彼が想いを寄せるステファニーは、フラゴナールやドガ、フェルメールの絵に登場する女性像として形容される。ストーリーの細部に至るまでアートの要素がちりばめられ、時には伏線になって作品を彩る。

モネに関して言えば、絵画作品だけではなく、生涯や人物像のほか、アメリカの印象派の画家であるセオドア・ロビンソンや抽象画家のジャクソン・ポロックなど、彼が与えた影響や関連するエピソードもたっぷりと紹介されており、絵が収蔵されている美術館などの情報も豊富だ。そのため本書は、ミステリー愛好家はもちろん、モネの《睡蓮》や印象派の諸作品が好きな人、絵を描くことが好きな人、そしてアートが好きな人はすべて、共感とスリルを味わいながら楽しむことができよう。

作中の事件はいずれも《睡蓮》に関するものだ。絵に執着し手に入れようとした男、絵に影響を受けてすべてを捨てた老人、絵を乗り越えようとした少女と、彼女を守ろうとした少年。美と謎を秘めたジヴェルニーの村の中で、人々の感情と関係性は、まるで印象派の絵のように色彩豊かに移ろい、やがて衝撃的な結末に行き当たる。ラストは本書でもっとも印象的な絵とも言いうるシーンであり、読者が想像力の目で見つめることになるだろう。

書籍情報

黒い睡蓮
著者:ミシェル・ビュッシ
発売日:2017/10/20
定価: 1,200円(本体)+税
『彼女のいない飛行機』で注目を集めた著者が贈る、叙述ミステリの傑作が登場! 三人の女性が語る三つの殺人事件。その真実とは? 読者を謎の迷宮に誘う、仏ルブラン賞・フロベール賞受賞の話題作。

イベント情報

モネ それからの100年
 
【名古屋展】
日時:2018年4月25日(水)~7月1日(日)
場所:名古屋市美術館
 
【横浜展】
日時:2018年7月14日(土)~9月24日(月)
場所:横浜美術館
シェア / 保存先を選択