建築家・隈研吾が約30年間研究してきた“素材”を紹介 『くまのもの 隈研吾とささやく物質、かたる物質』展レポート
東京ステーションギャラリーリニューアル後、初となる建築家に焦点を当てた展覧会『くまのもの 隈研吾とささやく物質、かたる物質 Kengo Kuma:a LAB for materials』が、2018年3月3日(土)〜5月6日(日)まで開催されています。
現在「新国立競技場」の設計に携わっており、その認知度と人気が高まっている隈氏。彼に対し、多くの人が「木を組み合わせる独創的な建築家」というイメージを持っているのではないでしょうか。しかし、隈氏は木だけではなく多くの素材と向き合っています。
ナンチャンナンチャン 2013 Photo: Designhouse
隈氏は本展のタイトルの意味と、展示全体のテーマを次のように語りました。
隈:我々が今やろうとしているのは、物質の復権です。30年間、竹から始まり10種類の物質を研究し、向き合ってきました。今回は、今までの活動の経緯を樹形図にまとめてみました。その理由は、ひとつの物質に向き合ったとき、「ここは失敗したな」「こんなこともできたな」という反省や発見があり、次の物質に活かしているからです。普段はそれを振り返って考える時間もなく活動しているので、この機会に改めて考えてみようと思いました。
隈:樹形図は素材で縦に分かれていますが、並べてみると素材間で横の繋がりが見えてきます。縦の線はふたつに分類できます。ひとつは操作、もうひとつはジオメトリー(グリットや螺旋形状など)です。樹形図は、私たちが研究を続けてきた軌跡だと思います。今回は”研究”の意味を込めてlaboratoryの”LAB”(ラブ)をとり、発音が材料に対しての”LOVE”にもつながっていると考えてこのタイトルにしました。
隈氏の今までの研究結果の発表会ともいえる本展。重要なキーワードである「物質主義」「建築の民主化」というふたつの概念で、展示作品が紹介されています。
1.物質主義
本展は、まず「竹」から始まります。
隈:材料は形だけではなく、五感全部に訴えかけてくるところに面白さがあります。竹でいうと”しなる”ことで、床として使ったときその上を歩くと”ボンボン”と足から伝わって音が鳴るのです。残念ながら本展覧会では展示の上を歩けないのですが、僕の建築は実際に歩いてもらうときにもその素材を感じてほしいのです。あとは質感や、香りですね。中でも八角形の部屋の中につくった「においのパビリオン」と呼んでいるものは、細い竹ひごを組んで作りました。最小限の物質から匂いの効果を最大限引き出そうと考えて作ったものなので、ゆっくり匂いを感じながらご覧になってください。
素材の研究は建物に対してだけではありません。「ガラス」のスペースには小さなグラスや照明が展示されていました。
隈:これは、焼杉の型枠にガラスを吹いて形を形成しています。大きな建築の場合は作りたいと思っても色々なしがらみが多く(笑)、なかなか困難なこともあるので、こういった作品を作ることが一番楽しい仕事だったりします。
大型建築だけではなく、飲食店の改装工事やこういったプロダクトの設計でさえ、隈氏は自身の材料を愛し、向き合って研究しているのです。その姿勢には脱帽するばかりでした。
2.建築の民主化
江戸時代以降、建築は木造から煉瓦作りと材料を変えながらも、人の手のみで作られていました。その後、昭和以降にコンクリート建築やパネル工法が開発され、簡単且つ短時間で建設できるようになります。これにより、大手建設業が似たような建物を大量生産する”建築の工業化”時代へと移りました。
物質を今一度見直している隈氏は、”建築の民主化”を推進したいと考えています。 「新国立競技場」から「紙」の展示スペースにかけての解説で、隈氏の建築に対する考え方の本髄に触れることができました。
隈:僕の建築は、なるべく小さい材料をピースとして使うようにしています。昔の建築って、10センチくらいの材料を組み立てて作っていたんです。そうすると、人の手で運んで作るのも可能ですよね。”簡単に運べる”ということは、ある種、建築の民主化だと思っています。大きな建築会社に頼まないとできないのが建築、というイメージだと思いますが、たとえば木造だったら大工さんでも作れるし、さらには紙でできているものであれば完成した建物だって軽いから簡単に持ち運べるわけです。ここに展示している「和紙の茶室」は、小さな袋に入れて運べるようにしています。
”広大な敷地に建つ壮大な建築”だとばかり思っていた新国立競技場が、実は(主に屋根部分が)10センチほどの木のピースを組み立てて出来ていること。そして、日常生活で私たちが気にも留めていなかった卵を運ぶ紙のケースにまでインスピレーションを受けるほど、常に物質の構造に興味を持つ姿勢。隈氏は建築家でもあり、科学者のようでもあります。
また、隈氏の探究心は留まることを知らず、中国やイタリア・ミラノ、チェコといった様々な国の技術者とも積極的に共同研究を行っているそうです。これから先、隈氏の建築はどこまで進化し発展していくのでしょうか。
隈:常に、色々な素材に興味があるのですが、今一番考えているのはどうすればより経年してもメンテナンスや維持が楽になるかということです。たとえば、緑化屋根が流行っていて私も取り入れたりしますが、クライアントからは「土をのせるのだけは勘弁してほしい」と言われることがあります。理由は土をそのまま乗せるととても重いですし、維持が大変だからです。そこで今回はセラミックパネルを基板として緑化屋根を作りました。これによりとても軽く、かつメンテナンスがしやすくなったのです。新しい素材や、構造も研究しますが既にあるものをより良く改良していく活動も、今後より一層行っていこうと考えています。
鉄骨で補強された煉瓦のユニークな構造も垣間見られる東京ステーションギャラリーは、隈氏自身も大好きな場所だそうです。 実際に行かないと体感できない物質の温もりと香りの先に、新しい建築の未来予想図が見えてくる本展をお見逃しなく。
文・写真=山口智子
イベント情報
【開館時間】10:00 - 18:00 ※金曜日は20:00まで開館 ※入館は閉館の30分前まで
【入館料】一般(当日)1,100円 高校・大学生(当日)900円
※中学生以下無料 ※20名以上の団体は、一般800円、高校・大学生600円
HP:www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/201803_kengo.html