『東西美人画の名作 《序の舞》への系譜』展レポート 上村松園の最高傑作が修復後初公開!
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右:上村松園 《序の舞》(重要文化財)昭和11年 東京藝術大学蔵 左:上村松園 《序の舞 下絵》 昭和11年 松伯美術館蔵
東京藝術大学大学美術館にて、『東西美人画の名作 《序の舞》への系譜』(2018年3月31日〜5月6日)が開幕した。本展は、京都の女性画家・上村松園が描いた《序の舞》の修理後、初の一般公開となる機会に合わせて、「美人画」の歴史を辿るもの。古くは江戸時代初期の浮世絵にさかのぼり、上村松園や鏑木清方を筆頭とした、昭和戦前期までの近代美人画を紹介する。東京と関西で活躍した画家たちを比較展示することで、清楚で優美な女性から、妖艶で甘美な雰囲気をまとう女性まで、多様な美人たちの姿を堪能できる。
会場エントランス
左:島成園 《春の愁い》 大正4年頃 福富太郎コレクション資料室蔵 右:島成園 《美人愛猫》 大正時代 福富太郎コレクション資料室蔵
金子孝信 《季節の客》 昭和15年 東京藝術大学蔵
来場者全員に無料貸し出しをしている音声ガイドは、作曲家が展示作品に合う曲を選定し、音楽を聴きながら鑑賞を楽しめる仕様になっている。一般公開に先立ち催された内覧会より、展覧会の見どころを紹介しよう。
会場風景
美人画のルーツは浮世絵にあり
女性一人の立ち姿が、男女混交の群衆図から独立したのは江戸時代のはじめ頃。《舞踊図》に見られるような、金地や無地を背景として扇子や花を持った遊女や芸妓をモチーフとして描くスタイルが、美人画の原点となった。
左:《寛文美人図》江戸時代 個人蔵 右:《舞踊図》(重要美術品)江戸時代 サントリー美術館蔵
展覧会冒頭では、鈴木春信や喜多川歌麿、鳥居清長など、江戸時代に活躍した人気浮世絵師たちの美人画が並ぶ。春信の繊細な線で描かれた女性、清長が描く八頭身美人など、浮世絵師の個性が反映されている。
左:鳥居清長 《「美南見十二候」 六月 茶屋の遊宴》 天明4年頃 千葉市美術館蔵 右奥:喜多川歌麿 《江戸高名美人「木挽町新やしき 小伊勢屋おちゑ》 寛政4-5年頃 千葉市美術館蔵(ともに展示期間は3月31日〜4月15日)
甘美な女性から気品ある女性まで
近代に入り、東京藝術大学の前身となる東京美術学校が設置されると、美人画に描かれる女性にも変化が訪れた。人物描写はより写実的になり、歴史や思想を主題とするものもあれば、伝統的な美人画の形式から脱し、時代の流行や世相を積極的に取り入れた表現も見られるようになる。
菱田春草 《水鏡》 明治30年 東京藝術大学蔵
菱田春草の《水鏡》は、紫陽花の花が退色し、濁った水面に映る天女の姿が老いていく様を暗示している。三浦孝の《栄誉ナラズヤ》は、日露戦争の戦地に赴いた画家の体験に基づいて描かれた。兵士の死体と周りに咲く菖蒲、遠くを見据える女神の姿は、戦争画と美人画が合わさっているような作品だ。水谷道彦の《春》は、緻密な植物画に着物姿の女性が二人、浮遊感のある構図で描かれている。敷物から転がるリンゴもどこか非現実的で、幻想的な雰囲気だ。
左:水谷道彦 《春》 大正15年 東京藝術大学蔵 右:三浦孝 《栄誉ナラズヤ》 明治38年 東京藝術大学蔵
明治40年に文展(政府主催の展覧会)がはじまると、池田蕉園の《宴の暇》《さつき》のような、甘美でロマンチックな女性像が描かれる一方で、鏑木清方の《たけくらべの美登利》にみるような、優美さを重んじる傾向も高まっていく。
左:池田蕉園 《さつき》 大正2年頃 東京国立近代美術館蔵 右:池田蕉園 《宴の暇》 明治42年 福富太郎コレクション資料室蔵
鏑木清方 《たけくらべの美登利》 昭和15年 京都国立近代美術館蔵
鏑木清方 《にごりえ》(部分) 昭和9年 鎌倉市鏑木清方記念美術館蔵
女性の内面をあらわにした西の美人たち
島成園 《香のゆくえ(武士の妻)》 大正4年 福富太郎コレクション資料室蔵
京都と大阪を中心に発展した関西の美人画は、東京とは趣の異なる作品が目立つ。出陣前の夫の兜(かぶと)に香を焚きしめる女性の、切ない一場面を描いた島成園の《香のゆくえ》、花柳界で働き続けた老婆を鋭い観察眼で描いた、梶原緋佐子の《老妓》など、大正期には心理的リアリズムへの関心が高まっている。
左:谷角日沙春 《淡日さす窓と女》 大正10年 個人蔵 右:梶原緋佐子 《老妓》 大正11年 京都国立近代美術館蔵
同時代には、甲斐庄楠音(かいのしょうただおと)が描く、白い襦袢から肌色が透けてみえる《秋心》、赤襦袢が炎のように揺らめき、鬼の手招きが影に描かれた《幻覚》など、従来の美人画に妖艶さが加わり、独自の世界を発展させた。
左:甲斐庄楠音 《幻覚》 大正9年 京都国立近代美術館蔵 右:甲斐庄楠音 《秋心》 大正6年 京都国立近代美術館蔵
菊池契月 《散策》 昭和9年 京都市美術館蔵
こうした傾向は昭和初期になると、清楚な女性たちへと移り変わり、菊池契月の《友禅の少女》《散策》のような凛とした気品漂う女性や、北野恒富の《いとさんこいさん》にみる清らかな印象の女性像が描かれた。
左:中村大三郎 《三井寺》 昭和14年 東京国立近代美術館蔵 右:菊池契月 《友禅の少女》 昭和8年 京都市美術館蔵
北野恒富 《いとさんこいさん》 昭和11年 京都市美術館蔵
装い新たに修復された美人画の頂点《序の舞》
「序の舞」とは能楽の舞のひとつで、最も気品ある、静かでゆったりとした舞のこと。
上村松園 《序の舞》(重要文化財) 昭和11年 東京藝術大学蔵
京都生まれの日本画家・上村松園は、10代の頃から多くの美人画を手がけていた。その後、官展を中心に活躍し、女性ではじめて文化勲章を受章。《序の舞》は、現代の令嬢が舞う姿を描き、画家自らが「この絵は私の理想の女性の最高のものと言っていい」と評価した、近代美人画の傑作である。
上村松園 《虹を見る》 昭和7年 京都国立近代美術館蔵
制作から80年以上が経過し、絵の具の剥落が進んでいた本作を、「作品がひどく傷んでいるから直すというよりも、今の状態をいかに保つかという課題への挑戦だった」と話すのは、東京藝術大学大学美術館准教授の古田亮氏。顔の部分に用いられた胡粉(白い顔料)が粉状に落ちていくのを、接着剤である膠(にかわ)を慎重に付け足し、2年間の修復作業を終えた。
掛け軸から額装に仕立て直したことについて、古田氏は、「今まで軸を巻いたり開けたりすることで負担がかかっていたので、額装にすることで負担を軽減しようとした」と説明する。可能な限り見た目の印象を変えないよう、大きな額を用意したという本作品の仕上がりは、ぜひ会場で堪能してほしい。
左:上村松園 《鼓の音》 昭和15年 松伯美術館蔵 右奥:上村松園 《草紙洗小町》 昭和12年 東京藝術大学蔵
『東西美人画の名作 《序の舞》への系譜』は2018年5月6日まで。可憐な少女から艶っぽい遊女まで、東西から集った美人たちに会いに、ぜひ足を運んでみてはいかがだろうか。