きのこ帝国はどこから来てどこへ行くのか 10周年ツアー・新木場公演を振り返る

レポート
音楽
2018.4.21
きのこ帝国

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結成10周年ツアー「夢みる頃を過ぎても」  2018.4.1  新木場STUDIO COAST

4月1日、東京・新木場STUDIO COASTできのこ帝国を観た。『結成10周年ツアー「夢みる頃を過ぎても」』は、全9公演がすべてソールドアウトで、この日のステージが5本目になる。ライブ中にドラムの西村が感慨深そうに話していたが、インディーズ期の長かった彼らにとってここはまさに晴れ舞台。ぎっしり満員のフロア、立ち上る熱気、青く澄んだ闇。午後6時ちょうど、祝祭の幕が上がる。

オープニングを飾るのは、5年前のインディーズ・ファーストフルアルバム『eureka』のタイトル曲だ。ノイジーなシューゲイズ・サウンド、ドリーミーなメロディが聴き手をアナザーワールドへ誘う、彼らの原点を象徴する代表曲。続いて「海と花束」「WHIRLPOOL」「クロノスタシス」とインディーズ期の曲でまとめ、バンドがどこからやって来たのか?を明快に示すセットリストに意図が見える。佐藤千亜妃とあーちゃんのツインギターが、メランコリックなアルペジオとノイジーなストロークを交互に繰り返す。西村“コン”の叩き出す精密なビートと谷口滋昭の大きくうねるベースラインが、ひんやりとしかし躍動的なグルーヴを作り上げる。シンプルな蛍光管の光が明滅を繰り返し、シューゲイザー、ダンスビート、アンビエントが絡み合い揺れる空間の中で、佐藤の柔らかい歌声が直接脳内に響いて来る。クロノスタシスって知ってる? 時計の針が止まって見える現象のことだよ。

「とても濃い10年でした。メンバーも変わらずほぼこの4人でやって来れたのがとてもうれしいです。今日は余すところなく楽しんで帰ってください」

あーちゃんがキーボードに回った「猫とアレルギー」から、2015以降のメジャー期の楽曲が次々と登場する。インディーズ期と比べるとよりポップに開かれた曲調が多くなるが、「スカルプチャー」のように大人びた官能を描く楽曲も新たに加わり、きのこ帝国の世界はぐんと広がった。それまでの佐藤千亜妃は女性性をあえて隠していたように見えたが、今目の前で「スカルプチャー」を歌う彼女の声はぞくぞくするほどコケティッシュだ。気だるいムードが徐々にヒートアップしてゆく「退屈しのぎ」から、泣きたいほどにせつない恋歌の「ハッカ」へ。ギターを下ろして歌に専念する佐藤の歌声は本当に素晴らしく、羽毛のように軽いのにナイフのように鋭く心を刺す。

「風化する教室」「桜が咲く前に」「疾走」の3曲は、曲調はまるで異なるが、学生時代の思い出という共通テーマがある。手拍子が似合う軽快なギターロックながら、歌詞には暗い影が深く刻まれた「風化する教室」、メジャーでの初シングルであり、突き抜けた未来への希望を描く「桜が咲く前に」、希望と不安がないまぜになった卒業ソング「疾走」。これはきのこ帝国流の、10代へ向けた青春応援歌。明るい照明の下、アップテンポの曲調に合わせて谷口が手拍子を求める。あーちゃんが長い髪を振り乱してギターを弾く。きのこ帝国の持つポップでアクティブな一面が、ステージを明るく輝かせている。

「せっかくの10周年ツアーなので、佐藤さん以外のメンバーもしゃべります」

中盤では、西村がマイクを握る珍しいシーンが見られた。佐藤とあーちゃんの愛あるツッコミを浴びながら、かつて所属レーベルのイベントでここに来たとき、会場外のステージで演奏したエピソードを話し、「いつかこの中で、ワンマンでやりたいと思っていました。本当にありがとう、感謝しかないです」という言葉に大きな拍手が贈られる。佐藤があとを受け、秋にニューアルバムをリリースすることを発表する。一足早く披露された新曲「&」は、明るい推進力を持つビート、陰りを帯びたキャッチーなメロディと歌詞が印象的なロックチューン。リリースが今から楽しみだ。

時計は午後7時を回り、ライブは佳境へと入ってゆく。明るく広がりのあるミディアムテンポ「怪獣の腕のなか」で経て、映画『湯を沸かすほどの熱い愛』主題歌になったヒットチューン「愛のゆくえ」へ。しっとり聴かせるパートとラウドに沸騰するパートを積み重ねてぐんぐんとテンションを上げ、壮絶なフィードバックノイズから間髪入れずに「夜が明けたら」の静謐なイントロへ。激しく上下する感情曲線に沿って曲は進み、雄大なロックバラード「クライベイビー」へと至る流れは、紛れもなくこの日のクライマックスだ。ずっときみの味方だから。10年後も100年後も、ずっと君のそばに。きのこ帝国の中でもとりわけ純粋で前向きな愛の歌を、心を込めて歌う佐藤千亜妃はとても美しく、バンドは生命力に溢れていた。そういえば「桜が咲く前に」にも“10年後”というワードが出てきたっけ。きのこ帝国の歌にはいつも、はるかな過去の記憶とまだ見ぬ未来への希望が折りたたまれて存在しているような気がする。

「いろんな人に支えられてここまで来ました。本当に感謝です」

バンドの歴史を語る長いMCの中で、佐藤千亜妃は何度も感謝の言葉を口にした。最後は込み上げる感情で声を震わせながらも、「しんみりしちゃった」とおどけたように笑う、いつになくエモーショナルな姿が忘れられない。本編ラストに歌われた「東京」はこれまでに聴いたどの「東京」よりも激しく美しく、万感胸に迫るものだった。あなたに逢えたこの街の名は、東京。バンドの10周年を祝うツアーの東京公演に足を運んだすべてのファンに、これ以上にふさわしい贈り物はないだろう。

「大変な時もあったけれど、どんなことがあってもやめないという選択をして、今後も続けていきます。応援よろしくお願いします」
アンコール。バンドの明るい未来宣言に続き、「あきらめない気持ちを歌にしました」という言葉と共に歌われた新曲「夢みる頃を過ぎても」は、きのこ帝国が新しいステージに突入したことを象徴する1曲だ。10年から次の10年へ。20代から30代へ。積み重ねるものと、失ったもの。そのすべてを包みこむ力強いサウンドとメッセージ。大人になっていく、夢からさめても――。かつての、ナイーブなティーンズ向けのシューゲイズバンドというイメージを乗り越え、より幅広い聴き手の待つポップミュージックの大海へとバンドは進む。「夢みる頃を過ぎても」はきっと、その良き羅針盤になるだろう。

最後まで取っておいた巨大なミラーボールがぐるぐる回る中、この日一番のはしゃぎぶりを見せるオーディエンスを前に「国道スロープ」を演奏するメンバーは、本当に幸せそうだった。あーちゃんがステージに跪いてギターをかきむしり、谷口が最前線まで飛び出してフロアを煽る。西村のドラムはここぞとばかりに弾けまくり、これだけ歌い続けても佐藤千亜妃の声はみずみずしいまま。10年間という歳月が作り上げた、本物のライブバンドがそこにいた。

10周年プロジェクトを締めくくるライブは、9月20日のなんばHatchと9月23日の新木場STUDIO COASTにて。ニューアルバムのリリースも同時期の予定だ。ゆっくりとしかし着実に成長を続ける彼らが、5か月後にどんな姿を見せてくれるのか。想像のその先へ、11年目のきのこ帝国はもう走り出している。


取材・文=宮本英夫

ライブ情報

きのこ帝国 10th Anniversary Final
大阪
【日程】2018年9月20日(木)
【会場】大阪・なんばHatch
東京
【日程】2018年9月23日(日、祝)
【会場】東京・新木場STUDIO COAST
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