『オルセー美術館特別企画 ピエール・ボナール展』記者発表会レポート 現代絵画に続く道を創った、謎多き画家の生涯に迫る
ピエール・ボナール《大きな庭》1895年 油彩、カンヴァス 168×221 cm オルセー美術館 (C)RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF
2018年9月26日(水)〜12月17日(月)まで東京・六本木の国立新美術館での開催が決定した『オルセー美術館特別企画 ピエール・ボナール展』。4月19日(木)に本展の記者発表会が開かれ、開催概要や来日作品などが発表された。19世紀末にナビ派の一員として活動し、20世紀以降は「視神経の冒険」なる自らの芸術を追求した異端の画家・ボナール。本国・フランスでも近年再評価が高まる彼の大回顧展の見どころを、ひと足早くお伝えしよう。
近年再評価が高まる「ナビ派」の代表的画家・ボナールの大回顧展
本展は、フランス・パリのオルセー美術館のボナール・コレクションから約100点の作品が一挙来日。そのほか国内外に所蔵される作品を加え、初来日の約30点を含む計130点以上が観られる日本で14年ぶりの大回顧展となる。
ピエール・ボナール《猫と女性 あるいは 餌をねだる猫》1912年頃 油彩、カンヴァス 78×77.5cm オルセー美術館 (C)RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF
1867年に、パリ郊外のフォントネ=オ=ローズに生まれたピエール・ボナール。パリを拠点にノルマンディーや大西洋岸にも滞在し、後年は南仏に移り住んで最期を迎えた。彼は様々な芸術運動が盛んだった1890年代のパリで、ポール・セリュジェ、モーリス・ドニらと「ナビ派」と呼ばれる芸術家グループを結成。ナビとはヘブライ語で「預言者」の意で、アール・ヌーヴォーが興隆を迎える世紀末のパリで革新的な表現の数々を生み出した。
ピエール・ボナール《フランス=シャンパーニュ》1891年 多色刷りリトグラフ 78×50cm 川崎市市民ミュージアム
ナビ派の画家の中でも日本の美術に大きく影響を受けたボナールは、「日本かぶれのナビ」と呼ばれた。そして20世紀以降は古典的な作品も残しながら、特に後年は目にした光景の印象を描く「視神経の冒険」に挑んだ。ナビ派の画家として画業を出発しつつ、ポスト印象派やその後の前衛芸術運動にも属さずに独自の道を歩んだボナール。そうした画家としての特異な試みこそが、彼を「謎多き画家」あるいは「孤高の画家」とする由縁となっている。
《ル・グラン=ランの庭で煙草を吸うピエール・ボナール》1906年頃 モダン・プリント 6.5×9cm オルセー美術館 (C)RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF
近年、国際的に高まるナビ派再評価の波を受け、2015年にオルセー美術館で開催されたピエール・ボナール展は、同館の企画展で歴代2位となる51万人の入場者数を記録。そんな中、日本で開催される今回の回顧展は、まさに今観るべき画家の作品を一度に鑑賞できる貴重な機会といえるだろう。
130点以上の作品でピエール・ボナールの生涯を通覧する
記者発表会には、国立新美術館の青木保館長と本展を担当する米田尚輝研究員が登壇。まず青木氏が挨拶に立ち、「今回はオルセー美術館の特別展で130点以上の作品が展示されるので、これでボナールという画家のイメージをはっきり掴めると思います。私も今から大変興奮しております」と開幕への期待を語った。
国立新美術館の青木保館長
続いて、オルセー美術館のローランス・デ・カール館長からのビデオレターを放映。デ・カール館長はフランスにおけるボナールという画家の重要性とその功績を解説しつつ、「展覧会では画家の初期から晩年までの業績を、油彩だけでなくデッサンや写真などでも紹介します。オルセー美術館はボナールが撮影した写真も多く所蔵しています。身近な日常をユニークな構図で捉えた写真が絵画作品の糧になっていたことがわかります。優れた絵画作品に加え、こうした様々なジャンルの作品を通じて、ボナールの多彩な側面を知っていただける充実した内容の展覧会です」とメッセージを寄せた。
オルセー美術館のローランス・デ・カール館長からのビデオレター
その後、米田氏が登壇して本展の概要を説明。展示はボナールの生涯を時系列で追いつつ、時代ごとのテーマをまとめた形で構成され、第1章「日本かぶれのナビ」、第2章「ナビ派時代のグラフィックアート」、第3章「スナップショット」、第4章「近代の水の精たち」、第5章「室内と静物『芸術作品ーー時間の静止』」、第6章「ノルマンディーやその他の風景」、第7章「終わりなき夏」という7章立てによって展開されることが発表された。
国立新美術館の米田尚輝研究員が展示概要を説明
130点以上の作品の内訳は、油彩72点、素描17点、版画・挿絵本17点、写真30点。その中にはナビ派の特徴である「親密さ(アンティミテ)」が伝わる作品、ナビ派時代のグラフィック・アートのほか、「裸婦」や「窓」「鏡」をモチーフにしたボナールの代表的な作品などが含まれる。
後年のボナールが探求した「視神経の冒険」とは?
続いて米田氏は、ボナール作品を理解するポイントをいくつかのキーワードを挙げながら解説した。なかでも最も長い時間が割かれたのは、先にも述べた「視神経の冒険」についてである。「視神経の冒険」とは、シンプルな言葉に換えると「眼前を絵画化することの追求」と例えることができる。米田氏は「この言葉をめぐる様々な解釈が、ボナールの技術的位置付けを特異にしている」と語った上で、次のように解説する。
ピエール・ボナール《ル・カネの食堂》1932年 油彩、カンヴァス 96×100.7cm オルセー美術館(ル・カネ、ボナール美術館寄託) (C)Musée d'Orsay, Dist. RMN-Grand Palais / Patrice Schmidt / distributed by AMF
「1910年代には、既にパブロ・ピカソやジョルジュ・ブラックらキュビスムの画家たちが世に出ており、その後にはシュールレアリスムなど前衛芸術運動が非常にたくさん出てきた時なのですが、ボナール自身はこうした当時の前衛芸術にほとんど興味を示しませんでした。そして、そうした前衛芸術とは違うところで自然と対峙し、自分なりの解釈で描きました。これがもうひとつの絵画の道を作ったといえるのです」
ピエール・ボナール《ボート遊び》1907年 油彩、カンヴァス 278×301cm オルセー美術館 (C)Musée d'Orsay, Dist. RMN-Grand Palais / Patrice Schmidt / distributed by AMF
「ボナールの有名な言葉に『部屋に入ったとき、突然目に飛び込んでくるものを見せること』というものがあります。矩形のカンヴァスの隅々まではっきりと描きこまれたような光景は、私たちが本来見ているものとは異なるということをこの言葉は示唆しているように思われます。こうした見方をボナールは別の言葉で、ビジョン・ブリュット(生の見方)とも書き留めており、特に展覧会の後半は、こうした彼の絵画哲学を展望できるものとなるでしょう」
ボナールを読み解く「ジャポニスム」と「動物」、そして「マルト」
同じくキーワードとなるのが「ジャポニスム」だ。ボナールは1890年代にパリのエコール・デ・ボザールで開かれた日本の版画展を目にして大きな衝撃を受け、浮世絵の構図などを自分の作品の中に投影した。米田氏はその影響が色濃く見られる例として《庭の女性たち》を挙げ、「この作品は4枚立てであたかも屏風のような形状をしています。そこに非常に平坦で遠近感がはっきりしていない絵が描かれ、浮世絵を思わせるような構図が見られます」と解説する。
ピエール・ボナール《庭の女性たち》1890-91年 デトランプ、カンヴァスに貼り付けた紙(4点組装飾パネル) 160.5×48cm(各) オルセー美術館 (C)RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF
その一方で「動物」も重要なキーワードだ。ボナールが残した絵画のうち約3分の1の作品には、小さな動物が描かれている。ここで米田氏は、ボナールが挿絵を描いた「博物館誌」(ジュール・ルナール)を挙げて、「これは小さな動物図鑑といっていいもので、ページごとにボナールが描いたいろいろな動物のイラストが載っている非常にかわいらしい書物です」と説明。併せて、本展の注目作品のひとつである《猫と女性 あるいは 餌をねだる猫》にも描かれているように、「猫」がボナールにとってお気に入りのモチーフだったことを解説した。
ピエール・ボナール《白い猫》1894年 油彩、厚紙 51.9×33.5cm オルセー美術館 (C)RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF
もうひとつ挙げたキーワードの「マルト」とは、ボナールと30年近く恋人関係にあり、最終的に妻になった女性マルト・ド・メリニーのこと。米田氏は「ボナールはマルトをモデルにして幾度となく絵を描いたり写真を撮ったりしたが、マルトの本名と実年齢を知ったのは結婚した時だった」という逸話を紹介。本展でも《うなじに左手を置いて座るマルト》の写真や、マルトをモデルにしたとされる絵画の数々が展示される。ナビ派の画家として「親密さ」を大切にしたボナールが描いた愛の形も感じてみたい。
ピエール・ボナール《化粧室 あるいは バラ色の化粧室》1914-21年 油彩、カンヴァス 119.5×79cm オルセー美術館 (C)RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF
音声ガイド・ナビゲーターは神田沙也加に決定!
なお、本展の音声ガイド・ナビゲーターを女優の神田沙也加が担当することが決定。「ボナール家の猫」に扮し、ボナールの絵の世界を案内する。
また、浴室の絵を多く描いたボナールにちなみ、かわいいマカロン型のバスフィズが付いたオリジナルグッズ付前売券も7月4日(水)から300枚限定で発売される。
オリジナルグッズ(マカロン形バスフィズ)付前売券(税込2200円)
19世紀末から20世紀にかけて、近代芸術から現代芸術へ転換する時代にその橋渡し役になった存在といえるピエール・ボナール。その貴重な作品が一挙に観られる機会を今から楽しみに待とう。