海老蔵が5役を勤める『團菊祭五月大歌舞伎』『雷神不動北山櫻』開幕レポート
5月2日に東京・歌舞伎座で『團菊祭五月大歌舞伎』が、初日の幕を開けた。團菊祭とは、明治を代表する歌舞伎俳優の九世市川團十郎と五世尾上菊五郎を讃える、毎年5月の恒例歌舞伎興行のこと。昼の部では『通し狂言 雷神不動北山櫻(なるかみふどう きたやまざくら)』と『女伊達』が上演される。夜の部『弁天娘女男白浪』では、「知らざあ言って聞かせやしょう」の名ゼリフで知られる弁天小僧菊之助を尾上菊五郎が勤める他、『鬼一法眼三略巻 菊畑』、『喜撰』が上演される。
ここでは歌舞伎の様式を守りながらも、笑いあり、アクションあり、艶笑シーンありの大スペクタクルをみせた昼の部『雷神不動北山櫻』の模様を中心にレポートする。
※以下、物語や一部演出に関するネタバレを含みます。
成田屋ゆかりの『雷神不動北山櫻』
幕が開くと、舞台中央に緋毛氈(ひもうせん)が敷かれ、その上に柿色の裃姿の海老蔵が一人。背景には海老蔵が、『雷神不動北山櫻』で勤める5役の写真がかかっている。中央に不動明王。左右には早雲王子、粂寺弾正、安倍清行、そして鳴神上人だ。
口上で海老蔵は、日ごろの贔屓への感謝とともに成田山新勝寺と市川宗家の縁を語った。次に「歌舞伎十八番」に数えられる演目のうち『毛抜』『鳴神』『不動』が、もともとは『雷神不動北山櫻』の一場面であったことを説明。さらに5枚の写真を指しながら、物語の背景と5役の関係性を簡単に解説する。
善悪5役をひとりで勤める大変さを吐露しつつ「いずれも様におかれましては、いつもの数倍のご声援を賜りますよう」と笑いを誘い、最後は力強い台詞回しで場内を沸かせた。
海老蔵が演じわける個性豊かな5役
物語の舞台は平安時代。早雲王子(海老蔵)は、帝となる血筋だったにもかかわらず、陰陽博士により「早雲王子が天皇になれば、必ず天下は乱れる」と予言されたため帝になれなかった過去をもつ。その予言をした陰陽博士というのが安倍清行(海老蔵)。序幕は、天皇の座を虎視眈々と狙う早雲王子の滲みだす「悪さ」と、安倍清行の不思議ちゃんキャラのコントラストが面白い。
清行は、花道から登場するなり溜め息ばかり。100歳を超えた身でありながら「オナゴと宴だと聞いてきたのに(来てみたら男ばかり)」と不貞腐れているのだ。なよなよとしたキャラクターではあるが、見た目の麗しさから不思議な力を持っていそうな気配も漂う。
毛抜が宙を泳ぐ謎解き喜劇『毛抜』
二幕目小野春道館の場は、『毛抜』として歌舞伎十八番に数えられる演目。このエピソードの主人公 粂寺弾正(海老蔵)は、序幕で登場した文屋豊秀(尾上松也)の使者として小野家を訪ね、悪だくみをする八剣玄蕃(團蔵)らと対峙する。腰元 巻絹を演じる雀右衛門、若衆の秦秀太郎を演じる児太郎らの登場をアクセントに、謎解きあり、見得あり、テンポも良く笑いと拍手が絶えなかった。
雲の絶間姫に客席も悩殺される『鳴神』
三幕目第二場は、『鳴神』(北山岩屋の場)。帝位継承問題の折に、一肌脱いでいたのが高僧の鳴神上人(海老蔵)だった。鳴神は帝からの依頼で、霊力により課題を解決した。にもかかわらず「成功したら戒壇を作ってあげる」という約束が破られたことに怒り、龍神を滝壺に閉じ込め、自身も山にこもってしまったのだ。
龍神が封印されたことで雨が降らなくなり、民衆は干ばつに苦しむ。この事態を解決するために送り込まれたのが、菊之助演じる雲の絶間姫(くものたえまひめ)。
女性に免疫のない鳴神に、あの手この手で接近し、龍神の封印を解く手段を聞き出そうとする。その艶っぽさが破壊力抜群。鳴神の弟子の白雲坊(齊入)と黒雲坊(市蔵)は、あっという間に雲の絶間姫の色気にメロメロになり、些か尾籠な掛け合いも。
鳴神は、はじめこそ「訝しい女!」と警戒していたが煩悩に負け、その肌に触れたところから理性を失い、生まれて初めてのお酒で酩酊状態になる。そのすきに雲の絶間姫は、龍神解放のミッションコンプリート。したたかさやしどけなさを、あくまで品よく美しく、時に笑いもまじえて演じた菊之助に、万雷の拍手が贈られた。
一方で、約束を反故にされたり嵌められたり、災難続きの鳴神上人。ハニートラップに堕ちていく過程は、海老蔵×菊之助によりコミカルに描かれニヤニヤと楽しんでみていられたが、雲の絶間姫が去った後、弟子たちを相手に憤怒の形相で荒れ狂うシーンは、激しさの中に悲壮感と美しさがみられた。
伝統の型×挑戦的な舞台演出
大詰では、ついに悪事が表ざたになった早雲王子が、大勢の捕手(追っ手)と大立廻りをみせる。はしごで成田屋の紋を作ったり、2階席まで届こうかという高さのはしごが登場したり、見どころは尽きない。ラストは迫力の三味線音楽と舞台美術でたっぷり荘厳な空気を立ち上らせたところに、不動明王(海老蔵)が降臨。歌舞伎座にいることを一瞬忘れる幻想的なシーンはぜひ客席で体感してほしい。
さらに昼の部の最後は、長唄舞踊『女伊達』。時蔵が腕っぷしの強い女伊達・木崎のお光をイナセに演じ、場内を華やかな空気で満たす。
客席では外国人客グループが字幕ガイドのモニターそっちのけで『毛抜』に手を叩いて笑い、ご夫婦連れが2人で1つのオペラグラスを急かしあいながら『鳴神』を観ていた。
歌舞伎を観る機会が少ない方にも、ストレートプレイの感覚で楽しみつつ、六方、立廻り、ぶっ返り、見得など伝統的な歌舞伎の要素に触れる時間となるのではないだろうか。『雷神不動北山櫻』は、雀右衛門、錦之助、菊之助や松也らの気品ある演技と、海老蔵がダイナミックに魅せてくれる。
5月2日から26日まで、昼の部は『雷神不動北山櫻』『女伊達』、夜の部は『弁天娘女男白浪』『鬼一法眼三略巻 菊畑』『喜撰』が歌舞伎座にて上演される。
取材・文=塚田史香
公演情報
場所:歌舞伎座
出演:
尾上菊五郎、中村梅玉、中村時蔵、中村雀右衛門、中村錦之助、尾上松緑、尾上菊之助、市川海老蔵、市川團蔵、市川左團次 ほか
曲目・演目:
<昼の部>
一、通し狂言 雷神不動北山櫻(なるかみふどうきたやまざくら)
市川海老蔵五役相勤め申し候
二、女伊達(おんなだて)
<夜の部>
一、弁天娘女男白浪(べんてんむすめめおのしらなみ)
二、鬼一法眼三略巻 菊畑(きいちほうげんさんりゃくのまき きくばたけ)
三、喜撰(きせん)
料金:1等席:¥18,000 2等席:¥14,000 3階A席:¥6,000 3階B席 4,000円 1階桟敷席 20,000円
公式サイト:http://www.kabuki-bito.jp/