世界で唯一、「ルオー」の名を掲げる美術館! パナソニック汐留ミュージアムの常設展室「ルオーギャラリー」【SPICEコラム連載「アートぐらし」】vol.34 塚田史香(ライター)
美術家やアーティスト、ライターなど、様々な視点からアートを切り取っていくSPICEコラム連載「アートぐらし」。毎回、“アートがすこし身近になる”ようなエッセイや豆知識などをお届けしていきます。
今回は、ライターの塚田史香さんが、「パナソニック汐留ミュージアムの常設展室・ルオーギャラリー」について語ってくださっています。
ルオーは深そう、むずかしそう
「あの海外セレブも愛用」
「有名ブロガーがリピ買い」
「SNSでも話題の」
このノリの宣伝文の力を信じて書きます。
「あの小林秀雄も愛好」
「梅原龍三郎が愛着を寄せ」
「白樺派でも話題の」
それが、ジョルジュ・ルオー。20世紀に活躍したフランス人画家です。
「批評の神様」と言われる小林秀雄が太鼓判を押した画家の絵画なら、安心して鑑賞できますね!
ジョルジュ・ルオー《秋の夜景》1952年 パナソニック 汐留ミュージアム蔵
と、盛り上げた後で申し上げにくいのですが、私は少しルオーに苦手意識があります。
小林秀雄が良いと言うなら、その良さを知るには技法だけでなく、精神性への深い洞察力が必要かもしれない。歴史や宗教の知識をもって絵を読み解かなければ、ルオーを観たとはいえないかもしれない。ルオーは深そうだ。むずかしそうだ。「なんとなく好き」とは言いにくい空気だ。
そんな思いから、ルオー作品の鑑賞にハードルの高さを感じてしまいます。でも、できればわかるようになりたいです。なぜなら、ルオーがなんとなく好きだからです。
苦手克服と勉強のため、「パナソニック汐留ミュージアム ルオーギャラリー」を訪ねることにしました。
新橋にある、常設でルオーを観られる「ルオーギャラリー」
パナソニック汐留ミュージアムへのアクセスは、新橋駅か汐留駅が便利です。この日は、東京メトロ銀座線新橋駅から向かいました。2番出口から地上に出て、目線を上に動かせば、青い文字で「Panasonic」と書かれたパナソニック汐留ビルを見つけることができます。
このビルを目指します。
思えばルオーへの苦手意識のせいか、私はしばしばルオーとモロー(1826年~1898年、ルオーの師匠)の名前が混ざります。ルオーと言った次の瞬間「モロー?」となり「ルオー? モロー? ルオー?」とくり返すうち、聴覚的なゲシュタルト崩壊に陥るのです。
パリにあるモロー美術館を訪ねた際も、駅からの道で迷子になった私は徒歩4分といわれる距離で、3人に道を聞き、聞くたびにルオーとモローで混乱したことを思い出します。
パナソニック汐留ミュージアムには、迷わずたどり着くことができました!
途中には「旧新橋停車場 鉄道歴史展示室 」があります(写真右手)
銀座線新橋駅2番出口から徒歩5~6分でした。建物内のエスカレーターで4階へ。
世界でここだけ、「ルオー」と名乗れるミュージアム
パナソニック汐留ミュージアムは、2003年に「松下電工NAISミュージアム」の名前で開館しました。2014年にはルオーのお孫さんが代表をつとめるジョルジュ・ルオー財団とパートナーシップ契約を締結し、現在は世界で唯一、「ルオー」と館名に掲げられる美術館です。油彩画や版画をあわせおよそ240点のルオー作品を所蔵し、そこから十数点を入れ替えながら常設展示室「ルオーギャラリー」で企画展ごとのテーマ展示で公開しているとのこと。
『ジョルジュ・ブラック展 絵画から立体への変容 -メタモルフォーシス』は6月24日まで。
お話を聞かせてくれたのは、パナソニック汐留ミュージアム広報担当の倉澤さんと学芸員の宮内さん。まず質問したのは、ルオー鑑賞に必要な知識。やはりキリスト教について学んだ方が、より楽しめるのでしょうか。
倉澤さん:たしかにルオーにとってキリスト像や聖女、聖人は重要なテーマでした。ルオー自身が敬虔なキリスト教徒でもあったので、旧約聖書や新約聖書を知るとより理解しやすいことはあるかもしれません。でもルオーの宗教画は、一般的なものとはイメージが違いますよね? ルオーの絵の色や線の太さから「観ていると気持ちが落ち着く」「感動に共鳴できる」というファンも多いんです。
好きなように、感覚的に楽しんでいいのですね! 鑑賞者としての基本を忘れていた気がします。
倉澤さん:それにルオーは宗教画以外にも、貧しい家族や娼婦、サーカスの道化師、裁判官など、社会の中で日の当たることのない人をテーマにした絵も多く描いています。
厚い信仰心をもちながら描く、社会の底辺層。底辺層へのまなざしをもちながら描く、宗教画。そのふり幅の大きさにグッときます。
ジョルジュ・ルオー《マドレーヌ》1956年 パナソニック 汐留ミュージアム蔵
もう一つ興味深いお話を聞きました。ルオーはもともと絵がとても上手だったそうです。国立美術学校在学中のルオーは、モローが教鞭をとるクラスで正統派の絵を描き、才能を高く評価されていたといいます。
宮内さん:アカデミックな技術を習得したルオーには、たしかなデッサン力がありました。その上で後年のルオーは、サーカスの曲芸師、曲馬師、ダンサーなどを、ルオーなりの美しい人体として独特なプロポーションで描いています。
レンブラント風にも描けるのにあえて! このギャップも素敵です。
ちなみに、小林秀雄や梅原龍三郎が好んだのはどんな絵だったのでしょうか。
宮内さん:梅原が最初に感銘を受けた作品は、今私たちがルオーと聞いてイメージする、黒い輪郭線の優しい表情の人物像とは違い、レリーフのような厚塗りにもまだ取り組んでいない頃の絵です。暗めの絵具を使った画面構成で、人物の表情は険しく、少し怖い雰囲気の作品でした。フランスで勉強をしていた梅原は「こういう描き方もあるんだな」と刺激を受けたのかもしれませんね。
ルオーは86歳まで長生きしました。60年にわたる画業における変遷を追うのも、鑑賞のおもしろさの一つかもしれません。
パナソニック汐留ミュージアムのルオーギャラリー
パナソニック汐留ミュージアム ルオーギャラリー。企画展と同じタイミングで展示作品を入れ替えているそう。
いよいよルオーギャラリーへ。展示テーマは「人体表現と《エジプトへの逃避》」です。ユニークな魅力を放っていたのは、挿絵版画集《ユビュおやじの再生》シリーズとその習作。
宮内さん:伸びやかな生き生きとした人体表現をみてとれます。一見、ルオー作品には見えないかもしれません。
その解説に大きく頷きました。サーカスの軽業師を描いた作品《アクロバット(軽業師 Ⅶ)》も鑑賞できます。
額装をリニューアルして展示されていた《エジプトへの逃避》は、キリスト教絵画でよく描かれる主題です。布にくるまったキリストがいるはずなのですが、近くで見ると何がなんだかわかりませんでした。額縁にも絵具が塗り重ねられ、カンバスも絵具の層で凸凹しています。その立体感のせいか、観る角度で作品の表情が変わります。しばし見入ってしまいました。
ジョルジュ・ルオー《エジプトへの逃避》1952年 パナソニック 汐留ミュージアム蔵
ジョルジュ・ルオーをもっと観たい!
日本には、母国・フランスに次ぐ数のルオー作品が集まっています。たとえば世界有数のコレクションをもつ東京・出光美術館には併設展示コーナーがあり、山梨県・清春白樺美術館でもルオーを鑑賞できます。
栃木県・宇都宮美術館では、2018年7月1日〜8月26日まで『ジョルジュ・ルオー展』が開催されます。
9月29日開幕のパナソニック汐留ミュージアム開館15周年特別展『ジョルジュ・ルオー 聖なる芸術とモデルニテ』では、国内外より集まる約100点のルオー作品が展示されるとのこと。注目は、バチカン美術館から出品される門外不出のルオー作品です。
巨匠の作品を、意外と近くでこれだけ鑑賞できるチャンスがあるのはうれしいことです。苦手意識が消えた勢いで、各所を巡ってみたいと思いました。
最後にこの文を読み返したところ、2か所でルオーとモローを書き間違えていました。ルオーとモローが混ざる症状は、ルオーへの苦手意識が原因ではなかったようです。それはそれで問題なので、次にモロー美術館に行くまでにどうにかしたいと思いました。
施設情報
※天候や災害などにより開館時間を変更する場合がございます。
展覧会によって、水曜日が開館になる場合がございます。
公式サイト:https://panasonic.co.jp/es/museum/