GAKU-MC インタビュー 旅と日常が生んだ13のラップと歌、最新アルバム『Rappuccino』を紐解く
GAKU-MC 撮影=西槇太一
2016年12月、GAKU-MCは旅に出た。船、飛行機、キャンピングカーを乗り継ぎ、家族4人での世界一周旅行。旅先で未知の風景に出会い、人々と触れ合い、自らの生活を見つめ直す体験が、歌詞となりメロディとなり、やがて1枚のアルバムに結実した。それがソロ8作目のオリジナルアルバム『Rappuccino』だ。唯一無二の“ラップでギター弾き語り”というスタイルを追求する中で生まれた、日常にそっと寄り添うポジティブなメッセージと、シンプルなバンドサウンドとループミュージックの幸福な融合。フリースタイルでもダンスミュージックでもないGAKU-MCのヒップホップはどこにあるのか、これが答えだ。
――世界一周って、誰もが憧れる夢だと思うんですけど、実際に行った人には会ったことがないので。GAKUさんの行動力はすごいなあと思います。
ああ、でもね、ちょうど2か月行ってたんですけど、僕らの仕事だったら調整できなくはないし、実際はできる人もいると思うんですよ。転職のタイミングだったりとかで。僕もタイミングを虎視眈々と狙っていて、上の娘の学校のことも考えて、ここだったら行けるんじゃないか?ということで、各所に頭を下げて実現させました。でもそのおかげでこうして形(アルバム)になって、筋は通したのかなという気はしてます。
――つまり、次の作品作りのための、取材旅行でもあった。
そうです。大きな目的として、インターネットで世界の裏側の状況をググれる時代だからこそ、子供たちに実際に見せておくことが必要だと思ったんですね。それともう一つが、この旅をきっかけにアルバムを作ることで――同じ生活をずっとしてる中で出てくる言葉も当然あるんですけど、ちょっと目線を変えると違った角度で見えてくることもあるんですね。そういうきっかけがほしかったというのはありました。
――そこ、まさに聞こうと思ってたんですよ。このアルバムって、たとえば旅先のアフリカで見た風景とか、そういう歌が入ってるわけじゃなく。
そういうのは一個もないですね。
――全部が普通の日常を歌っている曲だなと思って、そこが逆に面白かったです。何か国回ったんでしたっけ。
10か国です。中国、シンガポール、モーリシャス、フランス領のレユニオン島、マダガスカル、モザンビーク、南アフリカ、ブラジル、アメリカ、メキシコかな。南回りの船で半分ぐらい行って、残りは飛行機とキャンピングカーで回りました。
――実際現地で書いたリリックもありますか。
いっぱいありますよ。基本的には、向こうで書いたメモやスケッチを自分あてにメールして、東京に戻って開封してから書き始めるんですけど。「トラベラーズソング」だけは旅前に作った曲で、「孤独な夜があるから」や「グッジョブ」は現地で書いたメモがもとになってます。「孤独な夜があるから」は、アフリカのどこかで思いついた曲だったと思います。「オー・オモテサンドウ」は、去年キャンピングカーで日本中を回ってライブした時に思いついた曲だから、それも旅先でできた曲ですね。
――あらためて聞きます。海外で見たものを、そのままリリックにしなかったのはなぜですか。
もしかして、若かったらそうしたかもしれないですけど、あんまり共感はされないだろうなと。これ(アルバム)をどういう人が手に取るんだろうな?と思った時に、日々の生活の中にはいい時も悪い時もあって、悪い時を乗り切るためにみんなどうやって頑張ってるんだっけ?という時に聴いてもらえたらいいなと思うので、そういう人のためには、もっと自分の生活をちゃんと歌うことが大事だろうと。旅先で浮かれた気持ちになっていると、自分は日々何に苦悩していたんだっけ?っていうことが逆に思い出されるんですよね。でも、非日常を楽しむ中で大事なのは、日常があってこその非日常なわけで、日常の中で“僕はこうして生きています”というものを見せていくことが、みなさんの生活のちょっとした彩りになってくれたらいいなと思います。
GAKU-MC 撮影=西槇太一
――GAKUさんはずっと、そのことをラップで歌い続けてきたと思います。
そうですね。前作の『ついてない1日の終わりに』(2016年)も基本的にはそうでしたし。そもそもヒップホップというミュージックのイズムというものを、僕はそうとらえてるんですね。ヒップホップというと、昨今のフリースタイルブームとかで、自分は人よりスキルがあるぜというところに重きを置いている同業者もいっぱいいて、それはそれですごくわかるんですけど、僕がヒップホップから何をもらったか?というと、日常をどう乗り切って次につなげていくか?ということだったので。それが僕にとってのヒップホップの精神です。じゃあおまえのアルバムはヒップホップなのか?と言われたら、DJは入ってないわ、ギターは弾くわ、クラブミュージックとしてどうなんだ?と言われたら、うーんってなりますけど、でもこれはヒップホップのスピリットを自分なりに消化して進めていることなので。
――フリースタイルのブームの話が出ましたけど、ラップといえばバトルがメインで、若い世代はそれがラップだと思っている節もあると思うんですけど、あれはGAKUさんどう思いますか。
実にいいなあと思いますよ。僕も最初にヒップホップが好きになったのはブレイクダンスがきっかけで、ダンスでバトルするかっこよさがあったからなので。若い時って戦いに憧れるじゃないですか。そこからどんどん深く掘っていって、そこにあるメッセージを取っていけばいいと思うので、すごくいいことだと思います。ただ、俺には絡んでくるなよと(笑)。
――あはは。なるほど。
時々言われますよ。街で声をかけられて、“ラッパーですよね? フリースタイルやってみてくださいよ”とか。でも俺はそっちじゃないから、本当にやるなら本気出しちゃうけど、それにはちょっと時間をくださいみたいな(笑)。あれはあれでいいと思います。ただ僕は、走っていたらみんなと違う方向だった、みたいなことのほうが面白いかな。気が付いたら一人だったんですよ。ラップしながら弾き語りする奴にはそうそうお目にかかったことはないので。
――確かにそうですね。
バトルがないぶん、健全な創作活動になってるのかもしれない。淋しく思う時はありますけどね。バトルのイベントに若い子がたくさん出ていて、自分の同期も出ていて、呼ばれないのは淋しいなというのはもちろんあるんですけど、これはこれで意味があると信じながらやってます。
――その代わり、ポップミュージックのフィールドには自由に出ていけるスタンスですよね。
そうですね。身軽といえば身軽なので、弾き語りならどこでもやれますし。
GAKU-MC 撮影=西槇太一
――実際今回のアルバムも、ギターを使ったバンドサウンドが主体になっていて。
ギターと僕だけというのも何曲かありますし。
――そうそう。ループミュージックもありますけど、質感はあくまで生音中心。
ソロになってからは生の楽器が大好きで、そのためにギターにのめり込んだところもあります。
――ギターは基本、自分ですか。
曲によってお任せしたものもあるし、自分で弾いたものもあります。「デイリーライフミュージック」と「この世界には二種類の人間しかいない」を弾いてくださったのは井草(聖二)くんというギタリストで、僕にとって一番のギターヒーローです。「トラベラーズソング」と「孤独な夜があるから」は僕のギターですね。全部じゃないけどメインで弾いてるのは僕です。
――「孤独な夜があるから」のギターは素晴らしいです。エモかっこいい。
これはヨースケ@HOMEにめちゃめちゃダメ出しされました。12個年下の奴に(笑)。でもそういうことも、大人になってくるとなくなってくるから。ありがたいなと思うし、思い入れもありますね。
――今回は、サウンドプロデューサーが3名。GAKU-MC作品ではお馴染みのマツトモゴー氏に加え、ヨースケ@HOME、沼能友樹の両氏が参加してます。それぞれどんな特徴が?
マツトモくんは僕のバンド、リズムソムリエズのバンマスをやってくれてるので、そのバンドでやってます。ヨースケに関しては10年来の友人で、年は一回り若いんですけど、ずけずけ言ってくる感じがすごく良かったし、本人も自分で弾いて歌うミュージシャンなので、いい作品になったと思いますね。沼能くんは、各方面で経験値を上げていて面白そうな奴がいるということで、会ってすぐに一緒にやることにしたんですけど、すごくいい出会いでしたね。彼の、やりすぎない感じがいいんですよ。いろんな音を入れて豪華にするのはある意味簡単で、そこをぐっとこらえてシンプルに仕上げるさじ加減が、僕と沼能くんはすごく合う。それが良かったので、ウカスカジーのツアーでもギターを弾いてもらうことにしました。
――ゲストボーカルには、昨年のウカスカジーのツアーにも参加した、きっとラットのKEI氏も加わってます。彼は?
若造ですね(笑)。話してると、ポカーンとしますもん。今年の春に大学を卒業したばかりで、まさに自分がCDデビューした年頃で、“うわ、俺ってこういう感じだったんだ”って、自分を見ているような気がする(笑)。可愛いし、自分も初心に返れるし、僕も当時先輩に扉を開けてもらっていたことに気が付いてなかったなとか、その恩返しはこうやって次の世代に託していくことなのかなとか、思ったりして。
――それぞれの、出会いの記録がここにある。
アルバムってまさにそういうことですよね。
GAKU-MC 撮影=西槇太一
――アルバムを通して聴いて、何を感じ取ってもらえたらうれしいですか。
どんな事柄もとらえ方次第だと思うんですよ。トラブルを災いととらえるのか、次への教訓ととらえるのか。その切り返しが見事な人に憧れちゃうんですけど、いつまでも悩んでる人はいつまでも悩んでるし、悩む事柄がいっぱいあるのに全然悩まない人もいるし、この違いはハテ何だろう?とよく思うんですけど。僕はどっちかというと、大変なことの中にも必ず光はあると信じたいタイプで、そういうふうに物事を考えるきっかけになってくれたらいいなと思います。自分の家族にも、友達にも、聴いてくれる人にも、こういう曲を作ることでつながれたりするから、それが僕のモチベーションになってますね。
――曲を届ける世代って意識します?
どうだろう? ライブハウスで前の方にいるのは若い人たちだって、一瞬思うじゃないですか。でもよく見ると、うしろで腕を組みながら見ている僕と同世代の奴も確実にいて、ということに最近よく気が付くようになりました。“ああそうか、昔から聴いてくださる人は一緒に年をとってきたんだな”と思うと、大人が聴けるラップミュージックがあっていいというのは、今までよりもすごく意識してるかもしれない。これからもっと、5枚あとぐらいになると、その頃の悩みはたぶん今と全然違うと思うんですね。それでいいと思うし、それこそが“デイリーライフミュージック”だと思います。僕と同世代ぐらいのラッパーが、日本では一番年上になるんですよ。前例がないから、それを開拓していく楽しみはありますね。ずっとクラブミュージックで行く奴もいるだろうし、その年齢なりに歌えることを歌っていく奴もいるだろうし、それが僕にとっては生活の歌を歌い続けることなんだろうなと思います。
――6月はウカスカジーのツアーで、そのあとは夏フェス、そして10月からは、キャンピングカーで全国を回るアコースティックツアー。充実の日々が待ってます。
ウカスカジーは本当にいいプロジェクトで、びっくりするぐらい曲ができちゃうんですよ。桜井(和寿)は桜井で、僕がこうしたいああしたいというキャッチボールをするから、Mr.Childrenとは違うやり方なんでしょうね。「こんなのどう?」と言ってるうちに、あっという間に新曲がどんどんできてます。サッカー馬鹿二人が、サッカーというキーワードを使いながらも、よりよい明日につながるようなメッセージを伝えていく、僕らが同じ方向を向いてるのはそこが共通点なんでしょうね。ライブも本当に楽しいですし、今年のツアーも間違いなく大盛り上がりすると思います。僕の大前提の使命として、ラップを世の中に広めたいということが、デビューした日から今日まで一貫して変わらないんですよ。いくら“ラップ楽しいですよ”と言っても、何かきっかけがないと、普通の人が1か月に1枚買うアルバムの中にラップは選ばないじゃないですか。でもウカスカジーだと、桜井というフックがあって入ってくる人がいっぱいるから、“ラップの世界にようこそ”ということになったらいい。それは桜井も理解してくれているし、お互いにとってすごくいいプロジェクトだと思ってます。
――キャンピングカーのツアーも、楽しそうですけど、実際相当大変じゃないですか。
大変なんですけど、充実感が本当にあるんですよ。今回のツアーは“アナタのオファーでアナタの街へ”というテーマで、機材も照明もPAも全部持って行くので、どこでもできるんです。とにかく雰囲気のいい場所でやりたくて、今みなさんから募集しているところです。PAも照明もあるライブハウスよりも、特色のあるカフェとかのほうが面白い出会いがたくさんあったりして。みんなで料理したり、銭湯巡りするのも楽しいし、朝起きるとバックミラーに差し入れのパンがぶら下がってたりする時もあるし、今日はうちの駐車場で寝てけば?と言ってくれる人もいる。
――人情ですね。素晴らしい。
僕らミュージシャンはいろんな街に行っても、ホテルとライブ会場と打ち上げ会場の3か所しか行かないことが多いんですけど、キャンピングカーならその街のことをめちゃめちゃ知れます。旅先が好きになると、その街の人に思い入れができて、思い入れができると歌にも返ってくる。相乗効果ですね。ただこのメンバーで、そこまでキャンピングカーがいいぜと言ってるのは俺だけの可能性はある(笑)。本当はホテルに泊まりたいと思ってるかもしれないけど、そうじゃないと信じて回りたい(笑)。だいたい会場に横付けしてあるので、写真でも撮って、旅の気分をちょっとでも味わっていただければと思います。
取材・文=宮本英夫 撮影=西槇太一
GAKU-MC 撮影=西槇太一