吉右衛門の男伊達に芝翫の破戒僧 夏先どりの『六月大歌舞伎』開幕レポート

レポート
舞台
2018.6.11
『夏祭浪花鑑』左から団七九郎兵衛=中村吉右衛門、三河屋義平次=嵐橘三郎 (C)松竹

『夏祭浪花鑑』左から団七九郎兵衛=中村吉右衛門、三河屋義平次=嵐橘三郎 (C)松竹

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6月2日(土)に歌舞伎座で『歌舞伎座百三十年 六月大歌舞伎』が開幕した。「夜の部」では夏の風物詩的演目『夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)』と、怪談物『巷談宵宮雨(こうだんよみやのあめ)』の2作が上演されている。この記事では「夜の部」の模様をレポートする。

※以下、ネタバレを含みますので、物語の筋を知らずにご覧になりたい方はご注意ください。

歌舞伎座で一足先に夏の風情

『夏祭浪花鑑』は、延享2年(1745年)7月に大坂・竹本座で初演された義太夫狂言で、物語の舞台は上方。主人公の団七九郎兵衛(中村吉右衛門)は愚直なまでに義理を貫こうとし、舅殺しの罪を背負うことになる。

『巷談宵宮雨』の初演は昭和10年(1935年)9月の東京・歌舞伎座。物語の舞台は江戸・深川。好色で欲深い元僧侶の龍達(中村芝翫)が、甥っ子の手にかかり怨霊となって現れる怪談話だ。

この2作は、作られた時代も登場する場所も、主人公たちの了見も違う。しかし、どちらも夏の出来事を描き、夏祭りに関する描写が登場する点で共通する。

子どもの頃は、夏祭りの日が近づくとソワソワした。あの高揚感が胸のざわつきにすり替わり、正気を失わせ、不幸な事件の引き金となることがあるのだろうか。『夏祭浪花鑑』でも『巷談宵宮雨』でも、夏祭りと並走するように悲劇が起こる。

『夏祭浪花鑑』「鳥居前」

序幕は、住吉鳥居前の場。主君の子息・磯之丞のためにした喧嘩で、相手が死んでしまい、死罪となる予定だった堺の魚売り・団七が、主君の尽力により放免されることとなる。出牢したばかりの団七は、髪もヒゲも眉毛も伸び放題。背中を丸めぼそぼそとしゃべる。

しかし、三婦(中村歌六)から着替えを受け取り、身なりを整え再登場した団七は、生まれ変わったようないい男。声には覇気と色気があり、剃りたての頭に白地の浴衣。上半身には播磨屋の揚羽蝶の紋が、大胆に藍色で染め抜かれている。「播磨屋!」の大向こうの掛け声とともに、歌舞伎座が割れんばかりの拍手が沸いた。

親子孫の競演も見逃せない

団七以外のキャラクターも魅力的。たとえば錦之助が演じるのは、熱血漢の団七に対し、クールな佇まいの侠客・一寸徳兵衛。団七と徳兵衛はタイマン勝負を経てお互いを知り、兄弟の契りを結ぶ。少年漫画でもみかける展開だが、このシーンの格好よさは、立札をつかった立廻り、テンポよく決まる見得、胸のすくような附打の音など、歌舞伎ならではの要素にある。観ていて心が華やぐ一幕。

その喧嘩を仲裁するのが、団七の女房 お梶(菊之助)。この場面には、団七の息子・市松を吉右衛門の実の孫である寺嶋和史が演じ、市松の母親役を和史の実の父である菊之助が勤めている。菊之助に手をひかれて登場した和史は、歌舞伎座の舞台に臆することなく台詞を言い、役を勤める。

団七が市松を背負う際の「重くなったね」というセリフには、祖父・吉右衛門と孫・和史の素顔が垣間見られ、客席の空気を和ませた。団七一家三人での引っ込みには、あたたかい拍手が贈られた。

個性派がゾクゾクと登場「三婦内の場」

世間知らずで放蕩息子の磯之丞(種之助)と、その恋仲であるはんなり美人の傾城琴浦(米吉)は、追っ手から逃げなくてはならない身の上で、三婦の家にかくまわれている。にも関わらず終始おっとり。二人の問題意識の低さが、苛立ちではなくおかしみを誘うのは、種之助と米吉の初々しくも品のある演技のおかげかもしれない。

中村歌六が演じる三婦(さぶ)は、面倒見の良いおじいさん。数珠を肌身離さず持ち歩いているが、ちらりと見える入れ墨や、追っ手の一味の腕をねじり上げる様から、昔は相当やんちゃをしていたのだろうと想像させる。女房のおつぎ(東蔵)が、いまだに焼きもちを焼くほど惚れているのも納得の男ぶりだった。

格好よいといえば、雀右衛門が演じる徳兵衛の女房お辰。

お辰は、顔に色気がありすぎるから、移り気な磯之丞を預けることはできないと三婦に言われる。それでは夫(徳兵衛)の「男がたたない」と、お辰は自分の顔に焼けた鉄を押しあてる。火傷を負った顔で「これでも色気がござんすか?」と三婦に詰め寄る姿は、不思議とかえって色っぽくみえた。思い切りよくやったわりに、火傷を痛がるところはご愛嬌。顔の火傷を徳兵衛に怒られはしないかと心配するおつぎに、「こちの人(徳兵衛)の好くのはここ(顔)じゃない。ここ(心)でござんす」と自分の胸をさす。その笑顔の美しさと愛らしさが印象的だった。

登場人物たちの見せ場が続く中、団七の舅・義平次(橘三郎)がお金のために傾城琴浦を連れ去っていく。

汗と泥と血と祭囃子の大詰「長町裏の場」

団七には琴浦を守らなくてはならない義理がある。同時に、舅に対しても義理を立てようとするのが団七の性格。挑発的に罵倒しつづける義平次に対し、団七はひたすら「琴浦をかえしてほしい」と頭を下げ続ける。しかし、いよいよ揉みあいになると、事故的に義平次が深い傷を負ってしまう。団七は、義平次にトドメを刺さざるを得ない状況へ追い込まれていく。

クライマックスの「殺しの場」で、団七は髪を乱し上半身を露わにし、汗と泥と血まみれる中で義平次を手にかける。それが美しい場面に見えてしまうのは、赤い褌、鮮やかな入れ墨のせいだろうか。伝統の中で洗練されてきた型の力だろうか。遠くに聞こえていた祭囃子がどんどん近づいてくる。震えながら死体を隠し、刀をおさめ、着物を羽織る団七。観ている側の心拍数は上がり続ける。エンディングで、花道から去る団七の異様な目の光が忘れられない。

怪談『巷談宵宮雨』

「夜の部」後半は、宇野信夫作の代表作『巷談宵宮雨』。怪談話で、たしかに化けて出てくるものはあるのだが、笑いで盛り上がる1時間45分だった。キャストは破戒僧の龍達を中村芝翫、龍達の甥・虎鰒の太十を尾上松緑、太十の女房・おいちを中村雀右衛門。いずれも初役だ。

舞台は江戸・深川。明後日は深川八幡の祭礼だという。

龍達は、僧侶でありながら女犯の罪でさらし者となる。そんな龍達をひきとったのが太十とおいちだった。龍達は、お寺に隠した百両のお金を掘り起こしてきてほしいと太十に頼む。太十はその分け前を期待して快諾、無事にミッションを成功させる。しかし龍達から渡された謝礼はわずか2両。ここから関係性が、大きくこじれていく。

『巷談宵宮雨』右から龍達=中村芝翫、虎鰒の太十=尾上松緑、おいち=中村雀右衛門 (C)松竹

『巷談宵宮雨』右から龍達=中村芝翫、虎鰒の太十=尾上松緑、おいち=中村雀右衛門 (C)松竹

歌舞伎座でドタバタホラー?!

松緑は、太十を肝の据わった「人たらし」に仕上げ、喜劇とホラーを行き来する本作を引き締めていた。太十が大真面目だからこそ、周辺のおかしさが引き立つ。雀右衛門のおいちは、悪人でこそないものの善人とも言い難い。預かったおとらを借金のかたに奉公に出すばかりか、奉公先が辛いと帰ってきたおとらを追い返す始末。雀右衛門のリアクションのうまさは、後半の笑いの連続に一役も二役もかっていた。

龍達は、ぼさぼさの髪で、いつも体のどこかしらを「痒い、痒い」と掻きむしる。時々、形ばかりのお経を唱える。お金を掘り起こしに向かった太十を待つ間は、繰り返しお金の心配(太十の心配ではなく)をする、小汚くて欲深いダメ僧侶だが、生まれてすぐに太十の家に里子に出した娘・おとら(児太郎)にふと会いたがる一面もある。

芝翫はちょっとした台詞の間合いや声のトーンで笑える空気を作っていた。序幕には、姿は見せず寝息だけで観客の笑いを誘った。大詰では、毒を盛られ苦しむ息遣いだけで観客を恐怖で黙らせた。ただのドタバタ喜劇では終わらせない底力に息をのんだ。

なお「昼の部」では、義太夫狂言の『妹背山婦女庭訓 三笠山御殿』、舞踊の『六歌仙容彩文屋』、世話狂言『酔菩提悟道野晒 野晒悟助』とバラエティ豊かなラインナップ。『野晒悟助』では尾上菊五郎が20年ぶりに悟助役を勤めている。『歌舞伎座百三十年 六月大歌舞伎』は、6月2日(土)から26日(火)まで歌舞伎座にて上演。

取材・文=塚田史香

公演情報

歌舞伎座百三十年 『六月大歌舞伎』

日程:2018年6月2日(土)~2018年6月26日(火)
場所:歌舞伎座
 
出演:
昼の部:尾上菊五郎、中村時蔵、中村芝翫、尾上松緑、尾上菊之助 ほか 
夜の部:中村吉右衛門、中村雀右衛門、中村芝翫、尾上松緑、尾上菊之助 ほか 
(菊五郎、時蔵は昼の部のみ、吉右衛門、雀右衛門は夜の部のみ出演)
 
曲目・演目:
<昼の部=11:00> 
一、妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん) 
三笠山御殿 
二、六歌仙容彩 
文屋(ぶんや) 
三、酔菩提悟道野晒 
野晒悟助(のざらしごすけ)
 
<夜の部=16:30> 
一、夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ) 
鳥居前 
三婦内 
長町裏 
二、巷談宵宮雨(こうだんよみやのあめ) 
深川黒江町寺門前虎鰒の太十宅の場より 
深川丸太橋の場まで
 
チケット料金:1等席:¥18,000 2等席:¥14,000 3階A席:¥6,000 3階B席 4,000円 1階桟敷席 20,000円
 
公式サイト:http://www.kabuki-bito.jp/
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