落合博満 契約はドライに、引き際はきれいに「オレ流監督の仕事術」~アスリート本から学び倒す社会人超サバイバル術【コラム】

コラム
スポーツ
2018.8.22

8年間で4度のリーグ優勝を達成した名将

「話は聞きますよ。聞くだけ。今の生活を壊してまでも、それに魅力があるものかどうか考える」

テレビ朝日系列『中居正広のスポーツ!号外スクープ狙います!』に出演した落合博満は、監督オファーについて聞かれるとそう答えた。

「2011年の9月に来年契約しませんって言われた時にラクになった。あぁ来年以降のことをいっさい考えなくていいんだって」

選手時代は前人未到の三冠王を3度獲得、監督では8年間で4度の優勝を勝ち取った男にここまで言わせるハードな仕事。それでも度々、低迷するチームの新監督候補として待望論は根強い。現在64歳だが、野村克也が楽天監督に就任したのは70歳である(なお今季シーズン途中に辞任した梨田昌孝は落合と同じ1953年生まれだ)。いつかまた、ユニフォームを着ることがあるのだろうか? 

今回は2011年に落合が中日監督の座を退いた直後に出版された『采配』(ダイヤモンド社)を紹介しよう。本書は“孤独に勝たなければ、勝負に勝てない”や“「心技体」ではなく「体技心」”といったように66の項目別に編集されている。コアな野球ファンに向けた本というよりは、ビジネス書といった作りだ。最近の野球本はそういうテイストじゃないと企画が通りにくい現実もある。気が付けば、選手や監督コーチの著書がどれも似たような読後感になりがちな悪循環。だが、さすが落合本の場合は違う。すべてのロジックのベースに圧倒的な実績というファクトがある。
 

30代に何をするかで、40代で決まる…落合哲学の数々

「夕食をサッと済ませ、自室でパソコンに向かっていようが、奥さんや彼女と長電話していようが構わない。プロ野球選手は、グラウンドで結果さえ残してくれればいいのだ」

落合はそう書く。プロは結果がすべてだよと。その結果を出すにはどうしたらいいのか、丁寧にロジカルに説明するわけだ。例えば、“「嫌われている」「相性が合わない」は逃げ道である”では、「俺は好き嫌いで選手を使うことはない」と断言。何の仕事でも上手くいかない時は「上司が悪い」なんつってヤケ酒かっ食らうが、落合は「そう考え始めた時は、自身を見る目が曇り始めたサインだと気づいてほしい」と諭す。

要は実力不足だよと。突き抜けた実力があれば、チームの勝利のためには嫌いな選手でも“結果を出せる人材”を監督は使うだろう。事実、現役時代の落合はオレ流調整と言われ、首脳陣たちとも決して良好な関係とは言えなかった。それでも、4番で使われたのは落合ならなんとかしてくれるという一種の信頼があったからだ。プロ野球に限らず仕事において、「好き嫌い」と「信頼」は別モノだ。仕事は恋愛じゃない。フリーライターでも、呑み友達だからみたいな理由で原稿を安請け合いするとのちのち地獄を見るハメになる…って、さすがメイン読者層の30代以上の社会人に寄せてくる内容だ。

“30代に何をするかで、40代で決まる”という項目では、20代でしっかりした土台を築き、充実した30代にしていくべきと書く。落合自身も社会人経由のプロ入りは25歳と遅いスタートだっただけに説得力がある。サラリーマンでも、夢と野望を胸に抱いて就職したら、20代の内はあれだけ嫌っていたオヤジたちの小間使いのような仕事も多い。だが人生の勝負は30代になってから。焦らず今できることをやりなさいよと。ちなみに落合は40歳という高齢で初めてのFA移籍で巨人のユニフォームを着ている。
 

落合流、引き際の美学とは?

個人的に好きなのは「契約はドライに。引き際はきれいに」という一文だ。プロ野球選手の人生は引退してからも続いていく。ゴネて辞めて得することはひとつもない。最後はきれいに終わった方がいい。日本ハム時代の98年シーズン終盤に落合は引退試合も行わず、チーム最終戦の指名打者での先発出場打診も断り、代打で登場して一ゴロに倒れる。偉大な三冠王にしては静かな終わり方だ。しかし、9月のある試合終了後、仲間にはオレ流の別れを告げている。ロッカールームにベンチ入りの全選手を集め、当時44歳の落合は慣れない優勝争いを戦う後輩たちにこう檄を飛ばすのだ。

「俺は今年限りでこのチームからいなくなる。若い連中はまだまだ先が長いんだから、優勝の経験は絶対プラスになる。誰のためでもなく自分のために優勝しよう」

契約はドライに、引き際はきれいに。そして自分のために働け…か。転職の際は上手くいかない理由を会社や上司のせいにして、すかしっ屁みたいな憎まれ口を叩いてきた俺も見習いたい姿勢である。

引退した1998年冬に出版された著書『野球人』(ベースボール・マガジン社)の中では、落合は甲子園の高校野球について「若い素材を無駄に消耗させてしまう日程の問題など、(試合前セレモニーなどの)ショーを企画する前に対応しておかなければならないことは多い」と高野連に苦言を呈している。そして、こうも言っているのだ。「連盟や協会の方々には、プレーヤーを第一に考え、環境整備や制度作りに尽力していただきたいと願っている」と。

20年前から、この視点を持っていた落合博満にはプロ・アマ問わず、ぜひ“野球界の現場”に戻ってきてほしいものである。

 
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