ケントリッジ演出の新制作《魔笛》で新国立劇場の2018/19オペラ・シーズンが10/3開幕
新国立劇場オペラ『魔笛』(撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場)
新国立劇場の2018/19オペラ・シーズンが2018年10月3日(水)に開幕する。演目はモーツァルト作曲の《魔笛》。10月1日に行われたゲネプロを観た。
新国立劇場オペラ『魔笛』(撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場)
〈動くドローイング〉の魔術師ケントリッジの演出
この《魔笛》の一番の話題はウィリアム・ケントリッジの演出である。南アフリカ出身の現代美術家ケントリッジは、《魔笛》に描かれている光と闇に注目し、それを舞台美術と演出で見事に描きだしているのだ。このプロダクションは新国立劇場にとっては新制作だが、2005年にブリュッセルのモネ劇場で初演されて以来、すでにヨーロッパ各国の劇場で上演されてきた名舞台である。
バロック劇場風の美しい額縁に、ケントリッジ自身が描く〈動くドローイング〉の数々が、黒地に白い線描で映写される。このオペラの重要な要素であるフリーメイソンに関わる様々なモチーフ、幾何学的な線、鳥や動物たち。動きをもって映し出される映像は手描きの魅力が一杯だ。また、劇的な場面でのプロジェクションは舞台をとても大きく見せ、思わず目を見張ってしまう。
新国立劇場オペラ『魔笛』(撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場)
だがケントリッジの凄さは、この美術が演出の一部分として、《魔笛》の持つ深い意味に呼応しているところである。時代は19世紀末に設定され、暗箱カメラを通して覗いた世界であることが示される。18世紀に書かれたエジプトを思わせるおとぎ話が、19世紀のアフリカ探検と植民地化の時代に移されているために、台本に記されている、夜の女王が支配する闇の世界が悪であり、ザラストロが代表する光の世界が善である、という対立が部分的にくつがえされているのだ(ザラストロが歌うときに舞台奥に映写される動画などにも注目してほしい)。これは南アフリカ出身でヨハネスブルクに住みつづけて活動をしてきたケントリッジならではの《魔笛》の読み解き、と言っていいだろう。
新国立劇場オペラ『魔笛』(撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場)
男性社会の権威や啓蒙主義に疑問の眼差しが向けられることにより、際立つのはタミーノとパミーナのカップルの〈愛の試練〉である。特に、結社への入会の試練を受けるタミーノよりも、一人の女性として人生の試練にさらされるパミーナの成長がしっかり描かれているのは、最後にパミーナがタミーノを導いて二人が一緒に試練に立ち向かうクライマックスに上手く結びついていた。
新国立劇場オペラ『魔笛』(撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場)
主演歌手たちの魅力あふれる歌唱
ゲネプロであるにも関わらず、歌手たちの歌声も力強かった。特にパミーナを歌った林正子は声の輝き、音楽性、そしてドラマチックな表現力でこのオペラのヒロインにふさわしい歌唱であった。またタミーノを歌うスティーヴ・ダヴィスリムのスタイルのある歌唱も魅力的である。夜の女王の安井陽子は安定の出来栄え。声の立派さで際立ったのはザラストロのサヴァ・ヴェミッチ。パパゲーノのアンドレ・シュエンとパパゲーナの九嶋香奈枝は若々しさ、弁者の成田眞は説得力のある歌唱が印象に残った。新国立劇場合唱団のいつもながら気品と力強さを兼ねあわせた歌も素晴らしい。
新国立劇場オペラ『魔笛』(撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場)
新国立劇場オペラ『魔笛』(撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場)
新国立劇場オペラ『魔笛』(撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場)
ピリオド楽器奏法に目配りした演奏
東京フィルハーモニー交響楽団を指揮するのはドイツ人指揮者ローラント・ベーア。モーツァルトのスペシャリストである。このプロダクション初演時の指揮者ルネ・ヤコブスのアプローチをうまく引き継ぎ、モダン・オーケストラながらもピリオド楽器奏法に目配りした演奏で、色彩感、各楽器の浮き上がらせ方などでモーツァルトの音楽の真髄を伝えている。パーカッションによる効果音も巧みに使われていた。
新国立劇場で長く愛されたミヒャエル・ハンペ演出の《魔笛》(その初演を指揮したのは今シーズンから芸術監督となった大野和士であった)がより伝統的な解釈を示していたのに比べ、ケントリッジの《魔笛》は、観客への問題提起がよりはっきりしているように思われる。あなたはこの《魔笛》から、何を受け取るだろうか?
新国立劇場オペラ『魔笛』(撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場)
取材・文=井内美香