ブルガリア国立歌劇場『カルメン』~歌唱・演奏・演出…全てが迫力満点の話題作、10.5開幕

レポート
クラシック
2018.10.4
ブルガリア国立歌劇場『カルメン』(現地公演舞台写真)

ブルガリア国立歌劇場『カルメン』(現地公演舞台写真)

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2018年10月5日(金)に初日を迎えるブルガリア国立歌劇場の『カルメン』(新制作)のゲネプロ(総通し稽古)を、10月3日に上野の東京文化会館で見学した。

ブルガリア国立歌劇場『カルメン』(現地公演舞台写真)

ブルガリア国立歌劇場『カルメン』(現地公演舞台写真)

過去の来日公演でも、他にはないユニークなプロダクションで日本の観客を湧かせてきたこの東欧のオペラハウス、演出を手掛けるのは総裁のプラーメン・カルターロフだ。膨大な演劇的ボキャブラリーと歴史やアートに関する知性をもつ彼の手にかかると『トスカ』も『イーゴリ公』も、オーソドックスな演出からはかけ離れた独自の世界になる。2015年の『イーゴリ公』では、ビザンチン様式の聖人の巨大なアイコンが空に浮かぶサイケデリックな美術に驚いた記憶があるが、カルタ―ロフのオペラ演出の理念は奇抜さで観客を動揺させることではなく、「物語の奥の最も深い本質を表す」ことだ。『カルメン』でも、その追究が行われていた。

それにしてもユニークだ。これまでオペラファンが見てきた『カルメン』の常套的な道具仕立てはすべて削ぎ落され、兵隊たちもタバコ工場の女工たちも、すべて黒いローブをまとった「カオナシ」のような姿で登場する。カルタ―ロフはギリシア悲劇と日本の能から演出のヒントを得たというが、この黒いカオナシたちは、まさにギリシア演劇のコロスだ。カルメンとホセだけがそれとわかるコスチュームを付け、赤い円卓の上でドラマを繰り広げていくが、その卓は生贄を捧げるための盆にも見えてくる。カルメンとホセ、ミカエラしかその円卓に乗ることは出来ない。彼らだけが運命の生贄で、あとは顔のない他者たちだからだ。

ブルガリア国立歌劇場『カルメン』(現地公演舞台写真)

ブルガリア国立歌劇場『カルメン』(現地公演舞台写真)

ゲネプロではカルメンを10月6日のキャスト、ゲルガーナ・ルセコーヴァが歌い、ホセ、エスカミーリョ、ミカエラ、その他の役を初日キャストの歌手が歌った。初日キャストのナディア・クラステヴァがカルメンの当たり役ということで期待されていたが、ダブルキャストのルセコーヴァも堂々としていて、声にも気迫があり芝居も達者。カスタネットの扱いだけは少しだけ手間取っていたように見えたが、暗い情念を感じさせる歌声には、観客の耳をひきつけるものがある。ホセのコスタディン・アンドレエフはこの劇場のベテランで強い喉をもつテノールで、ゲネでも絶唱を聴かせた。ミカエラのツヴェタナ・パンドロフスカは『トゥーランドット』のリューも歌うという。可憐な姿のソプラノだが、歌唱力は大変高く、カルメンと正反対の明るさと人間の善性を表現していた。

タイトルロールを歌うナディア・クラスティヴァ/ゲルガーナ・ルセコーヴァ

タイトルロールを歌うナディア・クラスティヴァ/ゲルガーナ・ルセコーヴァ

ブルガリアではレチタティーヴォ部分をカットして台詞でつなぐ版が採用され 、オリジナルのオペラ・コミック版を使用していると思っていたら、 台本からすべて指揮の原田慶太楼が書いたもので、フランス語が得意な原田の台本を、カルタ― ロフが採用したという。歌手たちにはセリフの芝居のクオリティも求められるが、 ディクションもよく、コロシアム風のセットともよく合っていた。

その原田慶太楼は、アメリカを拠点に活動し現在アリゾナ・ オペラのアソシエイト・コンダクターを務めている。ブルガリア国立歌劇場とはこのニュー・プロダクションの最初の段階から共同作業を進めており、昨年11月の現地でのプレミアも原田の指揮によって成功を収めた。新制作は基本的にはオペラ・コミック版を使用しているが、原田はそこから冗長な部分をカットし、通常版より短縮したヴァージョンを演出のカルタ―ロフとともに作り上げた。

原田慶太楼(指揮)

原田慶太楼(指揮)

『カルメン』は原田がアリゾナ・オペラでも何度も振っている作品らしく、音楽が完全に手中にあり、ゲネでもブルガリア国立歌劇場管弦楽団と息があっていた。いかにもフランスオペラ、という柔らかな音ではなく、メリハリのきいたドラマティックなサウンドで、ところどころロシアのオケのような勇壮さも感じさせた。二幕の酒場のシーンで女たちが踊る場面は極端にテンポを落とし、そこから急激にアッチェルランドをかけていくのも印象に残った。サウンドそのものに、チープでない娯楽性やわかりやすい大衆性もあり、それがプラスになっている。

一通り終わった後、ソリストたちに原田が指導する。この日は「ハバネラ」に磨きをかけるためにカルメン役のルセコーヴァに何度か歌わせて、様子をチェックしていた。エスカミーリョのヴェセリン・ミハイロフにもアドバイスが入る。

総裁カルタ―ロフは、つねに歌手たちと舞台の上にいて、動き回りながらポーズや演技を注意して歩いていた。『カルメン』に合わせてか、演出家も赤いジャケットを着ている。この劇場では、カルタ―ロフが見たいものを全員が力を合わせて作る。神のような存在なのだ。

オーケストラの躍動感とソリストと合唱のダイナミックな声量、冒険的な演出、とすべてに飛び出してくる迫力があるブルガリア国立歌劇場版カルメン。ラストシーンにも注目だ。生贄の赤い盆に最後一人残されたカルメンは、刺されて「死ぬ」のではなく、永遠の自由を手に入れる。それがどのような演出で描かれているか……ぜひ劇場で確かめてほしい。

ブルガリア国立歌劇場『カルメン』(現地公演舞台写真)

ブルガリア国立歌劇場『カルメン』(現地公演舞台写真)

文=小田島久恵

公演情報

ブルガリア国立歌劇場『カルメン』『トゥーランドット』
 
■劇場総裁・演出:プラーメン・カルターロフ 
■演奏:ブルガリア国立歌劇場管弦楽団&合唱団 
 
ビゼー作曲『カルメン』<全4幕> 
■日時:10月5日(金)18:30、6日(土)15:00
■会場:東京文化会館
■指揮:原田慶太楼 
■メゾ・ソプラノ:(5日)ナディア・クラスティヴァ/(6日)ゲルガーナ・ルセコーヴァ 
■予定上演時間:2時間45分(休憩含) 
 
プッチーニ作曲『トゥーランドット』<全3幕> 
■日時:10月8日(月・祝)15:00
■会場:東京文化会館
■指揮:グリゴール・パリカロフ 
■ソプラノ:ガブリエラ・ゲオルギエヴァ
■予定上演時間:2時間30分(休憩含)
 
■主催:ジャパン・アーツ    
■特別協賛:株式会社 明治
■協力:株式会社イープラス 
■後援:ブルガリア共和国大使館/日本ブルガリア協会
 
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