『フィリップス・コレクション展』レポート 成長する美術館の歴史をたどる、画期的な展示空間
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展示風景:フィンセント・ファン・ゴッホ 《道路工夫》 1889年
100年もの収集の歴史を持つ、フィリップス・コレクション。米国の裕福な実業家の家庭に生まれたダンカン・フィリップスは、1918年にフィリップス・コレクションを設立。自らの私邸を改築し、1921年に米国初の現代美術を扱う美術館として開館した。生涯を費やしてコレクションを発展させたフィリップスの収集手法に目を向けた展覧会『フィリップス・コレクション展』(会期:〜2019年2月11日)が、三菱一号館美術館にて開催中だ。
会場エントランス
本展は、ドラクロワ、アングル、コローなど19世紀の巨匠から、印象派に後期印象派、そしてマティスやピカソを含む20世紀美術まで、総勢44名の画家による絵画や彫刻、全75点を紹介するもの。秀作ぞろいの作品群に加えて、注目すべきはその展示方法だ。フィリップス・コレクション学芸員のルネ・モーラー氏は、フィリップス独自の展示方法を以下のように説明した。
左:ルネ・モーラー氏(フィリップス・コレクション学芸員)
「作品は収集された日時の順に収蔵展示されているので、訪問者はフィリップス自身がモダンアートにどのように目を向け関わり、そして自分の中で発展させたのか、目にすることができるのです」
本展においても、ほとんどの絵画がフィリップスの購入順に並べられている。作品が、制作年代順や美術史的な流派、国籍ごとのグルーピングに縛られず、自由に展示された空間において、鑑賞者はフィリップス・コレクションという美術館の成長の過程をなぞることができる。
展示風景:エドゥアール・マネ 《スペイン舞踊》 1862年
展示風景:アンリ・マティス 《サン=ミシェル河岸のアトリエ》 1916年
展示風景:ワシリー・カンディンスキー 《連続》 1935年
三菱一号館美術館館長の高橋明也氏は、フィリップス・コレクションを「私が知る限り、世界で最も素晴らしい個人コレクション」と絶賛。一般公開に先立ち催された内覧会より、展覧会の見どころをお届けしよう。
快適にくつろげる空間で作品鑑賞に浸る
ダンカン・フィリップスは、「芸術というのは普遍的な言語である。これは、世界の社会的な目的の一部である」という言葉を記している。美術館を教育の目的地にしようと考えていたフィリップスは、同時に、美術館は「快適にくつろげる環境であるべきだ」と主張した。ワシントンにある私邸を改築したギャラリーでは、親密な空間の屋敷内で美術鑑賞に浸ることができるようだ。モーラー氏は「三菱一号美術館は母国のフィリップス・コレクションとよく似た雰囲気、あるいは空間のスケールを持った美術館」と評価し、喜びをあらわにした。
展示風景:手前:ウジェーヌ・ドラクロワ 《海からあがる馬》 1860年
三菱一号館美術館 学芸グループ・副グループ長の安井裕雄氏は、「隣の部屋に抜ける間口が多いのが三菱一号館美術館の特徴であり、次に鑑賞する空間が連続しているフィリップス・コレクションの特徴と重なっているので、積極的にこの効果を使わせていただいた」と説明し、空間作りへのこだわりを明かした。
展示風景:手前右:ポール・セザンヌ 《ザクロと洋梨のあるショウガ壺》 1893年 手前左:ポール・セザンヌ 《ベルヴュの野》 1892-95年 奥:ラウル・デュフィ 《画家のアトリエ》 1935年
また、フィリップスの残した言葉をパネルで紹介することで、「それぞれの作品にどんな印象を抱き、作家をどう評価したのかを織り交ぜることで、より立体的にコレクションを見ていただけるようになっている」と解説した。
展示風景
19世紀の巨匠とモダンアートの競演
自分の嗜好に基づいて絵画を購入し、気に入った画家の作品に関しては掘り下げて収集を進めていたフィリップス。その手法は、希望する作品が市場に出るまで時間を要するものであり、作品との縁によってコレクションが変化した。
展示風景:オノレ・ドーミエ 《蜂起》 1848年以降
安井氏は「コレクション購入というのは一筋縄ではいかず、下から順番に積み上げていくことができないという例をよく示している」と語り、作品の制作年代が遡ったり、また戻ってきたりするフィリップスの購入方法は興味深いと述べた。
本展の展示でも、印象派や20世紀美術の作品の間に、ドミニク・アングルやウジェーヌ・ドラクロワ、フランシスコ・デ・ゴヤなど、19世紀を代表する巨匠たちの絵画が展示されている。
展示風景:右:ウジェーヌ・ドラクロワ 《パガニーニ》 1831年 左奥:オノレ・ドーミエ 《三人の法律家》 1855-57年
展示風景:右:ドミニク・アングル 《水浴の女(小)》 1826年 左奥:アメデオ・モディリアーニ 《エレナ・パヴォロスキー》 1917年
展示風景:フランシスコ・デ・ゴヤ 《聖ペテロの悔恨》 1820-24年頃
モネ、ゴッホ、セザンヌなど、印象派・後期印象派たちの傑作も
フィリップスは、19世紀ヨーロッパの巨匠たちの作品と並行して、自身と同時代の画家たちが手がけた芸術を紹介している。これについて安井氏は、「日本語では近代美術と訳されることが多いが、フィリップスにとってモダンアートは、同時代に生きているアーティストたちを対象にしている」と話す。
展示風景:クロード・モネ 《ヴェトゥイユへの道》 1879年
フィリップスは早くから同時代の芸術家に目をつけ、1928年にはポール・セザンヌの《自画像》を購入している。購入の翌年、ニューヨーク近代美術館(MoMA)の開館に際して本作が貸し出されたのは「近代美術の歴史の幕開けはMoMAの開館とともに語られるが、フィリップスはこれに先んじていた」ことに他ならないと安井氏は強調している。
展示風景:ポール・セザンヌ 《自画像》 1878-80年
本展では、ほかにも印象派のクロード・モネやエドゥアール・マネ、エドガー・ドガをはじめ、フィンセント・ファン・ゴッホ、ポール・ゴーギャン、ジョルジュ・スーラなど後期印象派による秀作が集う。
展示風景:エドガー・ドガ 《稽古する踊り子》 1880年代はじめ-1900年頃
展示風景:右:ポール・セザンヌ 《ザクロと洋梨のあるショウガ壺》 1893年 左奥:ポール・セザンヌ 《ベルヴュの野》 1892-95年
展示風景:ポール・ゴーガン 《ハム》 1889年
米国の美術館ではじめてボナール、ブラック、クレーの作品を収集
ダンカン・フィリップスは、同時代の著名な芸術家たちの最初の個展を開いたことでも知られている。なかでも、ナビ派のピエール・ボナールの絵画を米国の美術館としてはじめて購入、米国で初となるボナールの個展を開催し、米国内で最大のボナール・コレクションを所有している。本展覧会で見られる多様なボナール作品の一部はぜひチェックしたい。
展示風景:左:ピエール・ボナール 《犬を抱く女》 1922年 右奥:ベルト・モリゾ 《二人の少女》 1894年頃
展示風景:ピエール・ボナール 《棕櫚の木》 1926年
展示風景:ピエール・ボナール 《開かれた窓》 1921年
さらにフィリップスは、ピカソと共にキュビズムを追求したジョルジュ・ブラックの作品を米国ではじめて購入したり、スイス出身の画家パウル・クレーの作品に特化した専用の部屋を設置したりと、モダンアートに対する支援を欠かさなかった。
展示風景:ジョルジュ・ブラック 《驟雨》 1952年
展示風景:パウル・クレー 《養樹園》 1929年
展示風景:パウル・クレー 《画帖》 1937年
展示室の終盤には、1960年にフィリップス最後の購入品となったジョルジュ・ブラックの《鳥》とアルベルト・ジャコメッティによる《モニュメンタルな頭部》が紹介されている。
展示風景:右:ジョルジュ・ブラック 《鳥》 1956年 左下:アルベルト・ジャコメッティ 《モニュメンタルな頭部》 1960年
『フィリップス・コレクション展』は2019年2月11までの開催。フィリップスの審美眼を通して集められたコレクションの変遷を体感できる機会に、ぜひ足を運んでみてはいかがだろうか。