ヴァイオリニスト川久保賜紀&ピアニスト小菅優が、ブラームスのヴァイオリン・ソナタ全曲演奏会を語る
(左から)小菅優、川久保賜紀
早くから海外に暮らし、早くから音楽の才能を開花させた二人。ともにドイツでの生活が長く、国際的に活躍を続けている。そんなヴァイオリニスト川久保賜紀とピアニスト小菅優が、2019年3月11日に紀尾井ホールでブラームスのヴァイオリン・ソナタ全曲演奏会をひらく。川久保にとっては、日本デビュー20周年を記念するリサイタルとなる。
ーーお二人が初めて会ったのはどういうきっかけでしたか?
川久保:初めて会ったのは、10年以上前に、東京で、樫本大進さんなど、音楽仲間で食べに行ったときですね。そのあと、2013年頃に、イスラエルやワシントンで一緒に室内楽を演奏しました。優さんには私の淡路島での室内楽プロジェクトにも参加していただきました。
小菅:初めてデュオで演奏をしたのはイスラエルだったと思います。イスラエルのテルアビブ美術館ではミロやカンディンスキーの絵画に囲まれてガーシュウィンやグリーグを弾きましたね。大きなホールでは、イスラエル・カメラータとメンデルスゾーンのヴァイオリンとピアノのための二重協奏曲を共演しました。
川久保:そのあと、2015年には一緒にドイツ各地を10か所ツアーでまわりました。
小菅:ハンブルクやシュトゥットガルトから小さい町まで。
川久保:クルマ移動で、寒かったね。すごく雪が降って。
小菅:1月だったからね。
ーーそのドイツのツアーのプログラムはどのようなものでしたか?
川久保:ストラヴィンスキーの『イタリア組曲』、モーツァルトのソナタ、グリーグのソナタ、ベートーヴェンの『クロイツェル・ソナタ』などでした。
ーー川久保さんにとって小菅さんの魅力、小菅さんにとって川久保さんの魅力を話していただけますか?
川久保:優さんと一緒に音楽すると、毎回新しい発見があります。そして自分にはないものを引き出してくれます。優さんは語りかけるようなピアノを弾きます。一つひとつの音がキラキラしていて、そういう表現の仕方をヴァイオリンでどうやってできるのかなと考えてしまいます。ダイナミックで、繊細で、ロマンティック。とにかくレンジがすごいのです。
小菅:賜紀さんは、室内楽プロジェクトでもそうなのですが、温かくてみんなをまとめられるパーソナリティで、それが演奏にも表れています。オープンに、自由に語りかけてきて、絶妙な対話を必要とする音楽でも即興的にパッと合わせられるので、楽しいです。
ーー今回、ブラームスのヴァイオリン・ソナタ全曲を小菅さんと取り上げようと思った理由を教えてください。
川久保:ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタのシリーズをやって、一人の作曲家に集中するのが面白いと思いました。そのあと、どの作曲家にしようということで、ブラームスにしました。その頃、室内楽でも、ピアノ三重奏曲やピアノ五重奏曲など、弾いていて、今はブラームスなのかなと思ったからです。
小菅:私もブラームスのヴァイオリン・ソナタは大好きです。
川久保:優さんとは気が合うし、演奏もリハーサルもナチュラルにできます。ブラームスは、彼女の魅力が発揮されるので、ぜひ、優さんと共演したいと思っていました。
(左から)小菅優、川久保賜紀
ーーブラームスのヴァイオリン・ソナタの聴きどころについて教えていただけますか?
川久保:第1番は、特に第1楽章と第3楽章は、音楽の方向性をどうまとめるかが大切だと思っています。第1番は歌いすぎてもよくないのです。
小菅:基になっているリート(注:ブラームス自作の歌曲『雨の歌』)のように、雨がずっと降っている感じ。ピアノは緊張感を持続しなければなりません。第3楽章は基になっているリートそのままなのですが、ヴァイオリンとの演奏だとテンポが違うのがポイントです。テンポの選び方が難しい。第1番が一番切ない音楽だと思います。クララ・シューマンの末の息子フェリクスが結核で死ぬことがわかっていたときに、自筆譜を彼女に捧げているのですが、幸せだった頃の思い出が振り返るような、そういう切なさを感じます。ブラームスがまだ45歳で晩年に近づいているような音楽を書いていたことも、現代では考えられないですね。彼はどうしてこんなに熟していたのだろうかと思います。
川久保:第2番は最初から素晴らしい風景が見えます。ピアノの弾く第2主題は美しさが溢れています。愛情も感じられます。
小菅:第2番もリート(歌曲)との関連性が強いですね。ヴァイオリンが、言葉が浮かんでくるように歌います。私は(第2番と同時代の)作品105や106の歌曲集が大好きなのです。
小菅優
川久保:第3番は最も緊張感がぎゅっと詰まっています。
ーーブラームスについてはいかがですか?
川久保:ブラームスは、本当に深い、深い、深い……。
小菅:ブラームスって、人間としてもつかみにくい人じゃないですか。あんなに長くウィーンに住んでも、そこに馴染めないような北ドイツのメンタリティが残っていたし、ロマン派の時代に古典派を大事にしていて、最後まで孤独感があった。ロマンティックな面と、古典的な面の両方を出さなければならない難しさがあります。ピアニストとして、ソナタということでは、ピアノ・ソナタは初期だけですが、ヴァイオリン・ソナタとチェロ・ソナタを弾くと後期もあってブラームスの年代が追えます。
ーー今回のリサイタルへの抱負をお願いします。
川久保:こういう機会に、さらにブラームスの作品をできるところまで研究したり、聴いたりしたいですね。優さんとの演奏がすごく楽しみです。
小菅:年とともに(共演での)責任が重くなるのを感じています。ベートーヴェンの存在があってこそのブラームスなので、私としては、これまでベートーヴェンに取り組んできて、今回、ブラームスが演奏できるのがうれしい。今の私たちの演奏ができればいいと思っています。今、感じること、考えることをブラームスで表せたらいいなと思います。
ーー最後に、お二人での今後の予定を教えていただけますか?
川久保:2021年にまたドイツでデュオ・ツアーをすることが決まっています。そのときは、ラヴェルやフランクのソナタなどのフランス音楽を弾きます。ブラームスの第3番も演奏するかもしれません。日本でもできればいいなと思っています。
(左から)小菅優、川久保賜紀
取材・文=山田治生 撮影=山本 れお
公演情報
『ブラームス ヴァイオリン・ソナタ全曲演奏会』
場所:紀尾井ホール
出演:
川久保賜紀(ヴァイオリン)
小菅優(ピアノ)
ブラームス ヴァイオリン・ソナタ全曲演奏会
ヴァイオリン・ソナタ第1番 op. 78「雨の歌」
ヴァイオリン・ソナタ第2番 op. 100
ヴァイオリン・ソナタ第3番 op. 108