木ノ下歌舞伎『糸井版 摂州合邦辻』京都で記者会見~「『摂州合邦辻』をめぐる様々な物語の集大成、というような作品になるはず」

レポート
舞台
2019.1.15
木ノ下歌舞伎『糸井版 摂州合邦辻』会見出席者。(左から)木ノ下裕一、田川隼嗣、内田慈、糸井幸之介 [撮影]吉永美和子(人物すべて)

木ノ下歌舞伎『糸井版 摂州合邦辻』会見出席者。(左から)木ノ下裕一、田川隼嗣、内田慈、糸井幸之介 [撮影]吉永美和子(人物すべて)

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日本の古典作品に精通した木ノ下裕一監修の元、現在の若手演出家が古典戯曲の舞台化に挑戦する「木ノ下歌舞伎」。これまで『勧進帳』『東海道四谷怪談』『娘道成寺』などの作品を手がけ、現代的なビジュアルと演出で見事に生まれ変わった──しかしストーリーと作品の根底にあるテーマはしっかり踏襲した秀作を生み出し続けている。その木ノ下歌舞伎が、独特の音楽劇で人気を集める「FUKAIPRODUCE羽衣」の糸井幸之介を迎え、『摂州合邦辻』(せっしゅうがっぽうつじ/以下合邦)を上演する。

[ロームシアター京都]が、劇場のレパートリー演目となり得る作品を製作する企画「レパートリーの創造」第二弾でもある本作。第一弾の『心中天の網島―2017リクリエーション版―』では、心中を選ばざるを得なかった男女の悲哀を、ミュージカル形式で浮き彫りにしてみせた木ノ下×糸井のタッグが、『合邦』ではどんなアプローチを見せるのか? 木ノ下、糸井、そしてW主演となる内田慈と田川隼嗣が出席した記者会見から、その内容に迫る。

レパートリーの創造 木ノ下歌舞伎『心中天の網島ー2017リクリエーション版ー』より(2017年) (c)Takuya Matsumi

レパートリーの創造 木ノ下歌舞伎『心中天の網島ー2017リクリエーション版ー』より(2017年) (c)Takuya Matsumi

『合邦』は、能の『弱法師』や説経節の『しんとく丸』などをミックスし、安永2年(1773年)に初演された浄瑠璃作品。その後歌舞伎上演でも人気を博し、かの寺山修司の傑作『身毒丸』のベースにもなっている。あらすじは以下の通り(公演サイトより抜粋)。

河内国(現在の大阪周辺)の大名・高安通俊の息子である俊徳(しゅんとく)丸は、父の後継者として将来を期待されていたが、その才能と美しい容姿ゆえに異母兄弟の兄・次郎丸から疎まれ、継母・玉手御前からは許されぬ恋慕の情を寄せられていた。
住吉大社参詣の帰り道、玉手から勧められたアワビ貝の盃の酒を飲み干した俊徳は突如病に倒れ、失明するばかりか美しい容貌までも失う。絶望に打ちひしがれた彼は、家督相続の権利を放棄し、許嫁の浅香姫とも縁を切り、失踪してしまう。
俊徳の行方を追う浅香と、周囲から邪恋をとがめられた玉手までもが姿を消して数ヶ月が過ぎた頃。大坂・四天王寺に、身をやつした俊徳の姿があった。彼は社会の底辺で生きる人々の助けを得ながら、身分と名を隠して生きていたのだ。そこに現れたのは、俊徳の身を案じる浅香、彼女を奪わんと追ってきた次郎丸、そして玉手と深い因縁を持つ合邦道心。さらに、誰にも明かせない秘密を抱えたまま消えた玉手が再び姿を見せた時、物語は予想もしない結末へと突き進む。

まず木ノ下は、会見の冒頭で「いろいろ演目を探しましたが、糸井さんと再びやるならこれ以外ありえない、と思った」と、かなり強い確信を持って本作を選んだことを語った。

その理由は、3つございます。まず糸井さんは歌とお芝居を絡めつつ、相乗効果として作品を作られてますので、やっぱり歌の要素がどこかにないといけないというのがあります。それでいうと『合邦』は、浄瑠璃ですから歌(が重要)と言えるんですけど、そもそも音曲(語り物)で伝承されてきた作品なんです。それも説経節という、非常に庶民的な芸能……今で言うとラジオみたいなものですね。音楽によって非常に広い範囲で、人々を涙させたり興奮させてきた演目というのが、まず一点ございます。

二点目は、糸井さんの作品には「セイ」の問題が、どうしても不可欠だと思います。セイというのはつまり生と死でありますし、もちろんその間にはSEXの「性」もある。『合邦』は玉手御前が義理の息子に恋をするという性の問題も出てきますし、登場人物たちが本当に命がけで生きてますし、さらに死の問題も扱っている戯曲なんです。

「木ノ下歌舞伎」主宰で監修・補綴(ほてつ)・上演台本を担当する木ノ下裕一。

「木ノ下歌舞伎」主宰で監修・補綴(ほてつ)・上演台本を担当する木ノ下裕一。

三点目は、そういう人間たちの世界を取り囲む、さらに大きな世界をちゃんと描けるかどうかです。『合邦』の主な登場人物たちは、みんな(大阪の)地名が付いています。それはつまり、物語の力によって、フィクショナルな土地の縁起を語り直そうとしているということ。さらに我々が生きる世界だけでなく、死後の世界……この世界を囲む宇宙みたいなものまで描こうとしている作品でもあるんです。そういう趣向を持つ原作なので、糸井さんがこれを描くとどうなるのか? という所で、非常に勝算が持てると思いました。

俳優に関しては、玉手御前は非常に多面的な役なので、ぜひいろんな女性の顔を幅広く表現される内田さんにとお願いしました。俊徳は、周りがどんなに状況が変わっても、常に一本純粋な骨がスーッと入ってる。田川君にはそういう純粋さがあり、非常に真っすぐな所が俊徳にピッタリだと。今までの作品もそうでしたが、特に今回は思い描いた通りのキャスティングになりました。スタッフさんも最高の布陣ですので、これで作品がダメやったら僕のせい(笑)。とってもいいイメージしかわかない、非常に夢にあふれた心境でございます

また糸井も、木ノ下の言葉を受けて「僕も大好きな俳優ばかりで、これは失敗できないぞ、という気持ち(笑)」と応えつつ、作品の抱負を語った。

『心中天の網島』をロームシアターで作らせてもらった時、非常に創作に専念できる、大変ありがたくも安心できる環境だと思いました。ここで創作することに愛着がわいた所があるので、今回の作品作りも楽しみですし、気合いだけは入っています(笑)。今はまだ、木ノ下さんと一緒に台本を作っている途中なんで、これからどうなっていくのか? という感じなんですけど、何か人間の想いと言いますか……グロテスクだったり、逆に感動的だったりする思念みたいなものが浮かび上がる作品になっていくんではないか、という風に予感しています

「FUKAIPRODUCE羽衣」の糸井幸之介は、上演台本・演出・音楽を担当。

「FUKAIPRODUCE羽衣」の糸井幸之介は、上演台本・演出・音楽を担当。

『合邦』は、玉手御前がすべての真相を打ち明ける「庵室の場」のみの上演がほとんどだが、今回は「通しで観たという感覚になる」(木ノ下)ように、しかも原案となった能や説経節の内容も反映した台本で上演する予定だと、木ノ下は言う。

頭から順番通りになるかはわかりませんが、全部の要素を入れるので、基本通し上演と同じだと思います。『合邦』は、将来を約束された若君が社会の底辺まで落ちるとか、人間の感情や状況、聖なるものと俗なものなど、様々なものが急降下する話。「庵室」だけではわからない、物語全体のダイナミックさを復元できると思います。さらに『弱法師』や『しんとく丸』という、『合邦』の背景にある台本も参照しますので、非常に太い幹の作品になる予定です。ですから『合邦』というタイトルではありますが“『合邦』およびそれをめぐる様々な物語の集大成”というような作品になるはずです

玉手を演じる内田は、これまでに数々の舞台を経験しているが、糸井作品にも何作か出演し、高く評価されている。木ノ下歌舞伎は初登場となるが「ファンでずっと観ていて、いつか出たいと思っていました」と、今回が待望の出演であることを語った。

以前京都で糸井さんの作品を上演した時に、初めて木ノ下さんとちゃんとお話させていただくことができて、思い返せばそれが出会いのスタートだったと、すごく感慨深いです。糸井さんの作品は音楽がすごく好きで、何年も前にやった曲がふと鼻歌で出てくるような、とても心の奥に刺さる音楽を作られるので、またキチンと取り組めるのがすごく楽しみです。私は最近“人に寄り添うとはどういうことか?”という……要は“愛とは何だろう?”みたいなことをすごく考えるんです。これから役者として、玉手御前に寄り添っていくことになると思うんですが、傍から見たら理解できない行動でも、彼女にはすごく信念や思う所があるはずだと。そこに全力で寄り添って、向き合っていきたいと思います

物語の鍵をにぎるファム・ファタル、玉手御前を演じる内田慈。

物語の鍵をにぎるファム・ファタル、玉手御前を演じる内田慈。

俊徳丸役の田川は「ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」出身で、同役の公募オーディションで選ばれた、18歳の現役高校生。舞台は本作がまだ三度目というだけあり、初々しさいっぱいに意気込みを語った。

このお話をいただいた時は、本当に驚きと嬉しさが同時に襲ってきて。一番に家族に報告したら、みんなその日一日興奮して、盛り上がりすぎました(笑)。でもそれと同時に、俊徳丸という役にちゃんと向き合っていかなければ、という責任も感じています。まだまだ自分は初心者ですが、その中で皆さんとどれだけ一緒に『合邦』を作り上げていけるのか、作品の中でどれだけ尽力できるのか。自分の人生経験の一つとして、頑張っていきたいです。歌舞伎に挑戦したことはまったくないのですが、(注:木ノ下歌舞伎は稽古の一環として、本家歌舞伎の完全コピーを必ず行っている)、不安と同時に期待と楽しみも大きいです

ちなみに前述の、田川が持つ「真っすぐ」な所については、木ノ下が「“何か宿題はありますか?”と聞かれたので“原作を読んであらすじをまとめてください”と言ったんです。適当にまとめてくれたらいいと思ってたのに、冒頭の数行分を一言一句全部分析した注釈書みたいなのが届いて(笑)。古文の先生に聞いたりして、100年かかっても終わらないぐらいの緻密さで、読み解こうとしてくれました」というエピソードを明かしてくれた。

運命の大きな波に翻弄され続ける俊徳丸を演じる田川隼嗣。

運命の大きな波に翻弄され続ける俊徳丸を演じる田川隼嗣。

また『合邦』といえば、この2人が演じる玉手御前と俊徳丸の関係性……特に玉手が俊徳に抱く“愛”が嘘か真かというのが、非常に解釈の分かれる所。木ノ下歌舞伎版ではどのようにするかについては、木ノ下が「そのことだけが気になる作品にはしない」と断言しつつも、その見通しについて語ってくれた。

玉手御前は説経節などで描かれてきた俊徳の実母とか許嫁とか、彼にまつわる4人の女性を一人にグーッと凝縮したような存在なんです。邪険な継母だと思ったら、非常に恋人っぽくもあり、母性にあふれた母でもありと。そんな人に近代の合理的な人間の一貫性を求めだすと、つじつまが合わなくなりますよね。それよりも、俊徳を囲む様々な女性……様々な多面体の中から、玉手御前の存在を立体的に浮かび上がらせたいなと。“木ノ下歌舞伎版の玉手はこうだ”というのをしっかりと描きつつ、その(解釈の)回答を背後に見せていく、という感じになればいいなあと思います

今回は芝居の上演だけでなく、物語の舞台となった大阪・四天王寺周辺のガイドツアーや、作品にまつわる連続講座などの関連企画も多い。そういった催しも含めて、観客に古典の理解をより深めていってもらうことが、木ノ下の大きな狙いだそう。

古典作品はすべからくそうですけど、何かしらの文化的な記憶とか、昔の人の想念などが、物語という形式に圧縮されて、今まで伝わっているわけで。そういう古典を窓口に、様々なプロセスを通して関西の歴史や記憶を追体験して、一緒に掘り起こしていく機会になればと思っています。ロームシアターさんも、単に作品を作って上演するのではなく、作品に至るプロセス自体をお客さんと共に楽しんで、知的好奇心をどんどん高めていこうとしてくださってますし。それは木ノ下歌舞伎が一番やりたかったことであり、今実現できているのが非常に嬉しいです

(左から)木ノ下裕一、田川隼嗣、内田慈、糸井幸之介。

(左から)木ノ下裕一、田川隼嗣、内田慈、糸井幸之介。

様々な古典作品の上演を通して、時代が違っても現代にキチンと通じる……あるいは現代社会を予見するかのような物語を、先人たちが作ってきたことを提示してきた木ノ下歌舞伎。キャッチーな楽曲に乗せて、むき出しのエロスとタナトスを表現してきた糸井幸之介と共に、今回はどのような世界を見せるのか? 想像を超えたダイナミズムに圧倒されながらも、不思議な共感を覚えるような舞台になるのは、恐らく間違いないだろう。

取材・文=吉永美和子

公演情報

ロームシアター京都 レパートリーの創造
木ノ下歌舞伎『糸井版 摂州合邦辻』

 
■作:菅専助、若竹笛躬
■監修・補綴・上演台本:木ノ下裕一
■上演台本・演出・音楽:糸井幸之介(FUKAIPRODUCE羽衣)
■音楽監修:manzo
■振付:北尾亘
■出演:内田慈、田川隼嗣、土居志央梨、大石将弘、伊東沙保、金子岳憲、西田夏奈子、武谷公雄、石田迪子、飛田大輔、山森大輔

《京都公演》
■日程:2019年2月10日(日)・11日(月・祝)
※10日はポストパフォーマンストークあり
■会場:ロームシアター京都 サウスホール

 
《愛知公演》
■日程:2019年2月15日(金)・16日(土)
※15日はポストパフォーマンストークあり
■会場:穂の国とよはし芸術劇場PLAT 主ホール
 
《神奈川公演》
■日程:2019年3月14日(木)~17日(日)
※16日夜公演はポストパフォーマンストークあり
■会場:KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ
 
■公式サイト:
http://kinoshita-kabuki.org/gappo(木ノ下歌舞伎)
https://rohmtheatrekyoto.jp/lp/gappou/(ロームシアター京都)
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