『子どものための建築と空間展』レポート 子ども時代が宝物になる、独創的な建築・デザイン・アートを幅広く紹介

レポート
アート
2019.1.18

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2019年1月12日(土)~3月24日(日)の期間、パナソニック 汐留ミュージアムで『子どものための建築と空間展』が開催されている。青森県立美術館と2年前から共同で進められたこの企画は、紹介されること自体が珍しい校舎といった子どものための建物に留まらず、ランドスケープやデザイン、家具など、広い範囲を総合的に扱う、かつてない展覧会だ。以下、時系列で展開されている本展の、見逃したくない内容を紹介する。

近代教育の幕開け

日本における近代的な教育システムは、明治時代から始まる。この時代の小学校は和風と擬洋風のスタイルに大別されるが、初期の小学校は一部に洋風を採用した擬洋風が多く見受けられる。会場の入り口近くでひときわ目をひくのは、国指定重要文化財に指定されている旧開智小学校の模型だ。外観も内装も、瀟洒で洗練された建物であることがわかる。こうした空間で学んだ子どもたちは、その時代の最先端の空気と美意識を身につけたのだろう。

明治の教育風景や教育資料は、教材として使われたであろう植物図や、学校で授業を受ける子どもたちが描かれた浮世絵などの形で残っている。唖鈴(あれい)や球竿(きゅうかん)、棍棒などの実物と一緒に、それらを使って和洋さまざまな服装の子どもたちが、真面目に、時にはおどけた表情で体操をしている絵を見ると、いつの時代でも変わらない子どもたちの快活さが伝わってくる。

子どもの世界を探索する

大正時代には西洋から個性を重んじる思想が入り、教育も子どもの個性を尊重する形に変化していく。フランク・ロイド・ライトと弟子の遠藤新の設計による自由学園はこの時代につくられた。自由学園明日館の模型や食堂で使われていたというモダンな椅子、昭和2年に学生の手によって描かれた学生生活帖などを見ると、生徒たちが創造性にあふれた学校空間で、充実した時間を過ごしたであろうことが感じられる。

この時代には家庭生活を重視するようになり、家庭の中で子どもをどのように位置づけるかが焦点になった。また、児童文学が広まり始めたのはこの時期で、『子供之友』『コドモノクニ』などの雑誌が出版され、さまざまなイラストレーターが絵を描くようになる。竹久夢二や武井武雄などの手による挿絵や表紙は、どの時代にも通用する革新性と質の高さを併せ持つ。

また、資生堂は成長して大人になる過程で質の高いものに触れ、美に対する関心をもってほしいという狙いを持ち、子ども服をつくった。シルクやリネンをふんだんに使った洒落た服を所有できた子どもは、大切な集まりの時などに心を躍らせて着用し、日常から美しいものに触れることでセンスの良い大人に成長したのだろう。

左より:青森県立美術館 学芸主幹 板倉容子、パナソニック 汐留ミュージアム 学芸員 大村理恵子

左より:青森県立美術館 学芸主幹 板倉容子、パナソニック 汐留ミュージアム 学芸員 大村理恵子

昭和初期は災害が起こり、戦争の気配が濃厚になるが、満州事変などによる戦争の特需が起こり、たくさんの校舎が建築された時期でもあった。建築は伝統的な和風様式から和洋を組み合わせたもの、西洋のモダニズムを感じさせるものなどさまざまだった。この時代につくられた慶應義塾幼稚舎は谷口吉郎が手がけ、健康を意識した明るく安全な建築となっている。

 

また、この時代は講談社の子ども雑誌『少年倶楽部』『少女倶楽部』『幼年倶楽部』が好調な売れ行きを見せるようになった。『少年倶楽部』は編集部が漫画と付録を入れることで人気を高めたという。また、当時の少年たちは、中村星果が設計を務めるペーパークラフト素材の付録に夢中になった。会場では中村の設計による付録である「軍艦三笠」の大模型が展示されているが、非常に精緻なつくりで、とても付録とは思えない。(※「軍艦三笠」の大模型は、前期1月12日~2月12日の展示。後期2月14日~3月24日は「エンパイア・ビルディング」の模型に展示替えされる)。昭和初期から戦争が近づくにつれ、日本は暗い雰囲気に包まれるが、同時に文化も発達した時代でもあったのだろう。

子どもの世界を築く ~世代を越えて愛されるために~

第二次大戦直後は家屋が破壊され、学校が壊滅状態にあった。都市のあり方が考慮され、工業化が進められる中、図書館や校舎や各施設の建築において丹下健三や、建築運動「メタボリズム」に参加した建築家たちが活躍していく。

子どものためのアートは、特定ジャンルに留まることなくさまざまな領域に派生していった。ウルトラマンシリーズのキャラクターを手がけた成田亨のデザインは、当時の建築やアートの幅広い影響を感じさせる。もともと彫刻家だった成田の手による<タンクボール>は子どもが中に入って転がす遊具としても検討され、安全性を考慮してウィンドウディスプレイとして用いられた作品である。どこかSF的な造形の<タンクボール>は、ウルトラマンの世界観と共通する要素が見られる。

大阪万博が開催され、バブル時代に突入していく時代は、建築とデザインとアートが融合した時代でもある。今でもさまざまな公園でよく見かける<たこすべり台>は当初、東京藝術大学の学生たちが設計し、前田屋外美術が上部にタコの頭をつけたものだ。親しみやすい生き物と抽象的な彫刻の形を取ったこの遊具は、今に至るまで子どもに愛され、さまざまな場所に置かれることとなる。

北海道のモエレ沼公園は、もともと埋め立て地だった場所をイサム・ノグチが最晩年に設計して公園とした場所である。ノグチは、モエレ沼公園のマスタープランを提示した半年後に亡くなったという。モエレ沼公園は、彫刻家であるノグチが大地全体や空間を彫刻しようとした壮大な作品であり、今でも多くの子どもたちが遊ぶ充実した公園となっている。

児童向けの本をメインとする出版社、ほるぷによって1975年に建てられた黒石ほるぷ子ども館は、青森県黒石市にある小さな図書館。本展は、建築家の菊竹清訓作品の中で一番小さいと言われるこの建物の手書きの設計書が見られる貴重な機会だ。子ども館は、訪問した子どもだけではなくその子どもの子どもにも訪れてほしいという願いを込めてつくられている。その理念は叶い、今でも世代を越えた子どもたちに深く愛されている。

バブル期が終わってから現在に至るまでに、学校は子どもたちが時間の大半を過ごす生活の場としてどうあるべきかという問いが生まれた。また、伊東豊雄が主催を務める伊東建築塾のように、子どもを育む建築のみならず、子どもに建築を知ってもらってともに楽しむという新しい試みも増えつつある。会場で子どもが参加できるコーナーとしては、隈太一が発案し、伊東建築塾が協力した《ペタボーの空》があり、来場した子どもが遊べる場となっている。

 

本展では、子どもの学びと遊びの場づくりに携わる人々が、移り変わる時代の中で課題や理想や夢を追い求めながら創意工夫を凝らしていることを実感させられる。そして、自分も子ども時代をこうした場所で過ごしてみたかったと思うとともに、自分が子どもだった頃に通っていた建物も誰かが創りあげたものだったのだと気づかされる。

建築家・デザイナー・アーティストらのほか、教育者や地域の人々など、携わる人すべてが子どものために建築と空間をつくり、大人になったかつての子どもたちも、現在や未来の子どものために繰り返し創造する。子ども時代を思い出すと同時に、自分を育んだ誰かの優しい眼差しを思い起こし、未来の子どもたちを思いやるという、極めて生産的なサイクルの軌跡を見ることができる本展を、どうかお見逃しなく。

イベント情報

子どものための建築と空間展
会期:2019年1月12日(土)~3月24日(日)
会場:パナソニック 汐留ミュージアム(東京都港区東新橋1-5-1 パナソニック東京汐留ビル4F)
http://panasonic.co.jp/es/museum
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