『ブラティスラヴァ世界絵本原画展 BIBで出会う絵本のいま』レポート 多様化する表現の魅力に迫る
町田尚子 《ネコヅメのよる》 2015年
幼い頃、何度も読み返したお気に入りの絵本。誰にでも、そんな思い出の1冊があるのではないだろうか。ブラティスラヴァ世界絵本原画展(Biennial of Illustrations Bratislava)は、スロヴァキア共和国の首都・ブラティスラヴァで隔年開催される絵本原画コンクール。2017年の秋に開催されたBIBコンクールの受賞作家や、日本からのノミネート作品などを紹介する展覧会『ブラティスラヴァ世界絵本原画展 BIBで出会う絵本のいま』(会期:〜2019年3月3日)が、千葉市美術館にて開催中だ。
会場エントランス
1967年からはじまったBIBは、2017年に26回目を迎えた。参加条件は、絵本としてすでに出版されている作品であることで、イラストレーションのみが評価の対象となる。各国の国内審査を経て、49カ国373作家がエントリーした本コンクールは、審査員も多彩でグローバルな人員をそろえている。担当学芸員の山根佳奈氏は、「言うなれば、代表選手によるオリンピックのようなもの。今後が楽しみな新人若手選手もいれば、何度も出場経験のあるベテラン選手もいる」と例えた。
ロマナ・ロマニーシンとアンドリー・レシヴ 《うるさく、しずかに、ひそひそと》 2016-17年
アンナ・デスニツカヤ 《懐かしのロシアの家》 2016年
ナルゲス・モハンマディ 《わたしは一頭のシカでした》 2016年
本展覧会では、受賞作家だけでなく、日本代表作品や、いま注目したい4カ国の作家作品も取り上げている。さらに、絵本原画が出来るまでの制作過程に迫る貴重な展示も見逃せない。
展示風景
会場には、原画とあわせて実際に手にとって読める絵本を設置。言葉がわからなくても、異なる文化に触れられる楽しみもあるだろう。11カ国38作家によるユニークな原画約200点が集う会場より、見どころをお伝えしよう。
会場風景
荒井真紀とミロコマチコ、2人の日本人受賞作家
3部構成からなる本展の第1部では、BIB2017年の受賞作家を紹介する。BIBにエントリーできるのは、各国から最大15作家まで。4日間にかけて審査が行われ、グランプリ1件、金のりんご賞(第2席)5件、金牌(第3席)5件、出版社賞4件が選出された。会場内は、金牌から金のりんご賞、グランプリの順に作品を並べることで、来館者の期待感を膨らませる展示となっている。原画と並んで、BIBに出品された絵本が設置されているので、気になった本はどんどん手に取って読んでみよう。
ミロコマチコ 《けもののにおいがしてきたぞ》 2016年
日本からは、ミロコマチコが《けもののにおいがしてきたぞ》で金牌を受賞。国内外で高い評価を得ている作家による、エネルギッシュで躍動感のある原画を間近にみることができる。
荒井真紀 《たんぽぽ》 2014年
《たんぽぽ》で金のりんご賞を受賞した荒井真紀は、たんぽぽの一生を水彩で描いた、繊細なイラストレーションが目を惹く。山根氏は、「物語の世界に引き込むような絵画が選ばれる傾向があるのに対して、こうした自然科学の本が選ばれるのはめずらしい」とコメント。
ロマナ・ロマニーシンとアンドリー・レシヴ 《イヴァン・フランコーのすべて》 2016年
ダニエラ・オレイニーコヴァー 《害虫たち》 2015年
ほかにも、写真のコラージュを用いたウクライナの絵本《イヴァン・フランコーのすべて》や、蛍光色の色使いが特徴的なスロヴァキアの絵本《害虫たち》など、多彩な表現を駆使した作家による絵本原画が並ぶ。
ルトウィヒ・フォルベーダ 《鳥たち》 2016年
グランプリを受賞したルトウィヒ・フォルベーダはオランダの若手作家。《鳥たち》は、シャープペンシルや万年筆、極細ライナー、色鉛筆などを使って描いた細密な絵を、さらにデジタルで細かく仕上げている。制作過程を紹介する映像では、実際に絵を描いている作家の手元を見ることができる。
下絵から小道具まで、絵本制作の舞台裏をのぞく
第2部では、国内審査を通過した15組(16タイトル)の日本人作家による原画を展示する。年間約1,000冊の新刊絵本が出版されている日本で、代表に選ばれるのは狭き門。個性豊かな絵本原画と合わせて、本展では、普段あまり知る機会のない、絵本制作の舞台裏も紹介されている。デジタルプリントでの展示が増えている中、そこに行き着くまでの過程を、制作の背景にあたるラフ、下絵、画材などの道具を通して知ることができる。
皆川明 《はいくないきもの》 2014年
あずみ虫 《わたしのこねこ》 2016年
あずみ虫が使用したアルミ板とハサミ
作家のあずみ虫は、アルミ板をハサミで切ってかたちを作り、その上からアクリル絵の具で着色している。《わたしのこねこ》の原画からは、アルミを使った独特の質感が伝わってくる。
石黒亜矢子 《えとえとがっせん》 2016年
室町時代の御伽草子「十二類絵巻」をもとに描かれた石黒亜矢子の《えとえとがっせん》は、愛らしいキャラクターと、少年漫画のような迫力ある描写の対比が際立つ。鉛筆で描き込まれた下絵からも、たしかな素描力が感じられる。
石黒亜矢子 下絵
作家のきくちちきは、デジタルで作る版画に挑戦。ベースとなる原画の上に、色板にあたるいろいろなパーツの絵をアナログで描いたのち、PC上でそれを版画のように重ねて、色をつけていく。一見アナログのみで描かれたようにみえる《ぱーおーぽのうた》は、ひとつの場面につき10点以上の原画が存在するという。
きくちちき 《ぱーおーぽのうた》 2016年
きくちちき pp.30-31のためのドローイング
知っているようで知らない国の絵本事情
第3部では、中国、イラン、イスラエル、韓国の4ヵ国をピックアップし、各国の絵本と、原画作品の一部を紹介する。
中国の絵本について、山根氏は「これまでは民話や昔話を描くことが多かったが、現在は伝統的な素材や技法を使いながらも、斬新な構図や、実験的な作品を作っている」と説明する。《月下の蓮池》は、墨と彩色画材を組み合わせることで、幻想的で鮮やかな画面を作り出している。
徐一文(シィ イーウェン)《月下の蓮池》 2014年
イランの絵本については、「伝統的な詩の文学の国であるイランが、古典的なモチーフを現代的にアレンジしているのが面白い」とコメント。11世紀に完成した、壮大な民族抒情詩の中に出てくるエピソードを題材にした《ザッハーク》は、古典の再生産に留まらない斬新な表現に注目したい。
ファルシード・シャフィーイー 《ザッハーク》 2017年
アリレザ・ゴルドゥズィヤン 《金色の羽を持つ、青い目をした三人の天使》 2017年
イスラエルは日本にとって、遠い国や紛争のある地域というイメージがあるが、本展では、なかなか目にする機会のない国の絵本も手にとって見ることができる。聖書に登場するガリラヤ湖も、絵本の中では、親子が水遊びをする場所として描かれている。
ヴァリ・ミンツィ 《ガリラヤ湖の小さなクジラ》 2016年
リオラ・グロスマン 《愛の羽》 2016年
韓国の絵本については、「力強い表現がある一方、静かで詩的な感じのものもあり、ひとつの国の中でいろんな表現があるということを紹介したい」と山根氏。《トンネルの日々》や《散策》など、幅広い作風の原画がそろっている。
リ ミナ 《トンネルの日々》 2014-2015年
リ ジョンホ 《散策》 2015-2016年
『ブラティスラヴァ世界絵本原画展BIBで出会う絵本のいま』は2019年3月3日まで。世界各国の絵本を通して多様な表現に触れられる機会に、ぜひ足を運んでみてはいかがだろうか。