『岡上淑子 フォトコラージュ 沈黙の奇蹟』展レポート 生を謳歌する女性たちが誘う、詩的なフォトコラージュの世界
岡上淑子 《夜間訪問》 1952年
フランス語で「のりづけ」を意味する言葉から派生して名付けられたコラージュ。互いに関連性のないものを集めて、ひとつの画面の中に貼り付けることによって、新たなイメージを作り出す芸術技法は、時に作家の予想を超えるものを生み出してきた。海外の雑誌に掲載された写真を用いたフォトコラージュによって才能を開花させた、岡上淑子(おかのうえとしこ)の展覧会『岡上淑子 フォトコラージュ 沈黙の奇蹟』(会期:〜2019年4月7日)が、東京都庭園美術館にて開催中だ。
岡上淑子 《暗い休日》 1953年
岡上淑子 《懺悔室の展望》 1952年
本展は、岡上が1950年から56年という極めて短い期間の中で制作したフォトコラージュ作品を中心に、イメージの源泉となった同時代のドレスや、関連資料を紹介するもの。その中には、美術評論家の瀧口修造との関わりを示す書簡をはじめ、作家が手がけた詩篇や写真、スケッチなども含まれている。
展示風景
近年再評価が進む岡上の個展を開催するにあたって、担当学芸員の神保京子氏は以下のように語った。
「現代はコラージュという技法と親和性のある時代ではないかと思います。アナログからデジタルの時代に移行し、例えば、文章を書くときには、パソコン上でコピー&ペーストを行うなど、コラージュ的な行為が私たちの日常にも浸透してきているのではないかと感じます。一方、作家が活躍した時代にはコラージュという概念があまり浸透しておらず、私たち受け手の目が育っていなかったのではないか。今こそ、岡上作品を心から体感できる時代になったのではないでしょうか」
左:岡上淑子 《トマト》(旧題:作品A) 1951年 右奥:岡上淑子 《戯れ》 1952年
詩情あふれるフォトコラージュの数々が、アール・デコ建築の雰囲気と調和する会場より、本展の見どころをお伝えしよう。
最先端のファッションと戦争の記憶が混在するフォトコラージュ
岡上がフォトコラージュの素材に用いたのは、戦後の連合国軍が置き土産として日本に残した海外のグラフ雑誌『LIFE』や、ファッション誌の『VOGUE』『Harper’s BAZAAR』など。作家は、神田や六本木の古書店でこれらの雑誌を手に入れていたそうだ。作家が選びとった写真は、海外で刊行された、時代の最先端を行く一流の雑誌が中心で、岡上はこれらからインスピレーションを受けていた。
岡上淑子 《マスク》 1952年
50年代モードの流行は1947年にクリスチャン・ディオールが発表した「ニュールック」が人気を集めたが、戦後物資が不足した時代にあえて生地をふんだんに使うことで、枯渇した人々の心に希望を与えるようなファッションだった。岡上のコラージュに登場する女性たちも、クラシカルでフォーマルなデザインのドレスを纏っている。本展では、岡上作品から抜け出してきたかのような同時代のイヴニング・ドレスが参考出品されているので、併せて楽しみたい。
岡上淑子 《招待》 1955年
左:クリスチャン・ディオール 《イヴニング・ドレス》 c.1952年 右:クリストバル・バレンシアガ 《イヴニング・ドレス》 1951年
一方、『LIFE』誌には、核兵器や水爆実験などの技術開発に関する連載や、戦争の残照を伝える報道写真が掲載されていた。岡上自身も、1945年5月の東京山の手の大空襲を体験している。焦土と化した渋谷の街を、道玄坂の上から見渡したのが鮮明な記憶となり、岡上の戦争体験は、ひとつの原風景として作品の中に投影されるようになった。最先端のファッションと戦争の記憶が混在するコラージュは、独特の美を生み出している。
岡上淑子 《廃墟の旋律》 1951年頃
岡上淑子 《予感》 1953年頃
メタモルフォーゼを繰り返す自由な女性たち
岡上のコラージュに登場する女性の特徴について、神保氏は「自由奔放で、時にコケティッシュな(色っぽい)振る舞いで男性を翻弄していて、生気にあふれている」と説明する。一方、男性は「カチッとしたスーツや制服を着て、日々のノルマに勤しむ労働者としてステレオタイプ化されている」とコメント。画面の中で、のびのびとしている女性に対して、男性はどこか抑圧されているようにも感じられる。
岡上淑子 《イヴ》 1955年
岡上淑子 《怠惰な恋人》 1952年
さらに女性たちの頭部は、扇子や馬にすげ替えられていたり、時に無頭であったりと、自由にメタモルフォーゼを繰り返している。神保氏は、「(身体や頭部が)分断されていることで、女性たちの姿は普遍性を帯び、より自由に生を謳歌しているように感じる」と話す。
岡上淑子 《口づけ》 1955年頃
岡上淑子 《翔ぶ》(旧題:鳥) 1955年
また、身体のパーツや頭部が別のものに置き換えられていても、実際にそこに存在しているかのような辻褄のあったサイズ感によって、違和感がなくなっているという。
岡上淑子 《彷徨》 1956年
岡上作品の魅力について、神保氏は以下のように解説した。
「絶妙なバランス感覚と品格が作家の真骨頂だが、ただ品格や美しさがあるだけではなく、そこには怖さがある。それは時代性によるものかもしれないし、作家自身が持っている、奥ゆきのある内面性によって引き出されたものなのかもしれません」
写真やスケッチ、瀧口修造との関わりを紹介した関連資料も
岡上がコラージュをはじめたのは、学校で「ちぎり絵」の課題が出された際、何気なく切り取った紙片に女性の横顔が切り取られていたことがきっかけだった。1950年当時、シュルレアリスム運動に影響を受けたわけでもなく、思いつくままに制作をしていた岡上は、結果的に「作品の生成がオートマティックであり、シュルレアリスムの王道をいっている」と、神保氏は説明する。その後、学友を通してシュルレアリスム研究の第一人者であった瀧口修造と知り合うことで、作品が深化していくことになる。
右:岡上淑子 《ポスター》(旧題:作品B) 1950年 左奥:岡上淑子 《轍》 1951年
本展では、背景にシンプルな単色のラシャ紙(厚手の紙)を使った初期のコラージュ作品や、瀧口との往復書簡、岡上が影響を受けたドイツの画家、マックス・エルンストの作品などが併せて紹介されている。
マックス・エルンスト 『慈善週間または七大元素』 1934年
さらに、コラージュ以外にも岡上が手がけた写真や日本画、スケッチなどを通して、作家の魅力をさまざまな角度から知ることができる展示となっている。
岡上淑子 《二人の女》 1955年
岡上淑子 《校舎》 c.1971-76年
本館2階の展示室には、岡上が一番好きな作品と述べた《海のレダ》が飾られている。作家本人のコメントも添えられているので、ぜひチェックしてほしい。
岡上淑子 《海のレダ》 1952年
岡上淑子作品 出典雑誌 LIFE[ライフ]
『岡上淑子 フォトコラージュ 沈黙の奇蹟』は2019年4月7日まで。
イベント情報
休館日:第2・第4水曜日(2/13、2/27、3/13、3/27)
*3/29、3/30、4/5、4/6は、夜間開館20:00まで開館(入館は19:30まで)