『クマのプーさん展』レポート 200点以上の作品から、世界で一番有名なクマの軌跡をたどる
E.H.シェパード プー、狩りにいく『クマのプーさん』3章 1926年 クライヴ&アリソン・ビーチャム所蔵
世界中で愛されるクマのプーさん。1926年に、作家のA.A.ミルンと、挿絵画家のE.H.シェパードの共作によって誕生した物語は、90年以上経った現在でも、多くの人々に読み継がれている。東京・渋谷にあるBunkamura ザ・ミュージアムにて開催中の『クマのプーさん展』(会期:〜2019年4月14日)は、シェパードが描いたオリジナル原画を中心に、物語が生まれた背景や、プーさんが歩んできた歴史をたどるもの。
会場エントランス
展示風景
シェパードの原画を世界最大規模で所蔵する、イギリスのヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(V&A)が企画した本展は、母国イギリスとアメリカを巡回し、この度日本にやってきた。写真や手紙、ぬいぐるみなど貴重な資料を含む200点以上の作品で構成される展覧会の意義について、V&A展覧会担当部長のアレックス・スティット氏は以下のように語った。
「プーさんシリーズの本は挿絵だけで成功したわけではなく、ほかにも素晴らしい側面がたくさんあります。たとえば、物語る術の高さ、ユーモアと言葉遊びの面白さなどです。本の中の言葉はあらゆるところで引用され、もはや英語という言語の一部になっている。本展では、ミルンとシェパードの2人による想像力あふれるコラボレーションによって、プーさんが生まれたことを理解していただければと思います」
E.H.シェパード 「ハチのやつ、なにか、うたぐってるようですよ」『クマのプーさん』1章 1926年 ヴィクトリア&アルバート博物館所蔵
初版本 1924-28年 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館付属ナショナル・アート図書館(『クリストファー・ロビンのうた』はクライヴ&アリソン・ビーチャム所蔵)
一般公開に先立ち催された内覧会より、本展の見どころをお伝えしよう。
貴重な資料から、物語誕生の秘密に迫る
第1章「さて、お話がはじまります」では、『クマのプーさん』を作った重要人物が紹介されている。作家のA.A.ミルンと妻のダフネ、それからクリストファー・ロビンのモデルとなった、一人息子のクリストファー・ロビン・ミルンだ。
ミルン一家の写真
挿絵画家のE.H.シェパードが描いた『クマのプーさん』の最初の挿絵は、バタンバタンと音を立てながら子どもが階段を降りてくるシーン。寝る前に本の読み聞かせを父親にねだりに行く場面を描いたイラストは、物語の中でも象徴的な1枚となっている。
右:E.H.シェパード バタン、バタン、バタン(最初のスケッチ)『クマのプーさん』1章、口絵 1926年 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館所蔵
また、『クマのプーさん』では、クリストファーが所有していたおもちゃが、プーさんの仲間とプーさん自身のキャラクターを生むインスピレーションとなった。
クリストファーのおもちゃのプー、コブタ、イーヨー、カンガとトラーの複製 2016年頃 フォックス・サーチライトピクチャーズ所蔵
クリストファーのおもちゃをはじめてシェパードが描いたスケッチの中には、すでにコブタが着ている服が縞模様であり、首のうなだれたイーヨーの姿も確認できる。イーヨーの姿勢は、のちに彼の悲観的な性格を特徴づけることになるが、実際は、ぬいぐるみがクリストファーの家に来て5年ほど経っていたため、首が垂れてしまっていたそうだ。
E.H.シェパード クリストファー・ロビンのプー(お話がはじまったころ)、イーヨー、オリジナルのコブタ、いずれもおもちゃのスケッチ 誤って1924年とも書かれているが正しくは1926年 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館所蔵
さらに本章には、プーさんのモデルとなった2匹のテディベアも展示されている。クリストファーが持っていたイギリスのJ.K.ファーネル社製のテディベアと、シェパードの息子・グレアムが持っていたドイツのシュタイフ社製のテディベアからヒントを得て、プーさんが描かれた。
展示風景
なお、クリストファーが実際に持っていたオリジナルのテディベアは、現在ニューヨークの公立図書館に保管されている。また、グレアムが持っていたぬいぐるみのグラウラーは、残念なことに、1930年代に犬に食いちぎられてしまったそうだ。
E.H.シェパード 百ちょ森(百町森)の地図『クマのプーさん』見返し 1926年 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館所蔵
ほかにも、物語の舞台となる「百町森(100エーカーの森)」のベースになった、イギリス郊外にあるアッシュダウンの森の風景画など、実際に存在する場所のスケッチを見ることができる。
生き生きとしたキャラクターの性格が伝わる原画
第2章「お話は、どうかな?」では、クリストファー・ロビンとプーさん、仲間たちによる冒険の名場面を、シェパードの温もりある鉛筆画やペン画で振り返る。スティット氏は、本章の見どころを以下のように語る。
「これらはすべて空想のお話だが、みんなの記憶の中にあるような、子ども時代の体験というのが味わえるのではないかと思います。そこには友情や問題解決といったテーマがあり、想像力や冒険といったものを、物語を通して楽しめるわけです」
E.H.シェパード プーはお客にいって……そこで、プーは、穴からはいだしにかかりました。まず、前足でぐっとひき、後ろ足でうんと押して……『クマのプーさん』2章 1926年 個人蔵(オランダ)
E.H.シェパード 「きみ、見たかい、コブタ?この足跡、見たまえ!」「なにっ?」と、いって、コブタはとびあがりました『クマのプーさん』3章 1926年 個人蔵(オランダ)
E.H.シェパード 「おいでよ、トラー、やさしいよ」『プー横丁にたった家』4章 1928年 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館所蔵
第3章「物語る術」では、文章と挿絵が密接に関わり合いながら、『クマのプーさん』が作られていった過程をたどる。スティット氏は、シェパードの挿絵について「ミルンの軽妙でユーモア溢れる文章を目に見える形で具現化していて、登場人物の性格や考え方、精神状態を非常にうまく表している」と評価する。
E.H.シェパード ながいあいだ、三人はだまって、下を流れてゆく川をながめていました『プー横丁にたった家』6章 1928年 ジェームズ・デュボース所蔵
橋の上から川をながめるクリストファー・ロビンとプー、コブタを描いたイラストからは、橋の柵より背の低いコブタがプーさんの体をつかみ、はらはらしている様子が、不安そうな背中からも伝わってくる。
E.H.シェパード 「かなしそう?わしがかなしんでいいものか。きょうは、わしの誕生日じゃ」『クマのプーさん』6章 1926年 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館所蔵
プーさんとイーヨーを描いたスケッチでは、キャラクターの姿勢がそれぞれの性格を表している。イーヨーの首はうなだれて悲観的な印象を与えるのに対して、プーさんはどっしりと構えるような姿勢をしている。少し前かがみになって、イーヨーの言葉に耳を傾けるような描写は、相手をいたわっているようにも見えてくる。
また、シェパードは写実的な自然描写にも優れていた。嵐の中のコブタを描いた挿絵では、ナイフを使って斜線を入れることで、降りしきる雨の激しさを巧みに表現した。
E.H.シェパード 「とても小さい動物が、ぜんぜん、水にかこまれちゃうってことは、すこし心配なもんだな」『クマのプーさん』9章 1926年 個人蔵(オランダ)
さらに、キャラクターの動きを表すのに、シェパードは連続した絵を描くことによって、ひとつのストーリーを物語っている。ここでは、アニメーションのようにも見える愛らしい連続画の数々を楽しみたい。
E.H.シェパード プーと「浮かぶクマ丸」(6枚の連続画)『クマのプーさん』9章 1926年 個人蔵(オランダ)
世界に広がるプーさんの多様なイメージ
第4章「プー、本になる」では、安価なペーパーバック版やカラー版の登場によって、作品が幅広い世代に浸透していく道のりを紹介する。
E.H.シェパード 『クリストファー・ロビンのお話の本』表紙デザイン 1965年 シェパード財団所蔵
E.H.シェパード 枝には、ハチミツのつぼが10ならんでいて、そのまんなかに、プーが……(手彩色校正) 1970年 サリー大学、『クマのプーさん』『たのしい川べ』コレクション
第5章「世界中で愛されているクマ」は、グローバルなアイコンとなったプーさんの商品を世界各国から収集し、展示している。『クマのプーさん』のイメージは国ごとに異なり、ロシアのプーさんは、茶色いクマに似た姿をしている。
展示風景
158:ファンシー社(ロシア) ソユーズムルトフィルム版 Vinni-Pukh(ロシア語)のぬいぐるみ 2017年 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館所蔵
スティット氏は、1960年代からディズニーがプーさんを取り上げたことで、『クマのプーさん』の魅力が再発見されたと説明し、「多くの商品を通して、誰もが楽しめるような様々なイメージが形成された。今後もあらゆるものにプーさんのイメージが使われていくであろう」と締めくくった。
会場限定のグッズも見逃せない!
本展では、シェパードが手がけたプーさんのイラストを使用した会場限定のグッズが約200点用意されている。はちみつや紅茶をはじめ、マグカップにノート、トートバックなど、大人から子どもまで楽しめるグッズが多数そろっている(※商品は欠品の可能性あり)。
会場限定のオリジナルグッズは約200種類!
会場限定のオリジナルグッズ
『クマのプーさん展』は2019年4月14日まで。原画は非常にデリケートで壊れやすく、これほどの原画数を見られるのは、一生に一度の経験になるかもしれないとのこと。ぜひ、この貴重な機会を逃さないでほしい。
E.H.シェパード 『プー横丁にたった家』見返し 1928年 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館所蔵
イベント情報
開館時間:10:00-18:00(入館は17:30まで)
入館料:一般1,500円(1,300円)、 大学・高校生 900円(700円)、 中学・小学生600円(400円)、 親子券 1,600円(1,400円)
URL:https://wp2019.jp/