ミュージカル『生きる』 あの感動と興奮が甦るライブ盤CD、ついにリリース!
『生きる』のラスト・シーン。主人公の渡辺を演じた鹿賀丈史 ©引地信彦
昨年10月に、TBS赤坂ACTシアターで上演され、高い評価を得た『生きる』。黒澤明監督が1952年に放った同名映画の、世界初となるミュージカル化だ。この舞台を収めた2枚組のオリジナル・キャストCDが、2019年3月15日(金)に発売される。幅広い年齢層の観客を感動の渦に包んだ、名シーンと傑作ナンバーが甦るライブ録音。その聴きどころを紹介しよう。
渡辺役のWキャスト、市村正親 ©引地信彦
胃癌を宣告された、役所勤務の寡黙な初老の男、渡辺勘治。無為な毎日を送って来た彼が、同僚の溌剌とした少女、小田切とよに感化され一念発起し、命尽きる前に公園建設に生き甲斐を見出す。このミュージカル化が困難な題材に敢えて挑戦し、成功に導いたのが、宮本亜門(演出)と高橋知伽江(脚本&作詞)、ブロードウェイの俊英ジェイソン・ハウランド(作曲&編曲)の3人だ。さらに主役の渡辺を、市村正親と鹿賀丈史のWキャストによる、2チームでの上演も快挙。CDも、DISC ICHI(市村版)とDISC KAGA(鹿賀版)の2枚組で発売される。
左から、小説家役の新納慎也、鹿賀、唯月ふうか(小田切とよ役) ©引地信彦
Wキャストの妙味
市村と鹿賀の名演が圧巻だ。緻密に役を構築し抑えた芝居で、悲しみの中に「生」への執着を色濃く滲ませた市村。一方鹿賀は、軽妙な個性を打ち出しながら、公園建設を決めてからは、飄々とした演技に情熱をみなぎらせた。また、狂言廻しとして随所に登場し、渡辺の人生を左右する小説家も、この作品をリードする重要なパート。市村版の小西遼生は、どこか醒めた視線で渡辺の生き方を俯瞰し、鹿賀版の新納慎也は彼の人生に寄り添う。加えて、ともすれば暗い話に終始しそうな本作に活気をもたらすのが、小田切とよの存在だろう。芯の強さを感じさせる市村版のMay’n、片や鹿賀版の唯月ふうかは、柔らかな個性で舞台を彩った(2人は別バージョンでは、市原隼人扮する渡辺の息子の妻も演じる)。市村&鹿賀版が、それぞれ別作品のような印象を残すのが本作の特徴で、それは本CDでも十分味わって頂けるはずだ。
渡辺の息子を演じる市原隼人(左)と妻役のMay’n ©引地信彦
涙、涙のラスト・シーン
敢えて1952年の日本という設定にこだわらず、登場人物の心情や、ストーリー展開に重きを置いたミュージカル・ナンバーは佳曲が揃っている。宮本、高橋、ハウランドのチームは、妥協せずに推敲を重ね、時間をたっぷり掛けて楽曲を練り上げたプロセスが伝わってくるのだ。小説家を中心に歌われるプロローグ〈ある男の話〉を始め、役所の職員と陳情団の主婦たちのバトル〈たらいまわし〉や、とよの弾むような明るいソロ〈ワクワクを探そう〉、渡辺が人生の再出発を力強く誓う〈二度目の誕生日〉。他には、渡辺の公園建設の夢と、幼かった息子の想い出が交錯する〈青空に祈った〉など、ハウランドによる色彩豊かな珠玉の旋律と、平明かつ粒立った高橋の歌詞が心に響く。そして白眉はラストだ。ついに公園を完成させた渡辺が、降りしきる雪の中、ブランコに揺られながら歌う〈ゴンドラの唄〉。これは原作の映画で使われた古い楽曲だが、このミュージカル版では続けて〈青空に~〉を再び歌い上げ、明日への希望と生きる事の尊さを称える、胸を打つエンディングへと昇華させた。鮮やかな演唱を披露する市村、鹿賀共に素晴らしく、客席では年配男性客の嗚咽が漏れたほどだった。
市村と小説家役の小西遼生 ©引地信彦
充実の記念碑的アルバム
他にも小説家が、渡辺を連れて夜の繁華街で遊び回る〈夜の楽園〉など、ソング&ダンスの長尺ナンバーを支える川口竜也や治田敦、五十嵐可絵ら、ミュージカル界のベテラン勢が頼もしい。様々な役柄を演じ分け、作品に厚みを加えているのだ。一方、心を開かぬ父親との関係に葛藤する息子役の市原隼人、俗物の権化のような狡い助役をユーモラスに演じた山西惇も快演。ミュージカル畑ではない彼らが、実にのびのびと、しかも真摯に歌っているのには感じ入った。これも役者の個性を尊重し、的確なディレクションでまとめ上げた、演出家・宮本の手腕だろう。また、13人編成のオーケストラが奏でる緊密感溢れるサウンドと、趣味の良いハウランドの編曲も心地良く、作品のクオリティーを高めている。これからも再演を繰り返すであろう、オリジナル・ミュージカルの秀作『生きる』。このCDは、初演の興奮を捉えた、ミュージカル・ファン必携の記念碑的アルバムになる事は間違いない。
助役に扮する山西惇(左)と鹿賀 ©引地信彦
〈二度目の誕生日〉を歌う市村 ©引地信彦
文=中島薫(音楽評論家)