あのノラが帰ってきた! 『人形の家 Part2』でヒロイン・ノラを演じる永作博美の心中を直撃

インタビュー
舞台
2019.4.24
永作博美

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『人形の家』のノラが帰ってきた! アメリカの劇作家ルーカス・ナスによる『人形の家 Part2』は、世界演劇史上に名を残すヘンリク・イプセンの名作戯曲『人形の家』の“後日談”。夫と子供をおいて家を出て行くというラストで物議を醸したヒロイン・ノラが15年ぶりに帰宅、夫、娘、乳母と対峙していくという、スリリングな意欲作だ。ノラを演じる永作博美に作品への意気込みを聞いた。

ーー台本に初めて接したときの印象をお聞かせください。

『人形の家』にPart2があるんだ、現代の作家が続きを書いてしまうなんて、そんなのありなんだ、と思いました(笑)。でも、物語はどうしても途中で終わっているから、先が観たいというのは常で。完全にあきらめていたので、続きを知ることができるんだという喜びと、どう進んでいくのかわくわくでした。何を伝えに?、そしてノラは何を主張するんだろう、何を考えていたんだろうと、ドキドキして。とてもおもしろい台本です。

ーー『人形の家』自体の印象はいかがですか。

実はこれまで舞台は観たことがないんですが、ノラには何となく、かわいらしくてお茶目で自由で奔放な女性のイメージがありました。そんな女性が押さえつけられているということで、社会的メッセージがある作品だなと感じています。イプセンには、その時代時代の社会性を何層にも重ねて創り上げた作品が多くて深みを感じます。何を救い上げようとしているんだろうと考えさせられる作品が多いというか、その行ったり来たりがおもしろいなと。そんなイプセンに対抗するって、いったいどうするんだろう、すごい挑戦だなという驚きがこの作品にはあると思います。『人形の家』には歴史があって、古典文学として有名です。でも、この『Part2』では古典感が薄れていて、新しくなっているんです。それも魅力だなと思いました。古典のおもしろさももちろんあるんですが、どこかでつかみにくいところもあったりする。『Part2』に関してはつかみやすいなと感じました。​

ーーノラと乳母、ノラと夫、ノラと娘というように、二人芝居が連続して組み込まれている興味深い構成ですね。

演じる方にとってはすごく大変だと思います(笑)。一人芝居も二人芝居も、毎回二度とやるもんかって思うんです。この芝居の後も、四人芝居、きっと二度とやるもんかって思うでしょうし(笑)。二人芝居の大変さは、当たり前ですけど休みがないので、相手がしゃべったらいつも私が返すという、その緊張感がずっと続く息苦しさと、無事終わった安心感で毎回ぐったりです。間にもう少し誰か挟まってくれると少し休めるというか、一息入れられるんですけど(笑)。今回、ノラは出ずっぱりで、入れ替わる相手とそれぞれ違う話をするという感じなので、身体にかかる負担は大きいと思うんですが、気持ちいい作品になるのだろうなと。不思議な魅力のある作品です。新しいなとも感じて……そこにひかれたんだと思います。​

永作博美

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ーー15年後のノラについてはどう感じられますか。

相変わらず自由だなと思います。それが現代っぽいというか。最初に人形の家が書かれた時代、このラストは本当にありえないような作品だったんだろうなと想像しますけど、今ならそこは想像できるところであって、出発点がまず違うなという印象があります。でも、自分の意志がある人だなというのは相変わらず感じるところです。彼女は、縛られているって何だろうとか、極端な問いかけをしてしまった結果、こうなっているんだろうと思うんですが、思考の自由が勝ったんでしょうね、多分。否定しなければいけないところを、否定することを放してしまって、自分で羽ばたいてしまったというか。​

ーー永作さんからご覧になって、ノラの生き方は?

時代も違いますし、何とも言えないです。ノラはノラなので。彼女が、自分の人生が最高だったと言って死ぬことができればそれでいいかもしれない。ただ、人間なんで、人間同士いろいろあって、どんなによく生きてきたとしても、決して正解はない。これが彼女の選択だったんだろうなと思います。残された方、彼女の子供たちにしても、残された私たちという歴史が刻まれていて、その子なりの人生が構成されていく。起きてしまったことは仕方がないですから。その後それぞれがどう考えたかということが大切。その当時も、子供たちどうするの? とか、だんなさん大丈夫? とか、みんないろいろ想像したと思うんです。まだまだ、出て行く女が悪いという方が強かったと思いますし。もちろん、今もそういうところはあるとは思います。皆さんがとにかく心配になっていたその先のそれぞれの思いが、この作品では聞けますので(笑)。​

ーーこの戯曲で、ノラがさっそうとかっこよく帰ってきた様を読んで、『人形の家』のあの結末の続きは何かもっと悲惨なものであるように想像していた自分自身に気づかされました

海外の作品なので、私の中では、日本的な女性ではないなという印象があるんです。やっぱり、日本の方が観て、いろいろ考えて想像できるような作品になればいいなと思っています。今、台本にあるかっこよさも、どこまでなじませるのか、突起させるのかは全員のバランス等もありますし、立ち稽古に入ってみてからでないとわからないです。もう少しなじませたいかなというのは、今の時点で思うことですが……。こういう女の人もいる、こういう考え方の人もいると、日本の観客が感じられるような女性にしたいなとも思います。今、女の人がどんどん意見が言えるような時代になってきていますよね。遅かれ早かれ、もっともっとこういう女性が出てくるようになるだろうなとも思いますし。ただ、せっかくなので、外国のお話、どこか遠い国のお話という風ではなくて、今、日本に生きている女性の話であるという風に演じたいなと考えています。翻訳ものには、世界が違うよさがありますが、私はときに違和感を覚えることもあって……その違和感はなくしたいなという風に思います。

永作博美

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ーー演出の栗山民也さんから、ノラは永作さんでというご指名があったそうですね。

そうらしいですね。その理由はまだお聞きできていないんですが。栗山さんとはこれまで『雨』と『頭痛肩こり樋口一葉』でご一緒させていただきましたが、本当に同じことを言わない方だなと思いました。演出において言葉を選ぶのはすごく難しいと思うんですが、匂いや感触まで説明してくれるようなイメージの方です。本当にいろいろなところから引き出しをいっぱい開けて、あの手この手を使ってくださって、説明をあきらめない方なんです。それに関してはとてもありがたいなと、いつも全神経で応えたいと思います。相手がわかるようにしゃべってくれて、それが痛いところをついてくるんです。「あ、それ、わかってる。そこにたどり着いてないのはわかってるんだけれど……」という感じで(笑)。栗山さんは何でも気づいていらっしゃるんです。その感性がすごいなと。集中して聞いていないとどんどん先に進んでしまうので、緊張感がないとダメが書き取れないというか、聞いているときには咀嚼ができないので、とにかく書き取っておいて、後で咀嚼しないとという感じです。でも、栗山さんが何を言うんだろう、どう思っているんだろうということを聞けるのがうれしくて、楽しいですね。栗山さんとご一緒させていただくと、自分の台本の読み方の浅さに気づかされることが多いんです。まだまだいっぱい隠れているんだな、まだまだ奥があるんだなって。栗山さんはよく、「全てホンの中に書いてある」とおっしゃるんですが、そこにたどり着けない自分をいつも思い知らされるというか。でも、知ることができるのは喜びですし、そういう意味での喜びなんです、栗山さんの演出を受けるということは。人間の生々しさみたいなものをすごく掘り下げてくださるというか。共演者にも、本当にしっかりした皆さんが並んでいるので、そこは、相手に委ねられるし、安心できるなと。皆さんとあの台本を形にしていけるのがうれしいです。​

ーー『人形の家』のノラといえば、日本初演では松井須磨子が演じていたり、日本の演劇史上においても非常に有名な役です。

今回はPart2ですが、『人形の家』、久しぶりに上演するんだなという気持ちはあります。そして、不思議な爽快感が魅力の作品で、こんなに大変なことだったのに、でも、意外とすっきりしたわという感じなんです。暗くはないんです。ちょっとおもしろいというか、喜劇? と思えるところもあって。人によって笑うところも全然違うんじゃないかと思います。笑っていい? 笑っちゃだめ? みたいなところもあって。そこが気持ちのよさ、爽快感につながっているのかもしれません。そのあたり、栗山さんがどう演出されるか今はまだわからないですが、やりようによってどうにでも転ぶところのある作品だと思います。初演のアメリカでは爆笑の渦だったらしいですし。国民性、国柄や言葉の印象でも違ってくるでしょうから、日本ではどうなるかはわからないですけどね。

永作博美

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ーー現段階で、永作さんの目にこのPart2のノラはどう映っていますか。

ノラはノラで緊張しているんだろうなと思います。勝手に出て行って、勝手に帰ってきた。彼女は彼女で、堂々としながらもめちゃめちゃドキドキしているだろうなというのがあるので、そのドキドキの感覚をどう持ち続けるか、かな。一生懸命、緊張を保っているけど、たまにポロポロ素が出てきちゃったりしているところがおもしろいなと思います。何かね、すごく一生懸命なんですよ、ノラって。だから、客観的に見ると、人間としてとてもかわいらしく感じられるんです。一生懸命考えすぎちゃって、はじけちゃったんでしょうね。そして、最後まで、彼女の意志は固いんだなと感じます。道中いろいろな波はありつつも、一度決めたことをひっくり返すわけにはいかないという意地もあるんだろうなって。その意地を、マイナスにとるのか、プラスにとるのか、チャーミングな姿ととるのか、人によって感じ方は変わるだろうなと思います。ノラの奔放感というか、形があって形がない感じ、つかみどころのなさを出したいです。

ーー今回のPart2においてもやはり、ノラの姿は、人間にとって“自由”とは何かについて示唆するところが多いように感じます。永作さんご自身が舞台に立たれていて自由を感じる瞬間はありますか。

舞台に立っていて自由はあまり感じないですね……。でも、一人芝居のときは、いま思えば自由だったかもしれないなと思います。すごくしんどいけど、すごく気持ちがよかったです。誰も気にすることがないので、自分のその日の調子、テンポでできることがすごく気持ちよかった印象があります。誰にも見られていない、考えなくていい時間って、多分、人には大事なんだろうなと思うんです。家庭に入っていたりすると、そういう一人の時間が欲しくなったりするのは間違いないですから。逆に普段一人で生活している方は、家庭に入っている人から見れば自由がいっぱいあるように思えるのかもしれない。でも、一人でいる人もやはりその人の世界だから、その人の中では自由が欲しいと思っているのかもしれません。自分の世界の中の“自由”だから、本当に人それぞれですよね。どこをとって自由なのかということもまた難しいし。私は、何も考えなくていい時間があったときに、「ああ……自由だ」って思います。常に何かを考えていなくちゃいけないので。一人芝居のときは、自由だったのに(笑)。間違えようが誰にも迷惑かけないし、そのまま好きなように対処して進めていけばいいので。今日はこの呼吸だから、昨日のテンポと違うけど、今日はこれでやっていこうとか、無理なくその世界を作れたなということがありました。​

ーー今のお話をうかがっていて、劇中、ノラが二年間沈黙の中で生きたと語るシーンを思い起こしました。

ノラは一人になって、本当にいろいろなことを考えたと思うんです。舞台はかなりのスピードの会話劇になるとは思いますが、その裏には、ノラが一人でずっと考えた時間、とても長く感じられたであろう時間、自由な時間があったでしょうから、その対比も出るといいなと思います。

永作博美

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取材・文=藤本真由(舞台評論家) 撮影=敷地沙織

公演情報

PARCOプロデュース2019『人形の家 Part2』
 
【作】ルーカス・ナス
【翻訳】常田景子
【演出】栗山民也
【出演】永作博美、山崎 一、那須 凜、梅沢昌代

【企画・製作】株式会社パルコ
【公式HP】http://www.parco-play.com
 
<東京公演>
2019年8月9日(金)~9月1日(日)紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA
5月25日(土)10:00~チケット発売予定
※9月地方巡演
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