音楽劇『ライムライト』チャップリン生誕130年に再演中~日本チャップリン協会会長・大野裕之が舞台化までの想いを語る

インタビュー
舞台
2019.4.13
大野裕之

大野裕之

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今年はチャップリン生誕130年。名作映画「ライムライト」を世界で初めて舞台化した東宝の音楽劇『ライムライト』が再演されている。かつて一世を風靡した老芸人が、人生を悲観して自殺を図った若いバレリーナを助け、再び舞台に立たせる物語。2015年の初演から4年、石丸幹二演じるカルヴェロが帰ってくる。そしてカルヴェロを献身的に支えるヒロインのテリー役に実咲凜音、テリーに想いを寄せる作曲家ネヴィル役に矢崎広を新たに迎えて。と簡単に「世界初」と書いたが、そんじょそこらの「世界初」とは重みが違う。だって世界でもっとも有名であろう俳優チャップリンの代表作の舞台化なのだから。しかも世界で初めて肖像権を主張した、いわばキャラクターの元祖でもあり、ハードルは高い。舞台化の立役者の一人は上演台本を手がけた大野裕之。劇団とっても便利の主宰者で、映画も手がけている大野は、実は日本チャップリン協会会長でもある。


――大野さんはどんなふうにチャップリンとかかわりを持っていくかを教えてください

小学校5年のときには映画「独裁者」を見て好きになりました。その後、京都大学の総合人間学部に進学して、そこで映画学を専攻しました。大学院に進んでも、ぜひチャップリンの研究をしたいと思ったんですが、担当教授から「チャップリンは有名すぎるからやめとけ」と言われました。「よっぽどの資料が見つからないんだったらダメ」だ、と。じゃあ「よっぽどの資料」を見つけてやろうやないかと思ったわけです。チャップリンは、ドアから少し先まで歩く場面だけでも20回は撮り直した、いわゆる完璧主義者。そのNGフィルムがロンドンに眠っていると聞き、あちこち回ったら、英国映画協会に保管されていることがわかりました。交渉の末、世界で2番目に、そのすべてを見ることができました。

それはまさに「知られざるチャップリン」でした。たとえば、1916年の映画「午前一時」の、時計の振り子に頭をぶつけてこける、という単純なギャグだけでも、数10回撮り直している。「質屋」という短編映画では、2巻分を1週間で撮っていた時代に、チャップリンは1カ月以上かけた。その中で、一番印象的だったのは、テイク1では2分ぐらいギャグをしていたのが、何度も撮り直すうちに、最終テイクでは10秒になっていたことです。それらのアウトテークを見てクリエイティブとはこういうことなのかと学び直しました。普通は途中で思いついたアイデアを付け加えていくので、演技が長くなっていくことが多いのですが、チャップリンは最初にいろんなアイデアがある中から、少しでもテーマや物語に関係ないものは削ぎ落としていく。つまり、クリエイターはストイックに、どんなに面白くても本質に関係ないことは削って、エッセンスを突くことしかやってはいけないんだと。もし僕がクリエイターとしてチャップリンに影響を受けたとすればそのことです。できているかは別として(笑)。

――そのころは、失礼ながら大野さんご自身、今のようになられるとは、もちろん想像できませんよね。

思いませんでした。2003年に16年ぶりにチャップリンのロードショウが行なわれることになって、映画会社の人に知り合いを介して「なんでもします」とお伝えしました。「チラシでもなんでも撒きます!」という意味だったのですが、その映画会社の宣伝部さんから連絡をいただき、「ある偉い先生がプレスシートを書いたんだけど、万が一間違いがあってはいけないから、見てほしい」と。博士課程を出た2カ月後くらいでしたね。で、そのプレスシートは、最初の5ページで85カ所間違いがありました。でも、その先生が間違っていたのではなくて、当時日本に出ていた文献にはそう書かれていた、ということです。僕は海外で一次資料の研究をしていたので、最新の情報をプレスシートに書かせていただき更新することができました。1970年代まで世界中で2000冊のチャップリン本がある。そんな存在だからこそ、知られざる事実がいろいろ出てくる。僕の研究は、なぜ一人の男が世界中を笑わせて泣かせ続けているのか、その秘密を知りたいというのが原点です。

――そんな大野さんがチャップリン家と親しくなるわけですよね?

チャップリンは日本とも縁があるんですよ。まず秘書の高野虎市さんが日本人。そして1931年に映画「街の灯」が日本で上映前に歌舞伎『蝙蝠の安さん』になっていた。そのことを研究して英語の論文を書いてアメリカの本で発表したら、チャップリンの娘さんが読んで「面白かったわ。私のパパは歌舞伎のことが大好きだったから、知っていたら喜んだのに」と。そんなやり取りをする中で、だんだん親しくなったんです。

そんな時に高野さんの遺品が大量に見つかって、それをきっかけに、娘のジョセフィン・チャップリンさんと黒柳徹子さん、チャップリンの世界的な権威デイビッド・ロビンソンさんに京都にお出でいただいてシンポジウムをやりました。そして、これだけ日本にもゆかりがあるということで、日本チャップリン協会を娘さんとつくりました。

音楽劇『ライムライト』再演より、石丸幹二 写真提供:東宝演劇部

音楽劇『ライムライト』再演より、石丸幹二 写真提供:東宝演劇部

――話を音楽劇『ライムライト』に進めましょう。大野さんは上演台本を書かれています。

はい。上演台本を書かせていただいた経緯をお話ししますと、実はその前に著作権交渉のお手伝いをしたんです。もう15年以上前に、東宝さんが映画「ライムライト」の舞台化を企画されました。確かに舞台の話だから、舞台化はしやすいはずです。でも、チャップリン家に、お断りされたそうです。実は、世界中の舞台関係者が「ライムライト」の舞台化をお願いしてきたのですが、チャップリン家は一度も許可したことはありませんでした。

しかし、東宝さんのプロデューサーさんの中に、たまたま僕の大学時代の舞台を見てくれていた人がいて、その方から再度「大野から、チャップリン家に連絡を取って舞台化を頼んでほしい」と連絡をいただきました。僕は、チャップリン家が「ライムライト」の舞台化の許可など出すわけがないと思いましたが、一応、メールをしてみました。

そうしましたら、2、3カ月後の忘れたころに返事が来ました。重要なことなので家族会議を開いていたそうなんです。そして、メールには「極めて例外的に、大野が脚本を書くという条件で「ライムライト」の舞台化を許可する」とありました。もうびっくりですよ。ありがたいですよね。

でも問題があって、当時、僕はまだ20代で、今もそうですけど、どこの馬の骨かわからないチンピラなわけです。東宝さんの大舞台だと、もっと偉い先生が脚本を書かれるべきです。だけどチャップリン家は、世界初演の脚本に僕を指名してくださったので、その信頼に応えられるように、東宝さんのプロデューサーのご指導を仰ぎながら書かせていただくことになりました。

――チャップリン家からものすごい信頼があるわけですね。すごいなあ、大野さん。

チャップリンの映画の翻案はとても簡単で、とても難しいと思います。チャップリンは世界中で愛されている。そしてストーリーが本当に普遍的で誰もが共感します。翻案してもそれは失われないので、ある意味簡単な作業です。チャップリン、といえば誰もが納得する。

けれどまったく同じ理由で難しいわけです。たとえば映画「独裁者」は、床屋さんと独裁者がたまたま同じ風貌をしていて間違えられ、最後に床屋さんが世界の平和を訴える演説を6分間もする。そんな床屋さんは、どこにもいません。けれどそこに疑問を感じさせないところがチャップリンの演出力であり演技力です。それはチャップリンしかできないわけで、そのまま翻案すると舞台としては成立しないですよね。

「ライムライト」だってそうですよ。おじいさんが自殺未遂した若いバレリーナを助けて、一緒に住み始めるなんて、普通の人やったらものすごく気持ち悪い。だけどチャップリンがやると、そこに疑問を感じない。その飛躍を不自然だと感じさせないのが彼が天才と言われる所以なのです。

音楽劇『ライムライト』再演より、石丸幹二(右)と実咲凜音 写真提供:東宝演劇部

音楽劇『ライムライト』再演より、石丸幹二(右)と実咲凜音 写真提供:東宝演劇部

――でもそれはチャップリンを愛する、大野さんならではの苦悩かもしれませんね。でも実際に作業をしなければいけないわけです。

もっと大変なのが、チャップリンが演じたカルヴェロ役をどなたがするのか、ということです。チャップリンが見せる演技やパフォーマンスを、日本の舞台でどんなふうに再現すればいいのか。これは大問題でした。それに、カルヴェロがかつての盟友、実際にチャップリンのライバルだったキートンとのデュエットでパフォーマンスをする名場面もほとんど再現不可能です。

そんなふうに悩んでいたときに、誰からともなく「音楽劇にしてはどうか」というアイデアが出ました。チャップリンは作曲もしていますから、その素晴らしい音楽を使って音楽劇にしよう、と。それで、素晴らしい音楽家・俳優であり、また「ライムライト」を生涯のベスト1とおっしゃる石丸幹二さんが主演をしてくださるのが決まったことで、実現へと大きく進みました。

また、キートン役は出演せず、代わりにチャップリンが最後につくろうとしていた未完の映画「フリーク」の主題歌「You are the song」を歌うことにしました。この歌をステージで歌うのも世界初演になります。ラストでカルヴェロが「You are the song」を歌うことで、この音楽劇のエンディングと、石丸ライムライトのエンディングと、チャップリンの生涯のエンディングが見事に重なる。そのことをチャップリン家に相談すると、これも家族会議で「これは素晴らしい」と言ってくださって実現しました。

それにしても、自分が舞台用に書いた台本をまた全部英訳してチャップリン家に読んでいただくときが一番緊張しました。

音楽劇『ライムライト』より、実咲凜音(左)と矢崎広 写真提供:東宝演劇部

音楽劇『ライムライト』より、実咲凜音(左)と矢崎広 写真提供:東宝演劇部

――そして4年ぶりの再演です。

初演は世界初演という歴史的事件でしたし、作家としては気負いましたよ。すごく緊張しました。無我夢中です。でも今回はドラマに集中することができた。それが再演の良いところですね。初演時は舞台でしかできないことをやろうとこだわりました。チャップリンが映画をつくる前に書いていた未発表の小説版ライムライト(その後、日本で「小説ライムライト 」として翻訳出版が出た)に立ち戻って、いろいろ付け加えたりした。

でも、再演版にあたっては、気負いなく、ドラマのエッセンスだけを見つめ直そうと思いました。初演よりフォーカスを絞って、力強くなったと思います。

――石丸さんのカルヴェロはいかがですか?

石丸さんはチャップリンのことが大好きで、特に「ライムライト」が生涯ナンバー1の映画だと公言されている。そんな石丸さんともう一回ご一緒できるのは本当にうれしいことです。初演は初演の良さがありますけれど、円熟味を増し、4年分の経験を乗せてもう一度おやりになるのはより大きな期待があります。稽古初日に、石丸さんが一言目のせりふをおっしゃったときに、もうカルヴェロでしたね。本当に「ライムライトの魔力」でした。

そうそう、実はこの「魔力」という言葉はキーワードになっています。映画の冒頭に字幕が出るのですが、「ライムライトの魔力 若者の登場に老人は消える」と訳しました。英語では、「グラマー・オブ・ライムライト」。日本ではグラマーという言葉は、たとえば女性の魅力の表現に使いますが、「抗し難い魅力」という意味なんです。それで僕は「魅力」のような優しい言葉ではなく、「魔力」という訳語を選びました。ライムライトはスターしか浴びることのできない光、それはまさに魔力でしょう。真にライムライトの魔力をご存知の石丸さんが、今回もどんなふうに演じてくださるのか楽しみです。

テリーはチャップリンにとって理想の女性です。モデルはお母さんであったり、初恋のへティ・ケリーであったりします。一途なネヴィルもあわせて、二人とも真っ白なキャンバスのような役です。そこに、今回新たにご参加してくださる実咲凜音さん、矢崎広さんがどんな色を塗ってくださるのか、本当に期待しています

《大野裕之》1974年大阪府生まれ。1994年京都大学総合人間学部入学。2003年京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程単位取得満期退学。日本チャップリン協会会長、脚本家・演出家・プロデューサー、在学中に旗揚げした劇団とっても便利代表。2014年に、脚本・プロデュースを手掛けた映画「太秦ライムライト」で、ファンタジア国際映画祭最優秀作品賞、京都市文化芸術表彰ほか国内外14の賞を受賞。「チャップリンとヒトラー メディアとイメージの世界大戦」(岩波書店)で、第37回サントリー学芸賞受賞。映画「葬式の名人」(前田敦子・高良健吾主演)が秋に公開予定。

取材・文=いまいこういち

公演情報

音楽劇『ライムライト』

■日程:2019年4月9日(火)~4月24日(水)
■会場:シアタークリエ
■原作・音楽:チャールズ・チャップリン 
■上演台本:大野裕之 
■音楽・編曲:荻野清子 
■演出:荻田浩一
■出演:石丸幹二 実咲凜音 矢崎広 吉野圭吾 植本純米 佐藤洋介 舞城のどか 保坂知寿
■演奏:岸倫仔(ヴァイオリン) 坂川諄(リード) 佐藤史朗(アコーディオン) 荻野清子(ピアノ)
■料金:11,000円(全席指定・税込)
■開演時間:9日19:00、12・16・19・22日14:oo、10・15・17・23日14:oo/19:00、土曜13:oo/16:00(20日夜貸切)、24日・日曜13:00、木曜休演
■お問合せ:東宝テレザーブ Tel.03-3201-7777(営業時間 9:30~17:30)

【大阪公演】
2019年4月27日(土)~4月29日(月)
梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティ

【福岡公演】
2019年5月2日(木)~5月3日(金・祝)
久留米シティプラザ ザ・グランドホール

【愛知公演】
2019年5月5日(日)~5月6日(月・祝)
日本特殊陶業市民会館 ビレッジホール

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