反転する風景のなかで:「ふたつのアジア地図――小沢剛+下道基行」

レポート
アート
2015.7.15

 「地蔵」や「鳥居」という言葉から、私たちはどんな風景を思い浮かべるだろうか。帰省のたびにその脇を通り過ぎる、でこぼこした田舎道の感触だろうか。それとも、浴衣姿の男女が連れ立ってその下をくぐる、にぎやかな夏祭りの喧騒だろうか。

 2015年4月から7月頭まで森美術館の一角で開催されていた「ふたつのアジア地図――小沢剛+下道基行」は、そんなノスタルジックな「日本の原風景」と結びつけられがちな地蔵と鳥居にフォーカスした展示だ。

MAMコレクション001 ふたつのアジア地図――小沢剛+下道基行

 残念ながら展示期間は過ぎてしまったが、ここであらためて紹介しつつ、振り返ることにしたい。なお、展示作品の多くはネット上で閲覧することができるので、観そびれた人、観たけど忘れたという人は、適宜リンク先のサイトを参照してほしい。

 「ふたつのアジア地図」の展示室は、同時開催の「シンプルなかたち:美はどこからくるのか」展でにぎわう森美術館の出口近くにある。こじんまりとした部屋に足を踏み入れると、左右の壁に向き合うかたちで鳥居と地蔵の写真が数点展示されていた。

 一見するとひどく地味な展示にも思えるが、壁に掛けられた写真を眺めれば、すぐにその奇妙さに気づくはずだ。《地蔵建立》と題された小沢剛(1965~)の連作には、私たちが道端でよく見かける石の地蔵は見当たらない。その代わりに、地蔵をかたどった小さな人形や、それらしい輪郭線が描きつけられた紙片、さらには地面や外壁などに直接描かれた地蔵の落書きが、日本を含むアジア各地の風景にひそかに混入している。

Tsuyoshi Ozawa Art Works:地蔵建立/Jizoing

 その向かい側の壁に展示されているのは、下道基行(1978~)の《torii》シリーズだ。こちらは小沢の作品とは異なり、私たちのよく知っている神社の鳥居が写り込んでいる。ところが、写っているのは鳥居だけで、肝心の本殿が見当たらない。それどころか、墓地やジャングル、民家の敷地など、およそ日本では考えられない場所に鳥居が建っており、なかには横倒しになっているものまである。実はこれ、かつて大日本帝国の支配下に置かれたアジア各地に建てられていた神社の名残なのだ。

SHITAMICHI Motoyuki:[ torii ]

 さしあたって小沢と下道の写真は、地蔵/鳥居という見慣れたモニュメントをまったく別の風景のなかに混入/発見することで、私たちの「原風景」がいかに閉鎖的で、近視眼的なものにすぎないかを教えてくれる。田舎の地蔵も地元の鳥居も、結局は過去の抑圧と未来の不安を都合よく覆い隠してくれる、日常という舞台の書割にすぎなかったというわけだ。

 そのため、彼らの試みをある種の「告発」と見なし、もっぱら政治的な観点から理解することも難しくない。たとえば、小沢の《地蔵建立》は、日本古来の地蔵を大地から切り離し、あちこちに移動させることで(大東亜共栄圏のパロディ?)、当世流行のナショナリズムを拡散させる効果をもたらすかもしれない。さらに、下道の《torii》にいたっては、大日本帝国による植民地支配の一翼を担った神社の残骸にカメラが向けられており、より直接的に日本の戦争責任をめぐる諸問題を思い起こさせる。

 だが、その一方で、こうした「政治的に正しい」意味づけからはどうしてもこぼれ落ちてしまう、不穏な魅力がこれらの写真にあることも事実だ。それは見慣れたものが見慣れないところにあるという超現実的な面白さにとどまらない。それだけではなくて、もっとよそよそしく、もっと神々しい、どこか非人間的な暗い輝きのようなもの……。

 小沢が建立する地蔵は、私たちがその脇を何度も通り過ぎ、いつしか一方的な愛着を抱く人間的な対象ではありえない。なぜなら、いまや地蔵のほうが私たちを通り過ぎていくからだ。同じように、下道が撮影する鳥居にも、私たちの安易な共感を寄せつけない古木のような気高さがある。なぜなら、それは当初の人間的な思惑を超えて存在し続けてしまったからだ。こうして小沢と下道の被写体は、もはやステレオタイプな風景の一部として眺められることも、政治的な不正の告発者として語らされることもやめる。それらはむしろ、人間的なスケールを超えた存在のはかなさ/しぶとさによって、人間の営みそれ自体をぼやけた風景のなかへと遠ざける。

 「ふたつのアジア地図」は、地蔵と鳥居という二つのモチーフを通じて、閉ざされた「日本の原風景」をアジアへと開こうとする試みだった。しかし、それは同時に、人間とその外部、つまりは非人間たちとの国境線を浮き彫りにする作業でもあったのではないか。そこでは私たちのまなざしが風景を組織するのではなく、逆に私たち自身が遠い風景へと退いていく。小沢と下道が捉えたのは、この反転する風景のなかに浮かび上がる、非人間の王国への検問所だった。

 現在、小沢は千葉の市原湖畔美術館で個展「小沢剛―ゾウ館長からの夏休みのしゅくだい」を開催しているほか、7月下旬からは広島のアートギャラリーミヤウチで被爆70周年記念事業「TODAY IS THE DAY:未来への提案」展に参加する。《地蔵建立》に興味をもった方は、この機会に足を運んでみてはいかがだろうか。
 

イベント情報
小沢剛―ゾウ館長からの夏休みのしゅくだい

会期:2015年6月20日(土)〜9月23日(水・祝)
会場:市原湖畔美術館(千葉県市原市) 入館料:一般=600円、シニア(65歳以上)・大高生=500円、中学生以下=無料
 ▶詳細情報はこちら
被爆70周年記念事業 TODAY IS THE DAY:未来への提案

会期:2015年7月26日 (日)~9月27日(日)
開館時間:11:00 -18:00(但し入館は17:30まで
休館日:火・水曜日(但し9/22, 23は開館)
会場:ART GALLERY miyauchi
観覧料:一般800円(700円)、学生500円(400円)、高校生以下または18歳未満・各種障害者手帳をお持ちの方は無料、( )内は10名以上の団体料金
 ▶詳細情報はこちら
シェア / 保存先を選択