発達障害のあるピアニスト・野田あすかが「生きる」意味を曲に込める『ピアノ・リサイタル2019』
野田あすか
ピアニストの野田あすかが、2019年11月17日(日)東京・稲城市立iプラザホール、12月22日(日)東京・トッパンホールにて、『ピアノ・リサイタル2019』を開催する。広汎性発達障害(自閉症スペクトラム)、解離性障害が原因で、いじめ、転校、退学、そして自傷、パニック、右下肢不自由、左耳感音難聴などで入退院を繰り返してきた野田。たくさんの悲しみと自分の障害と向き合ってきたからこそ、そこから生まれた美しい音色が多くの人の心に染みわたり、感動を呼んでいる。「金スマ」や「あさイチ」などに取り上げられ、今年はNHK交響楽団のメンバーと初共演することになり、話題のピアニストとして注目を集めている野田あすか。今年は作曲活動を中心にしてきた彼女が、今回のリサイタルでは、待望の自作の新曲を演奏する。しかも、初演となる。
今回のリサイタルは、クラシックと自作曲の2部構成。セットリスト(予定/順不同)は以下のとおりだ。
<第1部>クラシック
作者不詳:カッチーニのアヴェ・マリア/ドビュッシー:2つのアラベスク 第1番 ホ長調 第2番 ト長調/ドビュッシー:月の光/ヒナステラ: アルゼンチン舞曲 Ⅰ 年老いた牛つかいの踊り Ⅱ 優雅な乙女の踊り Ⅲ ガウチョの踊り
<第2部>自作曲
ホワイトアウト/哀しみの向こう/キタキツネ/生きる。
このセットリストがどのように決まったのか。また宮崎在住でほとんど雪を見たことがない野田が、どうして自作曲で北国を思わせる曲を生み出したのか。気になる点を上京してきた野田に伺ってみた。
野田あすか
ーー今回のセットリストはどのように決まったんですか?まずは第1部のクラシックから教えてください。
「アヴェ・マリア」は、世界三大「アヴェ・マリア」の中でも有名なシューベルトとグノー(バッハ)の「アヴェ・マリア」ではなく、一番知られていないカッチーニの「アヴェ・マリア」を選びました。素敵な曲なので、ぜひお客さんに聴いてもらいたいと思い、この曲を最初に決めました。
ドビュッシーは昔から好きで、今回も是非弾きたいと思い、「月の光」を選びました。それから、子どもでもワクワクするような楽しい曲がないかなあ、と思っていた時に「アラベスクもいい曲だよ」とピアノの先生から教えていただき、実際に弾いてみたら、本当にそう思える曲だったんです。まだきちんと弾けないので、今、一生懸命練習しているところです。
今回選んだ他の曲が小曲ばかりだったので、ダイナミックな曲を入れようか、と思った時に頭にポンと浮かんだのがヒナステラでした。
ーードビュッシーとヒナステラでは曲調がかなり異なりますし、ヒナステラは相当難しいのでは、と思いますがご自身ではいかがですか?
ヒナステラは弾くのが難しいです。なんでこの曲を選んだんでしょうね(笑)。初めて弾いた時ものすごく難しかったので、普通の曲の5倍くらい練習をしました。だから特に3番は指が勝手に動く感じですね。ですが、先日、先生の前で弾いた時「1番と2番は新鮮な感じがしたけど、3番は流れている感じ」と言われ、「ああ、バレちゃってるな」って思いました(笑)。
一番の挑戦はドビュッシーのアラベスクの2番です。リズミカルな曲はほとんど弾いたことがないので、なかなか掴めません。すごくワクワクする曲なんですが、私自身がまだそこまで曲の世界に入り込めていないんです。今は楽譜に書いてある「ここはゆっくり」などといった指示に忠実に従っています。まだ自分の色は入れていないです。
野田あすか
ーーでは第2部の自作曲について。今回演奏する曲はどんなきっかけで生まれたんですか?
今年の1月に北海道に行ったとき、釧路から知床などを巡って、車で5時間くらいかけて美瑛に、そして旭川に行きました。現地では、北海道の野生動物や景色を撮影している井上浩輝さんというプロの写真家さんが「このあたりに動物がいるよ」って、いろいろなところに連れて行ってくれたんです。私は宮崎で生活しているので、以前に東京で生まれて初めて雪を見て、すごく嬉しかったんです。だから北海道に行けば、東京の雪とはまた違う雪景色を見ることができて、今までとは全然違う曲ができるかも、という想いがありました。そこで体験したことからこれらの曲が生まれたんです。
最初に行った釧路ではあまり雪がなかったんですが、そこからどんどん山の中に行くと雪がいっぱいでした。美瑛に行った時、積もった雪が壁みたいになっていて、びっくり!そもそも北海道に行きたいと思ったのは「雪の中で雪の音を聴いてみたい」という想いがあったんです。雪の中にずっぽり入ったら、どんな音がするんだろうと。でも「全身が埋まったら危ないからダメ」って言われたので、雪をがんばって手で掘って、頭だけ突っ込んでみました(笑)。そうしたら自分の心臓の音だけが聞こえて、「私、生きているんだなあ」と思いました。
「ホワイトアウト」を実際に初めて見ました。ものすごい吹雪で、目の前が真っ白だったので、その向こうには怪獣とかマンモスとかがいるんじゃないかと怖かったんです。しかも車は激しく揺れるし。一瞬だけホワイトアウトに隙間が出来て向こうが見えたんですが、そこに野生のキタキツネさんがいて、こっちを見ていたんです。夢でもなく本当にいたんです!私の目にうつった様子、体や心で感じた感覚をそのまま曲にしました。私が今まで作った曲にはない怖さがあります。
「キタキツネ」。現地で会えました。可愛いだけじゃなくて、車にひかれたり、ご飯が食べられなくて死んでしまうことも知りました。キタキツネを見ているうちに、北海道の広い大地を守るという使命を果たすために、そこにいるように見えてきました。だから、雪の上にたくさんの足あとを残しているのかなあって。そんなことを思いながら、作った曲です。今回曲の中に一瞬だけ“キタキツネ”を5つの音で紹介する場所があるんです。(実際にピアノで「キタキツネ~」とその部分を弾いて一同大笑い)誰にも言えない私だけの秘密なんです。キツネは宮崎にもいるんですが、やっぱり“キツネ”ではなく、“キタキツネ”ってピアノで言いたいです(笑)。
そして、「生きる。」。北海道に行く前は「雪、綺麗なんだろうな」「動物可愛いんだろうな」と美しいところを想像していたんですが、私の心の中に一番残ったのは、動物たちが寒い中で生きるためにご飯を探していたり、突然命が消えていくことでした。北海道から宮崎に戻ってきて「一番最初にどんな曲を書こうかな」と思った時、最初に書いたのがこの曲でした。動物たちが雪の中で毎日生きるのに一生懸命でいる姿を見て、「この子たちは死なないように生きている」「隣に死を感じながら生きている」と思いました。今までに死にたいと思ったことのある私は、そう思ったことを情けない、と感じて、生かされている時間はしっかり生きたいと思いました。そのことや生きている奇跡を曲に残そうと思って、この曲を作りました。
ーーそういえば、このリサイタルのさらに前にある『NHK音楽祭』2019年10月31日(木)のプログラムでN響メンバーと一緒に演奏することになったそうですね!
はい。私にとってN響は雲の上の存在で、直接知り合うきっかけなんてないですから、最初にこの話を聞いた時は「えっ!?」という感じで、とても信じられなくてびっくりしました。N響のメンバーの方と室内楽をします。モーツァルトの「ピアノ協奏曲 第20番(室内楽版)」や、私の自作曲などをメンバーの方と一緒に演奏します。すごく高度な楽曲なので、今、猛練習中です。他にも遊び心がある曲も選んだので、楽しみにしていてください。
ーー最後に野田さんのリサイタルを楽しみにしている皆さんに一言お願いします。
お客さんの中には、楽しい気分の人もいれば、悲しい気持ちの人もいると思います。辛すぎて泣けなかった人がホッとして少しでも涙を流せたり、いいことがあった人がもっともっと笑顔になるような演奏ができたらいいな、と思っています。みなさんがリサイタルから帰る時に「今日いい時間が過ごせたなぁ」と少しでも思っていただければ嬉しいです。
取材・文・撮影=こむらさき
公演情報
公演情報
※応募多数の場合は抽選となります。