戸澤采紀(ヴァイオリン)&樋口一朗(ピアノ)初共演の若き音楽家にインタビュー「まったく違う二人が描く音楽の行く末を見守って」
戸澤采紀(ヴァイオリン)、樋口一朗(ピアノ)
2016年、15歳で日本音楽コンクールのヴァイオリン部門に優勝し、現在は東京藝術大学の1年生に在籍するヴァイオリニスト・戸澤采紀が、昨秋に続いて、今秋もリサイタルをひらく(11月23日(土)・トッパンホール)。今年の共演者は、同じ2016年の日本音楽コンクールのピアノ部門で優勝した樋口一朗だ。
2019年9月10日(火)にサウンドスタジオノア野方店で二人の演奏(ラヴェルのヴァイオリン・ソナタ第1楽章、ほか)を聴いたあと、今回が初共演という二人にインタビューした。
左から 戸澤采紀、樋口一朗
ーーお二人の共演は?
戸澤:樋口さんとは日本音楽コンクールの同期で、私がヴァイオリンで第1位だったとき、彼がピアノ部門の第1位でした。翌年のコンクール入賞者のツアーでご一緒したのですが、共演する機会はほとんどなく、小学校へのアウトリーチでポップスのアレンジ曲を一緒に弾いただけでした。ちゃんと共演するのは今回が初めてです。
ーーどうして今回共演することになったのですか?
戸澤:最初に私がプログラムを決めて、ピアニストをどうしようかと考えた時に、樋口さんの粒立ちのよい明るくキラキラする音や素直に音楽されるところが、ラヴェルのヴァイオリン・ソナタを弾くときの自分のイメージにしっくりとくると思って、お願いしました。
戸澤采紀
ーー樋口さんは、戸澤さんの印象は?
樋口:コンクール入賞者のツアーのとき、ゲネプロを聴いて、よく通る音だなという印象を持ち、そのとき16歳とは思えない深い音楽を感じたので、一緒に弾いてみたいと思っていました。
ーー先ほど、ラヴェルのソナタの演奏を聴かせていただきましたが、いかがでしたか?
戸澤:実は、昨日、初めて合わせたのです。
樋口:合わせた感じがスムーズでしたが、ただ音を合わせるだけでなく、深い響きや思っていることを素直に伝え合えたと思いました。
戸澤:演奏しているときに、彼がどういう音を出したいか分かる弾き方をしてくれたので、弾きやすかったです。
樋口:楽しめましたね。
戸澤:お互い相手の音楽を抵抗なく受け取ることができました。それは結構難しいことだと思います。発信することもあれば、受け身のこともある、その関係性は信頼につながると思います。
樋口一朗
ーープログラムはどのように決めたのですか?
戸澤:前半と後半に1曲ずつ、ソナタをメインとしていれようと思いました。シューマンの第2番とラヴェルです。イザイの無伴奏ソナタは1年1曲勉強しているので、今年も1曲、ということで第2番を選びました。シューベルトの「華麗なるロンド」は、演奏会の最初にこのピアノのカッコいい和音で始まったら、私がお客さんなら惹き込まれるだろうなと思って、スタートの曲にしました。
樋口:ヴァイオリンとのデュオはよくやっているのですが、今回の曲は、全部、初レパートリーです。
ーーシューマンのヴァイオリン・ソナタ第2番はどうして選んだのですか?
戸澤:もともとシューマンの第1番が好きでしたが、シューマンのソナタを第1番から第3番までCDで聴き通したとき、第2番に、すごく濃くて重いけど説得力のある音楽というか、第1楽章から第3楽章まで聴いたときにすごく達成感のある音楽だと感じました。大人の音楽で、難しいのは分かっているのですが、樋口さんと一緒に勉強したいなという思いが強いですね。ピアニストと一緒に音楽を作り上げていきたいと一番強く思うソナタが、シューマンなんです。フレーズの作り方を意識しながら、練習していきたいですね。
樋口:僕もシューマンはすごく好きで、ソロの曲も結構弾きます。作曲家の特性を良く勉強して、その上で、二人の個性の出る音楽が作れればと思っています。
樋口一朗
ーーイザイの無伴奏ソナタ第2番は今日も弾いておられました。
戸澤:イザイはこれまでに第6番と第5番を勉強しました。第2番は、これら3曲のなかでは一番メッセージ性の強い曲です。「怒りの日」のテーマの感情の起伏に強い意志を感じます。自分でこう弾きたいという確固たる意志をもつと同時に、これは無伴奏なので大好きなトッパンホールの空気感と対話しながら弾きたいなと思っています。
ーーリサイタル最後はラヴェルのヴァイオリン・ソナタですね。
戸澤:リサイタルの前半は、わりと重々しいプログラムなので、後半は、イザイで技巧を楽しんでいただいて、ラヴェルは、第1楽章は端正に流れて、第2楽章は気怠げなブルース、第3楽章は物凄くエキサイティングというように、エンタテイメントとしてお客さんに楽しんでいただければいいなと思います。前半とガラッと雰囲気を変えたいですね。
戸澤采紀
樋口:ウィーン、ドイツ、フランスの音楽を弾き分けたいと思います。それぞれの国の伝統に寄り添って勉強したいですね。
ーー今回のリサイタルへの抱負をお聞かせください。
戸澤:私は、一年間の一番の大きな目標としてこのリサイタルに臨もうと思っています。信頼できるピアニストが一緒に弾いてくださいます。勉強した成果をステージに載せるのですが、ステージの上の空気感に臨機応変に変化できるように、自分の中で音楽に伸びしろを持った状態で舞台に上がれるようにしたいですね。
樋口:戸澤さんはドイツ、フランスの先生に就いて、僕はロシア、アメリカの先生に就いているように、まったく違う二人が一つの音楽というゴールに向かってどんな結末を迎えるかを楽しみにしていただければと思います。
樋口一朗
戸澤は、2019年12月24日(火)に浜離宮朝日ホールでの、ピアノの西川響貴、チェロの泉優志との三人によるトリオ・クレスコのコンサートにも出演する。
ーー「トリオ・クレスコ」はどういうトリオですか?
戸澤:彼らは高校からの同級生で、もともと仲が良く、ピアノの彼とは高校時代にデュオをやっていて、チェロの彼とは高校時代にクァルテットを組んでいました。三人での演奏は今回が初めてですが、音楽を一緒にやることでは既に信頼感があります。だからこそ、遠慮なく、ぶつかり合いながら音楽することができると思います。
ーー今回がデビュー・コンサートなんですね。
戸澤:そうです。
ーー「クレスコ」とはどういう意味ですか?
戸澤:エスペラント語で「成長」という意味です。3年間同じ教室で切磋琢磨してきた仲間ということで、こういう名前になりました。
戸澤采紀
ーー今回のコンサートのプログラムについて話していただけますか?
戸澤:前半は、普段クラシックを聴かない方でも楽しめるように、タンゴ、ジャズ、映画音楽などいろいろなジャンルの曲を選びました。後半は好きな曲を弾こうということで、ドビュッシーとラヴェルを取り上げることにしました。ドビュッシーのピアノ三重奏曲は、彼の若い頃の作品で、私たち三人の“成長”の過程としてのこのコンサートに合っていると思いました。ラヴェルは、ピアノ・トリオの名曲中の名曲。今の年齢で弾くのはかなりの挑戦ですが、大好きな曲なので、こういうフランス音楽のプログラムにしました。
ーー戸澤さんは、チェルカトーレ弦楽四重奏団のメンバーとして、弦楽四重奏にも取り組んでられますね。
戸澤:昨年4月にチェルカトーレ弦楽四重奏団に入りました。それぞれがもともと持っている音楽が違うのでぶつかり合うことが多々ありますが、それが面白いですね。弾いているなかで、そこをそう弾くんだ、そういうアプローチがあるんだ、と勉強になります。弾いているというより、勉強していますね。
戸澤采紀
ーー戸澤さんは将来どのようなヴァイオリニストになっていきたいですか?
戸澤:この夏にフィンランドの音楽祭に参加して、先生から、「もっともっと表現しないと伝わらない」と言われました。日本だったら「やり過ぎなんじゃない?」と言われることもありますが(笑)。ヨーロッパの音楽を勉強している身として、留学は考えています。
室内楽をいっぱいやらせていただいてとても勉強になっているので今後も室内楽は続けていきたいですし、また、オーケストラ(ジュニア・フィルハーモニック・オーケストラ、ヴィルトゥオーゾユースオーケストラ)にも入っています。今まで、ソロ、室内楽、オーケストラの3つを両立している人はなかなかいないと思うのですが、それを両立できる先駆けになれればいいなと思っています。
取材・文=山田治生 撮影=池上夢貢