聴き始めたらクセになる?! 新感覚の『Cateen's Piano LIVE』 YouTube×リアルライブで新風吹き込む
クラシックを土壌とし、ジャズ、ゲーム音楽、アニメ音楽などを縦横無尽にオリジナルアレンジで聴かせる角野隼斗。東大大学院でAI研究に勤しみながら、自身の演奏動画をアップするYouTube チャンネル(Cateen / Hayato Sumino名義)では、フォロワー数8.5万人を誇るピアニストだ。
角野のチャンネルの人気コンテンツのひとつに「Piano Live」がある。文字通り90分ほどのライヴ配信で、リアルタイムに寄せられるコメントのリクエストを受けながら、角野がその場で即興的に演奏を紡ぎ出していく。
2019年10月19日土曜の夜、角野はこのYouTube「Piano Live」をeplus LIVING ROOM CAFE&DININGで行った。会場のステージには大きなスクリーンとグランドピアノ。スクリーンにはYouTubeの生配信に寄せられるコメントが次々と映し出されるという仕組み。は発売間も無く完売。あのライブを「生演奏」で聴けるとあって、ファンの注目度が高かったようだ。
当日は1stセットが19:00〜19:30、2ndセットが20:15~21:00という2ステージ。YouTube配信がなされたのは2ndセットのみで、1stセットは来場者だけが楽しめるスペシャルなひと時。オープニングに映画『ラ・ラ・ランド』のナンバーを柔らかに奏でた角野は、リラックスした声で次のように語った。
「この『Piano Live』は、これまで僕が自宅のリビングから生配信してきたものですが、今夜はそのまま、ここeplus LIVING ROOM CAFE&DININGで行います。この会場のコンセプトは、アーティストが自分のリビングルームに友達を招いてコンサートを行うというもの。僕が自宅から配信しているライブのコンセプトそのものなんですね。YouTubeライブの良さは、堅苦しくなく、気楽に楽しめるというところ。この会場は、それをそのまま持って来られる場所だと思い、今夜の開催に至りました。今夜はここにいる皆さん、そして画面越しの皆さんと一緒に、楽しみたいと思います」
秋らしいジャジーなムードで「赤とんぼ」のアレンジに続き、取り上げたのはショパン。
「クラシックは生演奏でしか伝えきれないものが、他のジャンルよりも強いと感じています。ショパンの音楽は今でこそ大きなホールでも演奏されますが、当時はちょうど今夜の会場のような小さな空間、サロンと言われた場所で育まれた文化の音楽です」
ワルツ第6番「小犬のワルツ」と、ノクターン第20番嬰ハ短調(遺作)という、明暗のコントラストが効いた小品をチョイス。ワルツはユーモラスでオシャレに。ノクターンはしっとりと美しく。その音色に、会場の集中度がぐっと高まった。
後半はクラシックとジャズの語法を併せ持つニコライ・カプースチンの8つの演奏会エチュードより「間奏曲」、そして角野ならではのアレンジも加わった「The Tom and Jerry Show」という、テクニカルで明るさいっぱいの演奏で、会場の温度を一気に高めた。
2ndセットはいよいよYouTube視聴者とのインタラクティヴなコミュニケーションで展開された。
「あらかじめ何も決めていません。みなさん、どんどんコメント欄にリクエストしてください」
1stセットではジャケットにネクタイという姿だった角野だが、落ち感のある瀟洒なシャツに着替えての登場。おもむろに弾き始めた「First Love」〜「You raise me up」の響きは優しく、会場の誰もが耳をそばだてる。冒頭からYouTubeのアクセス数は1000人を超えていた。
2ndセットは衣裳も変えてガラッと違う雰囲気に 撮影=飯田有抄
撮影=飯田有抄
次々とYouTubeに寄せられるリクエスト曲と感動や喜びのコメント。それらに反応しながら、角野はピアソラの「リベルタンゴ」、リストの「メフィスト・ワルツ」、そしてドビュッシーの「月の光」、ベートーヴェンの「月光」ソナタ、そして「Fly Me to the Moon」という月シリーズへとつなげていく。その自然なつながり、さりげない移調、ジャズ風の小粋なアレンジ、饒舌な装飾に、息を飲む。よく知るメロディーが、こんなにも新鮮な響きで、こんなにも意外な組み合わせで届けられるなんて!
音楽そのもの、演奏そのものには、まるで不自然なところや破綻がない。弾き姿をよく見ると、角野は時折画面上のコメント欄を読みながら弾いている!「頭の中どうなっちゃってるの?」 そう思わざるをえない(笑)。同じような感想が、やはりコメント欄にも書き込まれている。視聴者の声は次々と寄せられ、ほとんど止まることがない。時折、一気に大量に押し寄せる。
このライヴ感は独特だ! 会場の集中力と熱量のみならず、ネットを通じて(すでに)1300人を超えた人たちと、この驚きと楽しさを共有できているという、独特の高揚感と喜び。この一体感は今までに味わったことのないもので、得も言われぬ興奮を掻き立てるものだった。
ところでYouTubeの映像上ではシックで暗めのステージに見えるが、実際には会場は繊細な輝きの照明が美しく、その落ち着きのある光の中で、次々と紡ぎ出される角野の音楽に身を預けることができたのも、この日の「Piano Live」を特別なものにしていた。
続く「ジブリ・メドレー」では「人生のメリーゴーランド」「ナウシカ・レクイエム」「君をのせて」などの名曲が叙情的につなげられた。
盛り上がる会場の熱気に応え、「今僕もめっちゃ楽しいです。なぜかはわからないけれど、即興は人がいると変わっていきます。本番でしか出ないアドレナリンというか、これまでのYouTubeの配信では出ていなかった“何か”が出ている気がします」と話す角野。自身も初の空気感を味わっているようだ。
次のセットは「亡き王女のためのパヴァーヌ」「ラ・カンパネラ」のようなクラシックの名曲から、Queenの「Don’t Stop Me Now」などを経て、なぜか自然に「アンパンマンのマーチ」(同時にきらきら星)、そして「明日がある」へと落ち着いてゆくというメドレーへ(ここに列記しきれないほど、たくさんの楽曲のモチーフが散りばめられていたはず)。
「まったく脈絡のないメドレーになってしまいました」と笑う。会場の盛大な手拍子と共に、画面の向こうには、1600人を超えた視聴者がコメントを送り続けている。
演奏はさらに熱気を帯び、音数を増し、切れ味のいいリズムで推進していく。最後のセットがガーシュウィンの「ラプソディー・イン・ブルー」で壮大に締めくくられると、客席からは割れんばかりの拍手が巻き起こった。
さらにはアンコールとして、「ルパン三世」と「名探偵コナン」のナンバーを織り交ぜた、キレッキレのメドレーを聴かせた角野。1時間10分を超えた2ndセットを、ここまでノリよく弾き続けられるのは、角野の柔軟な音楽脳と、無駄な力が一切抜けきった身体があってのことだろう。どの瞬間も決して“曲芸的”なパフォーマンスに陥ることなく、音楽的な充足感に満ちた演奏だった。
生演奏の迫力と、インタラクティヴな盛り上がり、そしてその場で生み出される瑞々しい響き。角野のPiano Liveの魅力と可能性は、これからもさらに深まり、広がりゆくことだろう。
取材・文=飯田有抄 撮影=安西美樹
公演情報
リリース情報
炎のたからもの(short ver.) 島本須美『sings ジブリ リニューアル ピアノ バージョン』より 編曲・Piano:Cateen(角野隼斗)