主演・小栗旬が語る、シェイクスピアの“問題劇”『ジョン王』 親交が深い吉田鋼太郎、横田栄司とのクロストーク模様も
(左から)横田栄司、小栗旬、吉田鋼太郎
1988年に蜷川幸雄がスタートさせた、シェイクスピア全戯曲37作品を上演する彩の国シェイクスピア・シリーズ。蜷川の志を継いでシリーズ2代目芸術監督となった吉田鋼太郎が2017年に再開させたこのシリーズ、その第36弾となる作品は『ジョン王』だ。主役となる私生児のフィリップ・ザ・バスタードを演じるのは、今シリーズへの参加が4作品目となる小栗旬。チラシやポスター等のビジュアル撮影が行われているスタジオにて、作品についてや、吉田や共演の横田栄司への想いなど、現在の小栗の心境を撮影の合間に語ってもらった。
ーー彩の国シェイクスピア・シリーズは、小栗さんにとっても思い入れの深い現場なのではないかと思います。今回『ジョン王』への出演の話を聞いて、まずどう思われましたか。
ずいぶん前に鋼太郎さんからお話をもらって、「そこに呼んでくれるんだ、ありがたいなぁ」と、まずは思いました。彩の国さいたま芸術劇場の舞台に立つのは、たぶん2009年の『ムサシ』以来じゃないかと思うので、本当に久しぶりなんです。だから無事に返り咲けるのかどうか、当時の筋肉を呼び戻すことができるのかどうかが、今はまだちょっとだけ不安で(笑)。でも自分の中では渇望している環境ではあるので、とにかくめいっぱい楽しみたいなと思っています。
ーー吉田鋼太郎さんの演出を、初めて受けることに関してはいかがですか。
鋼太郎さんの稽古場は何度か見学させてもらっているので、どういう演出をするのかは既に知っているつもりですが、でも過去に僕が見てきたものは、鋼太郎さんが主宰する劇団AUNのものだったり、小劇場でやっているものだったから、それが大きい劇場になるとどうなるんだろう……。とはいえ演出に関しては、シェイクスピアについて深く取り組んできた人という意味では、鋼太郎さんはかなりの人だと思うので。実際、『アテネのタイモン』(2017年)の稽古場に行ってみた時も、役者に対するアドバイスが本当に的確でした。役者の気持ちに寄り添いながら芝居を組み立ててくれる、とても優れている演出家さんだと思うので、僕も全幅の信頼を置いています。ご一緒出来るのが、本当に楽しみです。
小栗旬
ーー『ジョン王』という、この作品にどんなイメージを抱いていますか。特に今回は主人公がジョン王ではなくフィリップ・ザ・バスタードという私生児であることについては、いかがですか。
まだ今は上演台本が手元にないのですが、これまでにいろいろな方が訳した脚本はあるので、それを読む限りでは「面白くない話だな」と思いました(笑)。
ーー“一番面白くないシェイクスピア”、なんて言われることもある作品だそうですね。
そうなんですよ。やっぱり、蜷川さんが手をつけずに残してあった作品というのは結局、比較的面白くないシェイクスピア作品ばかりだから、鋼太郎さんはすごく大変な仕事をしているんですよね(笑)。でもその作品を、鋼太郎さんと自分たちとでどういう風に面白くして、現代の人たちが楽しんで観られるものにするかが今回のテーマでもあると思っています。自分は今回そのバスタードという役を演じるんですが、過去に上演した時のこの『ジョン王』の話を聞いてみると、この作品はその時その時、演出家によって主人公に立てる人物が違うみたいなんです。それで今回、鋼太郎さんがチョイスしたのはバスタードを主人公にする構成で、そこに自分を立たせてくれるわけなので。バスタードのキャラクターとしてはとてもシニカル、皮肉屋な印象があるので、そういう面を楽しみながら作っていけたらと思います。
ーー舞台に立つのは、少し久しぶりになりますね。
そうですね。最近は派手な演劇が続いていたので、このタイミングでまたシェイクスピアに戻れるというのは僕自身もうれしいです。しかも自分が今、一番受けてみたい演出家、吉田鋼太郎の演出が受けられるんですから。演劇ってどこか筋肉みたいなところがあって、その筋肉が最近、徐々に衰えてきている気がしていて。だから今回はぜひ、“吉田再生工場”で再生してもらおうかと思っているんです(笑)。10年以上、いわゆる古典作品から離れていたので、鋼太郎さんや藤原竜也たちがやっている舞台を観に行くたびに、自分だけが立ち止まってしまっているような感覚があったんですね。みんなはどんどん筋肉を鍛えているのに自分だけ置いてきぼりで、もしかしたら退化しているかもと不安でたまらなかった。でもようやく、再びそこに戻れそうなので急ピッチで筋トレをしなければと思っています(笑)。
小栗旬
ーーこれまでのシェイクスピア・シリーズに出られた中で、特に大変だったもの、印象に残っているものは。
毎回、大変でしたよ。僕の場合、シェイクスピア・シリーズにおいてはずっと蜷川さんから怒られ続けでしたから。とにかくいろいろな部分で足りない人間が主演に立っているという状態だったので、当時はそれを足りている風に見せる作業をしていたということです(笑)。今、振り返ってみてもやはり、作品に対する読み解きの足りなさみたいなものを自分でも痛感しますし。当時は20代前半だったので、どうしても人生経験においても理解できないものもきっといっぱいあったんですけどね。今、この年齢になっても理解しきれていないことがまだある中、それでもあの頃よりは噛み砕けるんじゃないか、緩急つけるようなことも昔よりはできるようになっているんじゃないかとは思うんです。またシェイクスピアは、非常に言葉のパワーが強いので、その言葉を持続させてお客さんに聴かせるということができるのは、僕らの世代では今のところ藤原竜也しかいないと思うんですよ、僕は。その点に関しても、どこまで自分ができるようになっているか、ということですね。『アテネのタイモン』を観た時も、「ものすごく難しい話をやるんだな」という印象が最初はあったんだけど、それを鋼太郎さんはエンターテインメントとして昇華させていましたから。それもあって僕は勝手に、ただ鋼太郎さんについていけば大丈夫だと思っているので、今回はぜひ一緒に楽しみたいなと自分でも期待しています。
このあと小栗、吉田、横田のスリーショットの撮影が行われ、その直後に引き続き鼎談が行われた。ふだんから交友のある3人。息の合ったクロストークが展開した。
ーー『ジョン王』という作品を、この配役で、それもジョン王でなく私生児バスタードを主人公にする構成でと考えられた吉田さんに、まずはその狙いをお聞かせいただけますか。
吉田:シェイクスピアの劇って、ジャンル分けされるじゃないですか。悲劇、喜劇、歴史劇、そして無理やりな感じはあるけど、問題劇、という風に。『ジョン王』と『ハムレット』が時々、その問題劇というジャンルに入れられることがあるんです。それだけ、ちょっと変わった芝居ではあるんですよね。起承転結がしっかりしているかといえばそうでもなく、それぞれの人物が深く掘り下げられて描かれているかといえば、そうでもない。わりとご都合主義も満載でね。でもそれが、蜷川さんが遺されていった作品というか、つまり蜷川さんがやるのがめんどくせーと思って残していったものだというか……。
一同:(笑)。
(左から)横田栄司、小栗旬、吉田鋼太郎
吉田:その残った5本が、『アテネのタイモン』、『ヘンリー五世』、『ヘンリー八世』、『ジョン王』、『終わりよければすべてよし』で、『ジョン王』はその中のひとつであるわけなんですけどね。ちょっと、寓話的にも読み取れるんですよ。要するに、敵対するイギリスとフランスの間に私生児がいて。もちろんイギリス側なんだけれども、自分の主君も平気で批判するし、あるいはフランス側を褒めたりもする。二つの権力に対して、彼はある意味とても批判的な目を持っているんです。でも皮肉なことに彼は、正統な血筋ではなく私生児であって。つまり、何も関与していない人間こそが冷静な批評眼を持てるのではないか。そういったことが、この作品には書いてある気がするんです。ただ、それをどうダイナミックに見せていくか……今の時点では、まだ具体的なことは語れないんですけど(笑)。だけど、歴史イコール、必ず誰かしら英雄がいて、その人間がすべてを動かしてきたわけでは決してないぞ、ということ。その裏には、根底には、もちろん庶民がいて、その彼らの意見もあって。そのへんのところも混在している芝居として描ければ、より面白くなるのではないかと思いますね。また、この私生児というのが、非常にパワーがあるキャラクターなんです。肉体的にも精神的にも。だからこそイギリスとフランスの間を行ったり来たりしながら、そして戦いながら批評をし、何かを守りながら誰かを殺していく。本当にものすごくパワーがある役です。僕も一度、演じたことがあるんですけど、やっぱり大変でした。薄っぺらくは絶対にならない、いわゆる批評だけするやつ、いわゆる紙切れの上で芝居がダメだとか語っちゃう評論家みたいなやつではない(笑)。必ず自分の肉体で渦中に飛び込んで行くパワーを持つ人間なので、その点、最近海外で肉体的にも精神的にも鍛えられている小栗くんはピッタリだと思います。まあ、今回は蜷川組ではないのかもしれないけど、一応、僕が継承させていただいているとして、その蜷川組に小栗くんが久しぶりに参加するというのも、僕がずっと望んでいたことでもあるのでね。なんせ、小栗くんはある時から蜷川さんとちょっとケンカしちゃっていたから(笑)。
小栗:ハハハ、本当にね。
吉田:本当はずっと一緒にやりたかったんだけど、でもこうして久しぶりに小栗くんが蜷川組に帰ってきてくれるというのは、僕としてもものすごくうれしいです。そして横田くんは、僕が最も信頼する俳優ですからね。シェイクスピアに関しては特に、横田くんがいればもう僕は安心して演出ができますから。『ジョン王』は、タイトルロールらしいタイトルロールではないけど(笑)。でもそこを、横田くんならではの演技力でどういう風にこのジョン王という役を構築してくれるのかは、いかにも面白そうじゃないですか? そういう狙いもあって、この顔合わせにしました。
小栗:僕としては、鋼太郎さんが言ったようにこの現場は今も蜷川組だと思っているので、約11年ぶりに帰ってこられたことが、まずはうれしくて。
吉田:11年ぶりか。長かったな。
小栗:長かったですねえ(笑)。
吉田:蜷川さんが亡くなる前に、ちゃんと仲直りはしていたんだよね。それで『ハムレット』をやろうなーなんて話になっていたので、小栗くんもきっと残念だったと思いますけど。
吉田鋼太郎
小栗:ねえ。それをやれたかやれていないかで、またちょっと僕の演劇人生は変わっていたかもしれない。でもそれが、こういう形でまた戻って来られるというのは非常に感慨深いです。ただ、ジョン王って、あまりにも行ったり来たりする役だよね。
横田:そう、そうなんだよ。
小栗:私生児も行ったり来たりはするけど、それはある種の正論を持ってだから。だけど、ジョン王は周りに振り回され過ぎだよ。
横田:まあ、ひどいね。ダメな王様だよ。そういう小さい男を、スケール大きく演じてみたいです。スケールの大きい、小さい男というか(笑)。
小栗:それを演じさせたら、右に出るものはいないみたいな?
横田:ハハハ、そうそう。もちろん僕も、この作品に呼んでいただけたのはうれしく思っています。しかも旬と一緒にできるのは、『タイタス・アンドロニカス』(2006年)ぶりのシェイクスピアになるのでね。シェイクスピア以外の芝居では、その後も共演してはいますけど。一緒にストラットフォード、プリマスにも行ったよね。鋼太郎さんを筆頭に僕らもまだ若くて、賑やかにワーワーと楽しい旅だった。
小栗:若かったですね。あの時の横田さんは、今の僕より若いんだもんなあ。
小栗旬
横田:そんなことも思い出しながら。もちろん蜷川さんの遺志も、鋼太郎さんを通してそれを引き継ぎながら。これは本当に大げさじゃなくて、僕はこのシリーズに出ることが一番の喜びだし、ライフワークだと思っているんです。だから命がけで精一杯、スケール大きく、中身の小さいジョン王を目指して演じたいですね(笑)。さっき鋼太郎さんもチラッとおっしゃっていたけど、こういうマイナーなシェイクスピアのお芝居こそ、鋼太郎さんのシェイクスピアに対する造詣や理解度が発揮されると思うんです。『アテネのタイモン』とか『ヘンリー五世』をご覧になったお客様なら、きっともうお分かりだと思いますけど。今回も同様に「こんなに面白いものだったの!?」ってことになるはず、です。僕はそう信じているし、お客さんもそれを信じて劇場に足を運んでもらいたいなと思います。
ーー今回、この3人で共演できることに関してのご感想としてはいかがですか。
小栗:僕はものすごくうれしいですよ、とにかくずっと一緒に作品づくりをやりたかったので。鋼太郎さん、横田さん、竜也は意外といろいろなところで一緒にやっていたから、その舞台を観に行くたびに「僕はもうあそこに入ることはできないのか……」と思って過ごしてきましたからね。
横田:観終わると必ず、やさぐれてる感じだったもんな。僕たちの楽屋でも「アイツ、羨ましがっているんじゃないか?」って言ってたくらい。
ーーそんな噂になっていたんですか?(笑)
小栗:アハハハ。まさにそうですよ(笑)。その間も、いろいろなタイミングで一緒にお酒を飲ませてもらったり、時間を過ごさせてもらっていましたけど。僕って、なんだかいろいろなところで演劇論をかわしている人みたいによく言われるけど、他ではあまり演劇の話はしていないんです。でもこの人たちと一緒にいる時は必ず、演劇の話になるんですよ。それはやっぱりすごく有意義な時間で。先輩たちが通ってきた道で、自分では想像できないようなことをいろいろ話してくれるから、自分もそれを体験したくなる。ここは、それが体験できる場所であり、そのことに関してああでもないこうでもないと言える場所、純粋にそういう話ができる場所なんです。
(左から)横田栄司、小栗旬、吉田鋼太郎
吉田:今、こうしているだけで……言いたくないんだけど、僕もものすごくうれしい(笑)。
一同:(笑)。
横田:僕ももちろん楽しみですけど、一抹の恐怖もある(笑)。どこまで、がんばらなきゃいけないんだろう、とね。なんたってお二人は大スターですから、みなさんがご存知の通り。そこに勇気と知恵と工夫で、立ち向かっていく気分です。
ーー先ほど小栗さんは吉田さんの稽古場を見学に行ったとおっしゃっていましたが、実際に何度も経験されている横田さんから見た、吉田演出の面白さはどういったところに感じられていますか。
横田:蜷川さんの、演出の手法ではなくてソウルというか魂みたいなものがやっぱり似ていらっしゃる気がします。すごいものを作りながら、同時に人を導いたり若い人を教育したりという、二つのことを鋼太郎さんはされていると思うんです。それを見ているだけで、こちらにも学びがあって。また、とにかく言葉のチョイスが面白いんです(笑)。稽古中も、必ず爆笑させてくれますね。
横田栄司
ーーじゃ、笑いがある稽古場なんですね。
横田:はい。なるほど、こうやって育てたら若い人は育つな、って思うこともたくさんあります。もちろん作品の解釈に関しても、役の深め方も勉強になるし、俳優として本当にありがたいです。蜷川さんは蜷川さんで素晴らしかったですけど、鋼太郎さんは当代随一の一流の俳優として、自分だったらこう演じるということをつまびらかに教えてくれる。それは同業者としてもなかなか味わえる体験ではないので、毎回得した気分になります。
小栗:稽古と本番と合わせても、たかだか3カ月くらいの期間だけど、その間だけは鋼太郎さんの脳みその中を覗けるチャンスですからね。それをどれだけ吸い尽くせるか。
吉田:ハハハ。
ーー吸うんですね(笑)。
小栗:はい(笑)。それをいかに自分のものにできるかが、自分の課題のひとつです。
吉田:演出がどう解釈を説明しようと、どんな演技指導をしようと、できない人はできないですからね。でも、演出がある程度説明したことを、ここにいる二人は100倍、200倍、いや1000倍にしてくれる俳優なので。それは演出家としては、大変ありがたいというかうれしいというか。特にシェイクスピアで言うと、言葉の壁がどうしてもあるし、ある意味テレビドラマとかに比べたら、それこそ1000倍くらいの量のセリフがあって、それを一言も逃さずにすべてお客さんに届けなければいけない。それがまず第一段階の作業で。そこに、その人の個性と、その人の生きてきた人生も載せなければいけない。つまり、その人にしかしゃべれないセリフを言わなきゃいけない。舞台って、本当にやらなきゃいけないことが山積みなんです。でも、この二人はそれができるということが最初からわかっているわけだから、こんなにありがたいことは演出家としてはないんです。僕が指導していると横田くんは言っていましたけど、それをすぐそばで俳優という立場で体現してくれるのがこの二人でもあるので、共演者の若手の人たちはその姿を見て、真似して、学んでいくことになるんだと思います。そう考えると逆に僕ではなく、この二人にも稽古場でしっかりがんばってもらいたいと思いますね(笑)。
(左から)横田栄司、小栗旬、吉田鋼太郎
取材・文=田中里津子 撮影=福岡諒祠
公演情報
『ジョン王』
小栗旬 横田栄司
中村京蔵 玉置玲央 白石隼也 植本純米
間宮啓行 廣田高志 塚本幸男 飯田邦博 二反田雅澄 菊田大輔 水口てつ 鈴木彰紀* 竪山
隼太* 堀 源起* 阿部丈二 山本直寛 續木淳平* 大西達之介 坂口舜 佐田 照/心瑛(Wキャス
ト)
吉田鋼太郎
翻訳:松岡和子
演出:吉田鋼太郎(彩の国シェイクスピア・シリーズ芸術監督)
企画:彩の国さいたま芸術劇場シェイクスピア企画委員会
日程:
会場:彩の国さいたま芸術劇場 大ホール
一般 S席 10,000円、A席 8,000円、B席 6,000円
SAF メンバーズ S席 9,300円、A席 7,400円、B席 5,500円
U-25(B 席対象)2,000円(劇場のみ取り扱い)
※U-25 は公演時、25歳以下の方が対象です。入場時に身分証明書をご提示ください。
<名古屋公演>
日程:
会場:御園座
主催:御園座
<大阪公演>
日程:
会場:梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ
主催:梅田芸術劇場
公式サイト:https://www.umegei.com/schedule/884/
ホリプロステージ: https://horipro-stage.jp/stage/kingjohn2019/
作品公式Twitter:https://twitter.com/Shakespeare_sss