特別展『江戸ものづくり列伝-ニッポンの美は職人の技と心に宿る-』鑑賞レポート 世界に誇る日本の美術工芸品が江戸博に集結!

2020.2.19
レポート
アート

会場エントランス

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日本の伝統美術を築き上げ、支えてきた職人たち。その中から、江戸東京を代表する特色のある名工たちを取り上げて、「ものづくり」の力の源泉を見つめる特別展『江戸ものづくり列伝-ニッポンの美は職人の技と心に宿る-』(会期:〜2020年4月5日)が、江戸東京博物館にて開催中だ。

紺糸素懸威五枚胴具足 天保15年(1844) 江戸東京博物館蔵

本展は、江戸を代表する蒔絵師の原羊遊斎と柴田是真、鬼才の陶工・三浦乾也、葛飾北斎の晩年の弟子で、絵師から金工師に転じた府川一則、ミニチュア工芸を極めた小林礫斎らの特色のある名工たちを柱に、江戸で活躍した職人たちの仕事や人生に焦点をあてたもの。さらに、イタリアのベニス東洋美術館が所蔵する「バルディコレクション」が日本初来日。刀剣類や染織など、ヨーロッパ屈指の日本コレクション全35件が公開されている。

展覧会オリジナルグッズ

職人たちの超絶技巧が生み出した数々の工芸品が集う会場より、本展の見どころを紹介しよう。

サムライ文化に憧れたバルディ伯爵の日本コレクションが初公開!

バルディコレクションは、ヨーロッパ貴族のバルディ伯爵が、世界一周旅行をした際に日本を訪れ、収集した日本の文物によって築かれた。コレクションは伯爵没後にイタリア政府の所有となり、現在はベニス東洋美術館に所蔵されている。

右:バルディ伯爵肖像(袴姿) 明治22年(1889) ベニス東洋美術館蔵 左奥:バルディ伯爵肖像(甲冑姿) 明治22年(1889) ベニス東洋美術館蔵 

明治22年(1889)に来日したバルディ伯爵は、日本の美術工芸品を1万点以上買い求めて、自国に持ち帰ったと言われている。当時の日本国内では、西洋人好みの装飾的な輸出工芸品を作っていたが、バルディ伯爵は、そうした外国向けの明治工芸には目を向けず、江戸時代の大名の調度品や、サムライ文化を代表する刀剣に刀装具、鐔(つば)などを大量に買っていったという。

梨子地藤巴立葵紋散松竹藤文蒔絵行器 江戸時代 18世紀 ベニス東洋美術館蔵

朱漆塗鼠嫁入蒔絵組盃(浮船/作) 江戸時代 19世紀 ベニス東洋美術館蔵

バルディコレクションの性質から、「彼自身、サムライ文化に憧れをもっていたのではないか」と、担当学芸員の田中裕二氏。第1章では、バルディ伯爵が収集した作品の中から、選りすぐりの工芸品をたっぷりと堪能したい。

徳川将軍家の婚礼道具に、刀工・虎徹が手がけた貴重な薙刀

第2章では、徳川将軍家が住む都市・江戸の生活基盤を支えた大工たちと、将軍や大名の家具や調度品を作る、幕府の御用職人たちが手がけた作品を、江戸東京博物館のコレクションを中心に展示する。

冒頭で紹介されている《大工雛形》は、役人や職人など、工事にたずさわる人たちの間で共有された建築技術書の代表格。

手前:『大工雛形』 享保2年(1717) 江戸東京博物館蔵

徳川将軍家の御用蒔絵師として活躍した幸阿弥長重(こうあみちょうじゅう)による《綾杉地獅子牡丹蒔絵十種香箱(あやすぎじししぼたんまきえ じゅっしゅこうばこ)》は、江戸時代の婚礼道具。本作は、3代将軍徳川家光の時代のもので、国宝「初音(はつね)の調度」と同じ時期に製作された。牡丹や唐獅子、葵紋などが描かれた華麗な装飾が際立っている。

綾杉地獅子牡丹蒔絵十種香箱(幸阿弥長重/作) 慶安2年(1649) 江戸東京博物館蔵

《薙刀 銘 長曽祢興里入道乕徹(なぎなた めい ながそねおきさとにゅうどうこてつ)》は、甲冑師から刀工に転身し、「虎徹」の名で知られる長曽祢興里(ながそねおきさと)による作。

薙刀 銘 長曽祢興里入道乕徹 江戸時代 17世紀 江戸東京博物館蔵

江戸時代の刀剣について、担当学芸員の杉山哲司氏は「刃文(はもん)を独特にして個性を出し、観賞用に楽しむような贈答品として好まれた刀が多く作られたのに対して、虎徹の刀は地鉄(じがね)を鍛え、ひたすら切れ味を追求した」と語る。虎徹が手がけた薙刀は2口しか確認されておらず、本作は貴重な作例とのこと。

社交的な原羊遊斎と、江戸っ子気質の柴田是真 対照的な二人の作品を見比べる

第3章では江戸を代表する蒔絵師、原羊遊斎(はらようゆうさい)と柴田是真(しばたぜしん)を取り上げる。

蔓梅擬目白蒔絵軸盆(原羊遊斎/蒔絵、酒井抱一/下絵) 文政4年(1821) 江戸東京博物館蔵  展示期間2月8日~3月8日 国指定重要文化財

原羊遊斎は、酒井抱一や大田南畝、市川團十郎といった一流の文化人と交流し、そのネットワークを活かして名声を得たという。江戸琳派の創始者である酒井抱一とコラボレーションした作品《蔓梅擬目白蒔絵軸盆(つるうめもどきめじろまきえじくぼん)》では、抱一が下絵を描き、羊遊斎が蒔絵をほどこしている。

下絵 蔓梅擬目白蒔絵軸盆 酒井抱一 文政4年(1821) 江戸東京博物館蔵

「羊遊斎とは対照的に、とても真面目で江戸っ子気質の職人だった」と、担当学芸員の落合則子氏が語る柴田是真は、漆という素材の可能性をとことん追求した人物。漆を油絵具のように用いて紙の上に絵を描く「漆絵(うるしえ)」や、漆を使って高価な材料に見せかける「変塗(かわりぬり)」を開発し、トリックアートのような作品を生み出した。

隅田川流域で生まれた、知られざるやきものの世界

江戸時代から明治時代にかけて、隅田川流域では、川が運ぶ陶土と水運の利便性を活かした瓦や日用雑器の生産がおこなわれていた。第4章では、知られざる隅田川のやきものに光をあてると共に、江戸の陶工・三浦乾也(みうらけんや)の足跡をたどる。

隅田川窯場図屏風(酒井抱一/画) 江戸時代 18世紀 江戸東京博物館蔵 展示期間2月8日~3月8日

酒井抱一が描いた《隅田川窯場図屏風》の風景の中には、瓦焼きの様子が描かれている。

抱一の友人にあたる茶人の西村藐庵(みゃくあん)から、陶工・尾形乾山の伝書を授けられた三浦乾也は、乾山風のやきものを手がけた。《栄螺形香炉(さざえがたこうろ)》は、サザエの質感を本物そっくりに表現した乾也の作品。

栄螺形香炉(三浦乾也/作) 明治時代 19世紀 個人蔵

ほかにも、第3章で取り上げた蒔絵師の柴田是真との合作や、ペリーの黒船来航を機に海防に目覚めた乾也が、建造術を学び、洋式軍艦「開成丸」の造船に成功したエピソードを物語る資料など、ユニークな経歴を持つ作家の生涯が紹介される。

また、本章で見られる「今戸焼」の存在にも注目したい。「今戸人形」と呼ばれる、浅草郊外の今戸で作られた土人形は、素朴で愛らしい表情に癒される。

今戸人形(金沢春吉/作) 大正~昭和時代 20世紀 江戸東京博物館蔵

今戸焼は、関東大震災や都市整備を機に廃れてしまったが、現在でも職人の血筋を受け継いだ作家によって、その伝統が守り伝えられている。本展の物販コーナーでは、今戸焼の作品が展示販売されているので、あわせて立ち寄りたい。

伝統技術を守り抜いた府川家と、最後の江戸職人・小林礫斎

12歳で76歳の北斎に入門し、絵師として活動していた府川一則(ふかわかずのり)は、北斎の死後、金工師に転じて、将軍家の刀装具や江戸幕府最後の銭貨となった文久永宝(ぶんきゅうえいほう)の母銭の彫刻などをおこなった。明治維新を迎えて廃刀令が発布されると、息子が二代、三代と名前を継ぎ、皇室からの注文を受けて、記念品や金工品などを製作した。

文久永宝母銭 (府川一則(初代)/作) 文久2年(1862) 江戸東京博物館蔵

第5章では、時代に合わせて作風を変えながらも、江戸の伝統技術を東京に引き継いだ府川家三代の作品に焦点をあてる。本章では、初代府川一則の求めに応じて、北斎が描いた絵手本《山水図巻》や、『北斎漫画』から着想を得たと考えられる、府川一則(二代)が製作した鐔などが展示される。

山水図巻(葛飾北斎/画) 江戸時代 19世紀 島根県立美術館蔵 展示期間2月8日~3月8日

第6章には、大正時代から昭和にかけて活動した江戸職人、小林礫斎(こばやしれきさい)のミニチュア工芸が集う。自身の作品を「繊工(せんこう)美術」と名付けた礫斎の作品は、「小さいものが大好きな日本人の特徴を体現したような作品が多い」と、杉山氏。

六瓢提物(小林礫斎/作) 大正~昭和時代 20世紀 江戸東京博物館蔵 

「無病息災」に語呂合わせした《六瓢提物(むびょうさげもの)》は、大きな瓢たんが3センチ、小さな瓢たんが3ミリの繊細な作品。精巧さを極めた、職人の超絶技巧が生んだ小さな名品の数々は、目をこらして拝見したい。

象牙小箪笥 小林礫斎 大正〜昭和時代 20世紀 江戸東京博物館蔵

なお、本展の音声ガイドをつとめるのは、2月11日に6代目神田伯山を襲名したばかりの神田松之丞。ぜひ、展覧会とあわせて楽しんでほしい。『江戸ものづくり列伝-ニッポンの美は職人の技と心に宿る-』は、2020年4月5日まで。

イベント情報

特別展『江戸ものづくり列伝-ニッポンの美は職人の技と心に宿る-』
 
会期:2020年2月8日(土)~4月5日(日) ※会期中に一部展示品の入れ替えがあります。
休館日:毎週月曜日、2月25日(火) ※ただし2月24日は開館
会場:江戸東京博物館 1階 特別展示室
開館時間:9:30~17:30(土曜日は19:30まで) ※入館は閉館の30分前まで
 
【当日券】
一般 1,100円 / 専門・大学生 880円 / 小・中・高校生、65歳以上 550円
 
【特別展・常設展共通券】
一般 1,360円 / 専門・大学生 1,090円 / 中学生(都外)・高校生・65歳以上 680円 / 小学生・中学生(都内) なし
※小学生と都内在住・在学の中学生は、常設展示室観覧料が無料のため、共通券はありません。
※未就学児童、身体障害者手帳・愛の手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳・被爆者健康手帳をお持ちの方と、その付き添いの方(2名まで)無料
※シルバーデー(2月19日、3月18日)は、65歳以上の方は特別展観覧料が無料です。年齢を証明できるものをご提示ください
※今後の諸事情により、開館日、開館時間等について変更する場合がございますので、展覧会公式サイトにてご確認ください。
https://www.edo-tokyo-museum.or.jp
お問い合わせ:03-3626-9974(代表)