山西竜矢の演劇ユニット、ピンク・リバティが第六回公演『下らざるをえない坂』を上演
2020年5月27日(水)~31日(日)浅草九劇において、ピンク・リバティ 第六回公演『下らざるをえない坂』の上演が決定した。
2016年3月、劇団子供鉅人の番外企画として旗揚げされたピンク・リバティは、山西竜矢が脚本・演出をつとめる演劇ユニット。生々しい日常の風景を出発点に、現実と非現実が静かに混ざり合っていくストーリーテリングが特徴で、人間が元来抱える行き場のない寂しさを、ユーモアを交えながら多面的に描き、空しくも美しい情景として昇華する劇作はどの作品にも通底している。
旗揚げ翌年の6月には、さびれた地方都市を舞台とした群像劇『人魚の足』を上演し、旗揚げから1年半で動員700人を突破、第四回公演『夕焼かれる』からは単独の演劇ユニットとして独立し、本公演以外にも多数の外部イベント出演など、活動の場を広げている。
本公演は、山西の新作書下ろし長編作品で、「現在の妻との冷え切った関係に悩む男が、出会った頃の妻と瓜二つの女に出会う」この奇妙な出来事を発端に、男女関係の奥底にある人間の醜さと美しさの両面を描いていく。繊細でリアリスティックな描写と幻想的なイメージがないまぜとなった、ピンク・リバティらしい大人のための空しいラブストーリーといえるだろう。
【山西竜矢コメント】
とにかく、ラブストーリーをやりたいと思いました。
恋愛の陰陽の両方を描き出す、ロマンチックでグロテスクなラブストーリーです。
恋人やパートナーの存在は、男女問わず、おおよその人にとって重要なものでしょう。
かくいう僕も、今までの作品の中で、最前面に押し出してはいなくとも、男女関係を作品の軸となる位置に据えてきました。不毛な会話。惰性のセックス。さみしい恋人たちのやるせない姿を、僕は好んで扱っています。
が、過去作品を振り返ると、それ以外の要素を大きく打ち出し、ある種のオブラートで包んでいる気がするのです。自分にとって大きな執着がそこにあるのは明らかだからこそ、直接触れるのが恐ろしく、正面からそのテーマに向き合うことを無意識に避けていたのかもしれません。
本作の主人公・古川広は、坂の上に佇む家に妻と暮らし、その冷え切った関係に悩んでいます。そしてある夜、出会った頃の妻にそっくりな女と坂のふもとで出会い、その日を境に現在の妻と過去の妻の間を行き来するようになります。
これだけでも分かる通り、きっとこの物語の中で、美しい愛の嘘は描かれません。描かれるのは、卑下することも、美化することもできない、ちょうど中途半端なところにある「本当」だけです。
さまざまがきれいに装飾され、加工され、修正され、醜さに蓋をする今の時代だからこそ、そんな物語をやりたいのです。そこから逃げそうになる自分に「良くないで」と言いながら、裸を見せて笑ってもらいたいのです。
そうやって生まれたこの作品が、誰かの救いになれば、こんなに嬉しいことはありません。
坂のふもとには、あの頃の彼女がいた──
都内郊外で暮らす男・古川広と妻・紀子の関係は冷めきっていた。
ある夜、悪夢にうなされ目を覚ました広は、気を紛らわせるため散歩に出かける。
家からエスカレーターのように伸びる長い坂を下った広は、そのふもとにぽつんと佇むカーブミラーの下で、若い裸足の女に出会う。切れかけた街灯で途切れ途切れに照らされる女の笑顔は、広が恋をした、出会って間もない頃の紀子に瓜二つだった──
ピンク・リバティ新作公演は、一本の長い坂を背景に描かれる、奇妙な二重生活に溺れていく愚かな男の、空しいラブストーリー。
公演情報
葉丸あすか(柿喰う客)、土屋翔(劇団かもめんたる)、半田美樹、大島萌、武田知久(文学座)、
奈良原大泰、稲川悟史、斎藤友香莉、元松あかね、山西竜矢(ピンク・リバティ/子供鉅人)