【見どころ解説】ハンブルク・バレエ団が期間限定で無料配信! 巨匠ジョン・ノイマイヤー振付5作品
ハンブルク・バレエ団ホームページより
ドイツの名門ハンブルク・バレエ団が4月9日(木)より公式ホームページにて、同団芸術監督で振付家のジョン・ノイマイヤーによる5つのバレエ作品映像の無料配信をスタートしている。
配信されるのは『Saint Matthew Passion(マタイ受難曲)』、『Lady of the Camellias(椿姫)』、『Death in Venice(ヴェニスに死す)』、『Beethoven Project(ベートーヴェン・プロジェクト)』、『Illusions – like Swan Lake(幻想~「白鳥の湖」のように)』(配信順)。同団公式ホームページ上のビデオ・オン・デマンドページ(https://www.hamburgballett.de/en/news/video_on_demand.php)にて見ることができる。
各作品2回の配信があり、1回の配信につき48時間限定で公開。1回目の配信後、9日後に2回目の配信が行われる(『マタイ受難曲』1回目の配信はすでに終了)。配信にあたりノイマイヤーは公式ホームページ上で「私たちのバレエ映像の配信で、この世界的危機が終わることへの希望や期待感が生まれますように」とメッセージを寄せている。
■バレエ史の生ける伝説
ハンブルク・バレエ団はドイツのハンブルク州立で、ノイマイヤーの名声と共に世界的なバレエ団として認知されている。ノイマイヤーは1973年以降47年にわたりカンパニーを率い、傘下のハンブルク・バレエスクール(1978年~)、ジュニア・カンパニーであるナショナル・ユース・バレエ(2011年~)も含め強大なバレエ王国を築いた。
ノイマイヤーは1939年、アメリカのウィスコンシン州ミルウォーキーに生まれた。同地のマーケット大学で学び、イギリスのロイヤル・バレエスクール他でバレエに打ち込む。シュツットガルト・バレエ団で踊ったのち、フランクフルト・バレエ芸術監督を経て、ハンブルク・バレエ団芸術監督になる。シュツットガルト時代に『オネーギン』で知られるジョン・クランコのもとで振付を勉強し、フランクフルトで『ロミオとジュリエット』(1971年)などを創作して注目された。その後はハンブルク・バレエ団を中心にバレエ史に残る名作を生んでいる。
An Interview with John Neumeier | PART 1
■独自の哲学に満ちた、豊かで深い世界
ノイマイヤーはバレエに現代的な感性や演劇的手法を自在に取り入れ重層的世界を立ち上げる。作風は多彩で、『ロミオとジュリエット』や『人魚姫』(2005年)といったドラマティック・バレエ、『眠れる森の美女』(1978年)、『シルヴィア』(1997年)などの古典名作に独自の解釈を加えたもの、『マーラー交響曲第3番』(1975年)にはじまる大曲に挑んだ作品群、稀代の名ダンサーに焦点を当てた『ニジンスキー』(2000年)など幅広い。日本では東京バレエ団が『月に寄せる七つの俳句』(1989年)、『時節の色』(2000年)を委嘱している。
ノイマイヤー作品は知性的かつ情熱を湛え、常に新たな発見があるので見飽きることがない。巨匠一流の舞踊哲学により構築された世界を観れば観るほど深みに引きずり込まれる。ノイマイヤーは2015年、長年の業績に対し第31回京都賞思想・芸術部門を授与された。近年も創作意欲は衰えず、名花アリーナ・コジョカルを招いた『リリオムー回転木馬』(2011年)、歴史的な女優バレリーナであるアレッサンドラ・フェリ主演の『ドゥーゼ』(2015年)などを連打。手兵と共に現代バレエの豊かな可能性を開拓し続ける稀有な存在だ。
Nijinsky - Ballet by John Neumeier
ハンブルク・バレエ団の初来日は1986年。以後1989年、1994年、1997年、2005年、2009年、2016年、2018年に日本公演を行った。日本人では大植真太郎、服部有吉、大石裕香、有井舞耀らが活躍したが、昨年(2019年)、菅井円加が初めて最高位プリンシパルに昇格した。菅井は2012年のローザンヌ国際バレエコンクールで第1位となり、ナショナル・ユース・バレエを経て2014年にハンブルク・バレエ団に入団。強靭さとしなやかさを併せ持つ踊りが鮮烈で、2017年にノイマイヤーの『シンデレラ・ストーリー』(2002年)で全幕初主演を果たし、同年に新制作されたヌレエフ版『ドン・キホーテ』でも主役のキトリ役を踊り初日を飾るなど飛躍している。
Don Quixote - Ballet by Rudolf Nurejev after Marius Petipa
■巨星ノイマイヤーの凄味に浸る5作品
このたび配信される5作品はいずれもソフト化されているが、ハンブルク・バレエ団とノイマイヤーの芸術を知る上で重要な作品が並び壮観である。
1)『マタイ受難曲』(1981年初演)
『マタイ受難曲』(1981年初演)はJ.S.バッハの同題曲に振付された大作で、新約聖書に基づき祈りと高い精神性に満たされている。配信映像(2005年収録)ではキリスト役をノイマイヤー自身が演じている。ちなみに1986年の初来日時、被爆地である広島の公演で『マタイ受難曲』が上演され、ノイマイヤーがキリスト役を務めたことは語り草だ。
Matthäus-Passion - Ballett von John Neumeier
2)『椿姫』(1978年初演)
『椿姫』(1978年初演)はノイマイヤー作品のなかで最も著名だろう。19世紀のパリを舞台にマルグリットとアルマンの悲恋を描いた本作は世界各地の有力バレエ団のレパートリーに入っている。デュマ・フィスの原作に基づくが、音楽はヴェルディのオペラではなくショパンの音楽を用いた。全3幕それぞれに見せ場となるパ・ド・ドゥが配され、登場人物の心情が切実に胸に響く。物語バレエの最高峰を1987年に収録された“本家”の名舞台(マルシア・ハイデ&イヴァン・リスカ主演)でご堪能あれ。
Die Kameliendame - Pas de deux - Ballett von John Neumeier
3)『ヴェニスに死す』(2003年初演)
『ヴェニスに死す』(2003年初演)はトーマス・マンの小説を基にしている。マンの小説の「絶対的な愛の描写」に惹かれたノイマイヤーは、音楽にJ.S.バッハとワーグナーを用い、主人公を原作の小説家から振付家へと変えた。ルキノ・ヴィスコンティ監督の映画(1971年)ではマーラーの音楽を用い、主人公はマーラーを思わせる作曲家である。文学好きも、映画ファンもノイマイヤーのバレエが描く新たな『ヴェニスに死す』にご注目を(2004年収録)。
Death in Venice - A Dance of Death by John Neumeier
4)『ベートーヴェン・プロジェクト』(2018年初演)
『ベートーヴェン・プロジェクト』(2018年初演)は近作。今年2020年に生誕250年を迎えた楽聖ベートーヴェンの「エロイカ変奏曲」などにのせて、ノイマイヤーはストーリーにとらわれず自由にステップを生み出していく。前述した同団日本人ダンサー有井、菅井も初演キャストとしてクリエーションに参加している。巨匠の現在を確認できるという意味でチェックしておきたい(2019年収録)。なお2021年春に予定されているハンブルク・バレエ団日本公演において、本作が3月28日(日)、ロームシアター京都で上演される。
Beethoven-Projekt - Ballett von John Neumeier
5)『幻想~「白鳥の湖」のように』(1976年初演)
『幻想~「白鳥の湖」のように』(1976年初演)はクラシック・バレエの代名詞『白鳥の湖』を新たに解釈。王子をバイエルン王で“狂王”とも呼ばれたルートヴィヒ2世とした。オペラでは設定や時代背景を変えた「読み替え演出」は少なくないが、古典バレエの新解釈版の先駆として長年根強い人気を誇る舞台なので、ぜひ押さえておきたい(2001年収録)。
Illusionen – wie Schwanensee / Ballett von John Neumeier
ノイマイヤーは伝えてくれる。バレエはおとぎ話や見世物ではなく、深い哲学性を帯びた芸術であることを。オンラインで気軽に触れる機会を喜びつつ劇場で体感できる日を待ちたい。
文=高橋森彦
配信情報
※掲載日時は現地時間。日本時間はすべて同日23:30。
※いずれの回も48時間限定公開。
【作品】『Saint Matthew Passion(マタイ受難曲)』
【作品】『Lady of the Camellias(椿姫)』
【作品】『Death in Venice(ヴェニスに死す)』
【作品】『Beethoven Project(ベートーヴェン・プロジェクト)』
【作品】『Illusions – like Swan Lake(幻想~「白鳥の湖」のように)』