田村孝裕が手掛ける二組のふたり芝居『タンスのゆくえ』(中村まこと&藤間爽子/山口森広&町田マリー)、オンラインではカメラワークにも注目
ふたり芝居『タンスのゆくえ』(左から)藤間爽子・中村まこと・山口森広・町田マリー
“オンライン型演劇場”として時勢に合わせて新たなスタートを切ったことでも話題となっている、浅草九劇。そのこけら落とし公演のシリーズ第4弾となるのが、田村孝裕作・演出のふたり芝居『タンスのゆくえ』だ。しかも今回のふたり芝居が一筋縄でいかないのは、中村まこと×藤間爽子、山口森広×町田マリーというまったく異なる個性を持つ実力派の二組のキャストが、まったく同じ台本に取り組むという風変わりかつ実験的な連続上演スタイルとなること。2020年6月24日(水)の初日開幕を前に行われた、本番さながらのゲネプロの模様に加え、その終演後に行われた囲み会見の様子をレポートする。
中村まこと、藤間爽子
山口森広、町田マリー
ステージ中央にあるのは、ちょっと小ぶりのタンスが一棹。それ以外には段ボール箱がいくつかあるだけの部屋。ここで3年ほど同棲していたカップルが新居(賃貸ではなく分譲!)への引っ越しを前にして、どうやらさしたる理由もなく突然別れることになり、このタンスをどちらの所有にするかでモメている。男(ナオユキ)はほとんどの物を女にあげるんだから、このタンスだけは自分が持っていってもいいだろうと言い、女(ミホ)はそれだけ全部くれるんだからタンスだってくれてもいいじゃない、と譲らない。その平凡なタンスにどんな謎が隠されているかはともかくとして、おそらく問題なのは男がかなり“鈍感”だということ。女がジリジリしながらある“言葉”を待っていることが、だんだん観客には伝わってくるのに男はそのことに全然気づかない。間もなく引っ越し業者がアパートの部屋にやってきてしまうこともあって、ふたりの喧嘩腰の会話はさらにヒートアップしていく……。
田村が約10年前に書いたという、30分強のふたり芝居。この同じ脚本を二組で上演するというアイデアは田村の発案だそうで、カップルの会話の行方にはスリリングな展開も含まれているのだが、息の合ったスピーディーなやりとりにより、腐れ縁とも言えそうなふたりのほのぼのとした柔らかい空気も同時に生まれ出てくる。
ゲネプロではまず、中村&藤間ペアが登場。トボけた味の中村と天真爛漫に感情を表現する藤間という年の差カップルが醸し出す、そのジリジリ具合をたっぷり楽しんだあと、短い休憩時間をはさんですぐに山口&町田ペアにバトンタッチ。同じ舞台装置(わずかな小道具と、セリフにも出てくるTシャツの印象がまるで違う。ちなみに山口が着ているのは町田の演劇ユニットのもの、町田が着ているのは山口が所属する劇団のもので、これは劇場やオンラインで販売もするのだとか)であるし、同じセリフが繰り返されていくわけだが、これがほぼ同世代カップルが交わす会話になると驚くほどに雰囲気が変わる。
それぞれの個性や年齢によってセリフのニュアンスが違って聞こえてきたり、リアクションがまったく違ったり。同じ作品を別の役者で……という企画はこれまでにもあったが、こうして直後に連続して観るという機会はあまりない試みで、とても新鮮な経験となった。4名のキャストの魅力をこういう形で見比べながらじっくり味わえるのも、実に面白い観劇体験だと言える。
ゲネプロではこの順番で上演したが、日によって入れ替わる場合もあり、さらに最終日はなんとジャンケン(劇中でもジャンケンはちょっとしたポイントになってくる)で上演順を決める予定だ。
また今回、劇場内に設置されたカメラは合計8台。思ってもみない場所にあったりもするので、配信の映像が果たしてどういうスイッチングになるのか、その点も非常に楽しみだ。
二組のゲネプロを終えると、劇場のロビーにて作・演出の田村、中村&藤間、山口&町田の5名による囲み会見が行われた。各自の主なコメントは以下の通り。
田村孝裕(作・演出)
演劇にはいろいろな面白さがあって、たとえば再演であれば役者が変わるだけでお芝居って結構違ってくるもので。だけど役者さんにとっては、この企画はイヤだったろうなと思います(笑)。うちの事務所の企画から始まったことなので、同じ事務所の爽子ちゃんと山口はいいとしても、まことさんも町田さんも本当によく出てくださったなと感謝しています。
実際、役者をある意味比べることになってしまうかもしれないのですが、その違いを楽しむことも面白みに繋がるのではという、これは提案なんです。二組それぞれで演出的な部分では多少いじっているところもありますけど、中味の解釈に関してはどちらにも基本的に同じことを僕は伝えていて。それなのに、ここまで変化があることの妙が楽しいですよね。シンプルに役者さんの魅力が、より伝わる作品になればいいなと思います。
やっぱり配信というスタイルも、これからの演劇の中ではスタンダードな流れになっていくだろうと僕自身は捉えていて。そもそも、お客さん自身が視点を決めてどこを見ていてもいいというのが演劇の良さだと思うんですが、それがカメラを通すとどうしても限定されてしまう。そういう意味では今回は二組でそれぞれ、ちょっとニュアンスを変えたカメラワークを僕なりに考えてみたんです。たとえば、一方は男性目線で一方は女性目線みたいな場面になったりするかもしれませんし、客席からでは絶対に見られない角度の視点でのお芝居を入れてみたりもしています。そうやってオンライン配信のカメラワークでもいろいろ挑戦をしているので、楽しんでみていただきたいです。
中村まこと
僕もほかの大勢の役者さんたちと同じく、やるはずだった舞台がスコーンとなくなってしまい、舞台に飢えていたんです。お芝居の仕方を忘れちゃうかも、と心配になってきたタイミングでお声がけいただいたので「やるやるやる、やります!」って即答しちゃいました(笑)。だけどこの時期、徐々に舞台も再開しつつありますけど、ほとんどがリーディング形式なんですよ。それがこの作品は普通にちゃんとお芝居なので、改めて大胆な企画だなと思いますね。
上演時間の短いコンパクトなお芝居ではありますが、いろいろな旨味がギュッて入っている、美味しいミックスジュースみたいな作品になっています。田村さんがおっしゃったように配信でもチャレンジをしているようなのでぜひ観ていただきたいし、もし劇場に来られる方にはお芝居を観るだけではなく、終演後にはその街を歩いたり、気に入った店で飲んだり食べたりすることも合わせて、僕は観劇の楽しみ、醍醐味だと思っていて。その点でも浅草は非常にいいところなので、それも含めて観劇を楽しんでもらえたらなと思っています。
藤間爽子
ふだんなら2週間くらいは公演期間がある中で、日々気づくものがあったりするんですが、それが今回は3日間だけなので確かに短いし、少ないなとは思います。でも、その中で精一杯楽しんでやれたらなと思っています。
それにしても、まことさんと私の組は、すごい年の差ですよね(笑)。今回のキャストはちょうど、20代、30代、40代、50代という風に、みなさん年齢が違うので、結婚に対するイメージだったり、彼氏、彼女に求めるものはたぶん大きく違ってきそう。そういうところも、このお芝居を楽しめるポイントになるんじゃないかなと思いました。だけどやっぱりこういう風に同じ脚本をふたつのチームに分けて上演するなんて、観ている側はどういう風に受け取めてくださるのか、とても気になります。劇場に来てくださった方は配信されるんだから声を出して笑っちゃいけないんじゃないかなんて考えずに、大きな声でたくさん笑っていただきたいですし、配信をご覧になった方もどんどん思ったことをSNSに書いていただくなりして、ぜひともたくさん反応してほしいなと思っています。
山口森広
僕もこの自粛期間内で公演が3本全部飛んでしまい、気持ちが落ち込む日々だったんですが6月に早くもこうして舞台に立てるなんて。劇場に入って、照明があり、舞台セットがあるのを見た時には感動してしまいました。しかも今回は、有難いことに少人数ながらもお客様に劇場内に入っていただけることになったことも本当にうれしい。ソーシャルディスタンスで離れて座っていただくし、ましてやカメラもあちこちにあるわけなのでお客様も緊張されるかもしれないですが、このお芝居の空気感を一緒に作れたらいいなと思っています。こういう実験的な形なので、2回目の組になるとお客さんはもう内容がわかっているわけで。そのプレッシャーったら、とんでもないです。でも違いの面白さというものがあると信じて、自分の役をマリーさんと一緒に全うしたいと思っています。
またオンラインの良さを改めて感じたのは、僕は和歌山や富山にいとこがいるんですが、もし地方公演があっても劇団公演(ONEOR8)ではなかなか行く機会がなくて。それが今回のオンライン配信では、そういうふだんは自分たちの芝居を観ていただく機会がない方々、何なら世界中の人にも観ていただけるんですから。それはやっぱり面白い試みだなと思いますね。
町田マリー
私も出るはずの舞台が中止になって、自分のユニット(パショナリーアパショナーリア)のほうでZoomで配信する芝居をやってはいたものの画面越しではなかなかうまく伝わらなかったりして、どうもストレスがたまっていて。そんなこともあってこのお話をいただいた時は「やりたい!」ってすぐにお答えしました。これって、コロナ禍が起きたからこそ生まれた企画じゃないですか。そういう場で田村さんとも山口さんとも私は初めてご一緒させていただけて。このご縁というのがまずうれしかったですし、なにしろ稽古場で人に直接会えるということが本当に楽しかったです。
今回の舞台はカメラがいっぱいありますから、田村さんは映画監督になったみたいな感じになるのかな、私たちも映画の長回しをやっているような感覚になるのかな、と思ったりもしています。あと私、配信の舞台をさせていただいた時に「なんか違う、何かが足りない!」って思ったんですが、試しに部屋の電気を暗くしたら「これだ!」って思えたんです。ですから配信でご覧になる方は、できれば部屋を暗くしてみていただけるとより集中できるかもしれません。ちょっと劇場の雰囲気に近づけて、開演時間になったら席について。そうやって楽しんでいただけたらなと思いますね。
取材・文=田中里津子
公演情報/配信情報
■出演:中村まこと&藤間爽子ver. 山口森広&町田マリーver. (※1公演で両ver.上演いたします)
■公演日:2020年6月24日(水)、25日(木)、26日(金)各日19:30開演(※開場は開演30分前)
■場所:浅草九劇
■料金:劇場観劇:3,000円(税込)/オンライン配信:2,000円(税込)
■申込:下記公式サイト参照
■公式サイト:https://asakusa-kokono.com/
■あらすじ:引っ越しの荷物が散らばっているアパートの一室。この部屋で男と女は3年間一緒に暮らしていたが、今日限りで同棲を解消するようだ。それぞれに引っ越すようで、荷物の仕分けもすんでいる・・・ようだが、たったひとつ何の変哲もない箪笥を巡って、結論が出ない。まもなく運送屋もやってくるのに、お互いに何故相手がそんなに箪笥にこだわるのか探ろうとする……。
※本公演は、劇場に若干名のお客様を入れます。