歌舞伎俳優 中村吉右衛門が名作義太夫狂言を新たな構成で オンライン特別公演『須磨浦』配信直前レポート

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2020.8.28
配信特別公演『須磨浦』より  撮影:鍋島徳恭

配信特別公演『須磨浦』より  撮影:鍋島徳恭

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歌舞伎俳優・中村吉右衛門が、配信特別公演『須磨浦(すまのうら)』を上演する。本作はパソコンやスマートフォンで視聴するオンライン配信となり、開始は2020年8月29日(土)午前11時。は9月1日(火)20時まで購入でき、視聴期限は9月1日(火)23時までの予定だ。本番を前に、リハーサルの現場を取材した。

本公演はイープラスのサービス「Streaming+」で配信されます。サービスの利用がはじめてで、不安な方は、まずこちら(https://eplus.jp/sf/guide/streamingplus-userguide)の後半にある、テスト用動画「動作チェック」をご確認ください。音・映像ともに問題なく再生されるようであれば、視聴環境に問題はありません。

 

■吉右衛門が新たな構成で演じる熊谷直実

『須磨浦』は、松貫四(まつかんし/吉右衛門の筆名)が、養父である初代吉右衛門と縁の深い義太夫狂言『一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)』を、今回の配信特別公演のために新たな構成で書き下ろした新作だ。出演する俳優は、当代吉右衛門ただひとり。能楽堂の舞台で竹本連中、囃子連中とともに、これまでにないスタイルの『一谷嫩軍記』を創り出す。

中村吉右衛門   撮影:鍋島徳恭

中村吉右衛門   撮影:鍋島徳恭

■義太夫狂言の名作『一谷嫩軍記』とは?

『一谷嫩軍記』は、1751年に人形浄瑠璃の作品として生まれ、翌年、歌舞伎として初演された。「平家物語」の世界を脚色した全三段の物語は、史実に虚構を織りまぜた展開でドラマ性に富む。忠義のためにわが子を犠牲にする心は、今の時代だとピンとこないテーマかもしれない。しかし時代、時代の名優たちが役で体現し、観る者の心に強く訴えかけ、無常感を共有し、現代に至るまで受け継がれてきた。

今作『須磨浦』は、初段「堀川の御所」と二段目「組討」を凝縮した内容だ。三段目「熊谷陣屋」で明らかになる、直実の悲哀と苦悩に、より深く寄り添えるきっかけとなるだろう。吉右衛門は、初代、そして当代の当たり役である熊谷直実を勤める。

配信特別公演『須磨浦』上演台本 撮影:塚田史香

配信特別公演『須磨浦』上演台本 撮影:塚田史香


配信特別公演『須磨浦』リハーサル模様より 撮影:塚田史香

配信特別公演『須磨浦』リハーサル模様より 撮影:塚田史香

時代は源平の合戦のころ。堀川御所で熊谷直実は、後白河法皇のご落胤である平家の若き公達・平敦盛を助けるようにと、義経からの制札をもって密命を帯びる。しかし平家が滅亡へと向かう一ノ谷の合戦、須磨の浜辺で、直実が捕らえた武将こそ、敦盛だった。直実は、わが子と年の変わらない敦盛を組み伏し、首を討つのだが……。

■観世能楽堂×吉右衛門を知る目線

リハーサルは、本番と同じGINZA SIX地下3階の観世能楽堂で行われた。能楽堂では静謐な空気の中、関係者が打ち合わせする声が時折聞こえた。総檜造りの舞台は、本番どおりに調整された照明に、格式高くも温かく照らし出されていた。

見渡すと、場内には5台のカメラが設置されていた。客席前方や中央からの撮影は、無観客上演ならではの贅沢なアングルではないだろうか。撮影監督・編集をつとめるのは、フォトグラファーとして吉右衛門を長年撮影してきた鍋島徳恭氏だ。「二代目 中村吉右衛門 写真展」(2018年/ミキモト銀座4丁目本店)で見せた人間らしさと格調の高さを兼ね備えた世界観と、特別配信ならではの映像に期待が高まる。

配信特別公演『須磨浦』リハーサル模様より 撮影:塚田史香

配信特別公演『須磨浦』リハーサル模様より 撮影:塚田史香

※一部、演出に関するネタバレを含みます。ご注意ください。

■特別公演ならではのミニマム

出演者、音声、カメラの準備が整い、リハーサルが始まった。五色の幕より、竹本連中、囃子連中が静かに本舞台へ着座する。歌舞伎座であれば、定式幕が開き芝居がはじまるが、ここでは幕の代わりに笛の音が、一瞬で空気を変えた。重ねて鼓が打たれると、一音また一音と響くごとに、一歩ずつ、より深い世界へと引き込まれるようだった。

配信特別公演『須磨浦』リハーサル模様より 撮影:塚田史香

配信特別公演『須磨浦』リハーサル模様より 撮影:塚田史香

まもなく橋掛かりに、熊谷次郎直実が姿をみせた。吉右衛門だ。素顔に袴姿の吉右衛門の台詞と、竹本の語りにより、物語が展開していく。第一場では、直実が義経より制札を賜る。第二場では、須磨の浦の浜辺で、直実と平敦盛が対峙する。

■無観客が生み出すリアリズムと重厚さ

無観客だからこそ際立つのは、衣擦れの音、足音、扇子を納める音など。通常の公演で感じたことのない、生々しさを演出していた。また、刀や制札は、小道具ではなく扇子で見立てていた。役者、演奏、衣裳など、舞台を作る要素を最小限に厳選している。そこに生まれた余白を埋めるのが、吉右衛門の至芸にかき立てられるイマジネーションだ。吉右衛門は、直実という一人の人物だけでなく、直実をとりまく景色まで、重厚に立ちあげた。

配信特別公演『須磨浦』より 撮影:鍋島徳恭

配信特別公演『須磨浦』より 撮影:鍋島徳恭

敦盛との一騎打ち、組み伏せてからの表情、張り上げる声、響き渡る勝どきの後に訪れる静寂、祈りにも似た台詞……凝縮された内容に、リハーサル終了後は、今見たものすべてが、京間3間(6m弱)四方の舞台と橋掛かりで繰り広げられていたことを信じられない思いだった。

オンライン配信においては、さらにクローズアップした表情なども映し出されるはず。できることなら、ヘッドホンやイヤホンで視聴してほしい。そして視聴後は、余韻に浸る時間を設けておくことをお勧めする。歌舞伎俳優、中村吉右衛門の一挙手一投足、まばたきひとつに至るまで、すべてが見どころとなるだろう。

配信特別公演『須磨浦』より 撮影:鍋島徳恭

配信特別公演『須磨浦』より 撮影:鍋島徳恭

■再始動に向けた配信特別公演

吉右衛門は、9月1日(火)開幕の『九月大歌舞伎』で、第三部『双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき)』に出演する。観客を前にした公演は、1月の歌舞伎座『壽 初春大歌舞伎』以来(無観客上演では『三月大歌舞伎』以来)となる。

配信特別公演に向けて吉右衛門は、「戦災、天災、コロナ禍など、時の運命の流転により無念に亡くなる命はいつの世も尽きません。その命を思い、決して忘れないために、『一谷嫩軍記』の熊谷次郎と一子小次郎の物語に重ね、吉右衛門が松貫四の筆名で『須磨浦』を書き下ろし、吉右衛門自ら、熊谷次郎直実を演じます」とコメントした。

今だからこそ実現した、中村吉右衛門の配信特別公演『須磨浦』は、8月29日(土)から9月1日(火)までの公開。

配信特別公演『須磨浦』リハーサル模様より 撮影:塚田史香

配信特別公演『須磨浦』リハーサル模様より 撮影:塚田史香


中村吉右衛門配信特別公演『須磨浦』予告

公演情報

中村吉右衛門 配信特別公演『須磨浦(すまのうら)​』
 
配信日程・時間:2020年8月29日(土)11:00~配信 30分程度を予定
配信場所:イープラス「Streaming+」
※有料配信は、9月1日(火)20:00まで発売しています。
※配信開始後、ライブ配信終了後にを購入いただいた方も9月1日(火)23:00までアーカイブ配信をご視聴いただけます。
出演:熊谷次郎直実 中村吉右衛門
 
料金:3,500円(税込)
 
公式サイト:https://www.kabuki-bito.jp/news/6300/
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