上演延期も芝居は続く−タカハ劇団『美談殺人』稽古場レポート 平均寿命が50歳まで低下、死に様に“美談”求めるディストピア描く
左から田中結夏、柿丸美智恵、町田水城
緊急事態宣言の発出が不可避となった2021年年明け、1月13日より東京・下北沢駅前劇場にて第17回公演『美談殺人』を上演予定だったタカハ劇団が公演延期を発表した。中止ではなく延期。その決断には「この作品を立ち消えにはさせない」という主宰・高羽彩の強い想いがある。予定通りの上演は叶わなくなってしまったが、劇場でこの作品に出会える日を心待ちにしながら、昨年末の稽古場の様子を今後も続いていく創作の一つの過程として伝えたい。
独自の視点で社会や時代を切り取った物語と、そこで生きる人間の心の機微をすくいあげたリリカルな演出が印象的なタカハ劇団。今作の舞台は、平均寿命の低下に伴い死生観も様変わりした近未来の日本。花形職業としてもてはやされていたのは、人の死に様を”美談”に仕立てる作家業だった。決められた物語によって進行される人生の幕引き、その裏で世を揺るがす新たな美談が生まれようとしていたーー。
出演者には、主宰で脚本・演出を手がける高羽彩のほか、町田水城(はえぎわ)、柿丸美智恵、福本伸一(ラッパ屋)の個性豊かな面々が布陣を固める。また、舞台手話通訳として田中結夏(TA-net)も全公演を通して出演を予定。劇場公演に向けた想いと劇団としての新たな挑戦についてもレポートする。
『美談殺人』稽古場より 左から田中結夏、福本伸一、高羽彩、柿丸美智恵、町田水城
大御所作家と貧乏作家の出会いが生み出す、世にも恐ろしい美談
稽古に入る前に、小道具の位置や分量などの調整に気が配られる。とりわけ紙類に関して、それは緻密に行われていた。大きさや多さ、縦に並べるのか、横に置くのか。物語が始まって程なくして、これらの細やかな演出の意義を感じることになる。
美談を仕立てる作家にとって必要な言葉、文字の集まり。それらをのせた新聞や雑誌や文庫本が舞台上の一角に散乱している。これらは捨てられたものなのか、拾われたものなのか。ここは街中か、それとも部屋なのか。一体、誰の何のための場所なのだろうか。
真実よりも物語、物語よりも物語性が求められる『美談殺人』というディストピアを一枚の絵にしたようなシンボリックな美術の中で稽古は始まった。物語の、いや事件と言っていいかもしれない。その発端となる出会いのシーンについてあらすじを絡めながら伝えたい。
左から柿丸美智恵、町田水城
様々な死のシナリオを紡いできた大御所美談作家・三好瞳子(柿丸美智恵)が出会ったのは、路上で美談を売る貧乏作家の宗輔(町田水城)だった。
「貴方みたいな才能を探していたの」
出会うはずのなかった二人の間に流れる微妙な空気とそこに入り混じる不協な共鳴。リアルなテンポと絶妙な間の掛け合いで、あっという間に会話の中へと引き摺り込まれていく。
「ちょっと貴方に頼みたい事があるんだけど」
多くの著名人の死に様もコーディネートする売れっ子が、実績ゼロの駆け出し作家へ向けて発した突然の依頼。その裏に、一体どんな事情と思惑があるのだろう。それとも、これは誰かに対する訴えの序章なのだろうか。何を考えているのか分からない不穏さをじわりじわりと感じさせる三好の姿に目を見張る。
柿丸美智恵
依頼の詳細を聞くために三好を連れて自分の住まいへと向かう宗輔。飄々と招き入れながらも、そこには同居人が他にもいるようで、彼には彼の事情ありという様子だ。短いセリフやさりげない所作から、その部屋のリアルな生活音や湿度、ひいては荒廃した世の様相までがひと目で伝わるようなシーンだった。
サスペンスフルでありながら、今の時代と地続きにあるようなリアリティをはらんだ世界。今という渦を生きる私たちは、これを見つめながら何を思うのだろうか。
町田水城(はえぎわ)
シーンは変わって、別の男女が向かい合わせになっている。
「どうすんの」「そういうのを言い訳と言うんだよ」
眉間に皺を寄せたスーツの男・竹田(福本伸一)に三好の書生である岡本(高羽彩)が頭を下げているシーンだ。依頼した仕事の遅れに焦れながら迫る男と師匠に代わって必死に謝罪と弁明を繰り返す女。立腹する男の様子から、相当な重要案件であることが伺える。
福本伸一(ラッパ屋)
シンプルだった上下関係は、会話の内容とともに少しずつ変容し、やがて緩やかな攻防戦へと変化していく。綿密な緩急を以てパワーバランスの舵を取る福本と、それに呼応して表情や声色を変える高羽。一筋縄ではいかない関係性がありありと体現されるのを見た一幕だった。
左から福本伸一、高羽彩
同シーンは、代役(都倉有加)を立てながら、会話の中で生まれる立ち回り、目線や所作に少しずつ変化を加えながら返された。
「話しながら椅子に座るとしたら、自然な感情の流れはどこでしょう」
「この目線だと立場が低い感じがして、力関係が不自然?」
「そこでぐっと近づいた方がいいかも、離れるときはじりじりと」
些細なリアクション1つ1つにいかに感情が左右され、シーンが印象付けられるのか。そんな演出の妙を痛感した場面だった。
左から アンダー(代役)を務める都倉有加と福本伸一
“ディストピア”と聞くと、暗く重たい作品をイメージする人も多いかもしれない。でも、そこはタカハ劇団。思わず吹き出してしまうような、ユーモラスなセリフや小気味よい展開ももちろん顕在だ。シリアスなシーンに仕掛けられた人間の可笑しみや軽妙な風刺。そんな実感のある笑いをいつだって欠かさないことも高羽作品の大きな魅力なのである。
観劇へのあらゆる壁を壊したい。劇団初となる舞台手話通訳付きの上演へ。
そして、今回このレポートでもどうしても触れておきたいのが、舞台手話通訳の存在だ。全公演でその役割を担いながら登場人物マルとしても出演するのは、現役手話通訳者であり俳優でもある田中結夏。
舞台手話通訳を担う田中結夏(TA-net)
話の流れやシーンの温度感がスムーズに伝わるように、手話をどこでどのように付けるのが良いのか。全てのシーンにおいて、高羽と田中が入念に話し合う姿が印象的だった。
手話通訳付きの上演をはじめ、バリアフリー字幕のタブレット貸し出しやバリアフリー対応専用窓口を設けるなど、観劇のアクセシビリティ向上への取り組みも今作における劇団の新たな挑戦だ。そこには、「こんな世の中だからこそ、ハンデの多寡にかかわらず楽しめる舞台になれば」という高羽の強い思いが込められている。
タカハ劇団の主宰で作・演出を手がける高羽彩
「寿命」という概念を失い、シナリオから逆算して設定される「余命」と「死期」。そんなフィクションによって人生の終末を迎える人々を前に私が感じたのは、”死”への恐ろしさよりも、今ここにある ノンフィクションの“生”とどう向き合うかということだった。そして、人生の価値や死生観を根底から問うストーリーを追いながら、今だってかつてから見ればディストピアになりうるのかもしれない、という手触りのある恐怖に包まれた。
人は美談に殺されるーー。
それは、言葉によって殺されるとも言い換えられるのではないだろうか。鋭く光るセリフたちに思わずひやりと背中が冷たくなる。目の前で立ち上がっていく風景は、覚めやらぬ熱となって観る者の胸の中に残る。劇場ではもっと恐ろしく生々しい景色を見ることになるかもしれない。でも、ひとつの揺るぎの渦中にいる今だからこそ、その結末が知りたい。美談に則って執り行われる死は殺人か否か。その言葉たちはどこまで世界を揺るがすのだろうか。ある種の覚悟と大きな予感を胸に、必ずくるだろう劇場での開幕を切に願う。
取材・文/丘田ミイ子 撮影/塚田史香
公演情報
■アンダー:都倉有加 演出助手:相田剛志
■制作協力: krei株式会社
■バリアフリサポート:NPO法人シアター・アクセシビリティ・ネットワーク(TA-net) Palabra株式会社
タカハ劇団: info@takaha-gekidan.net
人類の平均寿命は50歳まで低下していた。
人々は早すぎる死を恐れ、自分の存在意義を渇望し、死に様に「美談」を求めるようになった。
依頼人の要求に応じて美談を作る「美談作家」は、花形職業としてもてはやされ、売れっ子は巨万の富を築いた。
ある時、駆け出しの貧乏美談作家と、大御所美談作家が出会う。
大御所美談作家は貧乏美談作家に依頼する。
「私の為に、この世で一番下らない美談を作って下さらない?」
二人の出会いが、社会を揺るがす恐ろしい美談を生み出していく――。