熊谷和徳が語る『表現者たちーLiBERATiON』~タップダンスの第一人者が横浜赤レンガ倉庫1号館で新作を披露
熊谷和徳
ニューヨークを拠点に活動を続けてきたタップダンサー、熊谷和徳が2021年9月30日(木)~10月3日(日)横浜赤レンガ倉庫1号館3Fホールにて『表現者たちーLiBERATiON』を開催する。熊谷は、06年に米ダンスマガジン誌より「世界で観るべきダンサー25人」に選ばれ、16年にはNYにてBessie Awardを受賞。また19年版ニューズウィーク誌が発表した「世界が尊敬する日本人100人」に選出された。昨年のソロ公演『Inspire』に続く横浜赤レンガ倉庫1号館での公演は、日替わりのゲストとのコラボレーションとなる。熊谷に近況や公演への思いを聞いた。
■『Inspire』(2020年)を経て変わった、創作への意識
ーー昨年(2020年)11月、在住していたニューヨークから帰国し、横浜赤レンガ倉庫1号館3Fホールでソロ公演『Inspire』を行いました。アフリカ系アメリカ人の詩人マヤ・アンジェロウ(Maya Angelou)の詩「Life Doesn't Frighten Me」をモチーフに、コロナ禍での活動再開に賭ける思いが伝わる舞台でした。振り返っての印象をお聞かせください。
昨年はNYでのロックダウンから帰国して、2週間の隔離を経ての公演という通常とは全く違う精神状態でのパフォーマンスとなりました。その前は、5か月くらいタップの練習ができていなかったのでブランクもあり、今まで経験したことがないような状況でした。今振り返ると、未完成な部分も多々あったと思いますが、僕にとっては一歩を踏み出すことができた忘れられない公演となりました。もしあの時『Inspire』をやっていなかったら、タップを辞めていたかもしれません。そのくらい追い詰められた気持ちでしたが、ソロ公演で準備期間も長かったため、自分にとって改めてタップに向き合う貴重な時間になったのだと思います。そして、観に来てくれた人も、きっといつもとは違う感覚で時代を共有しているというか、同じ場所に一緒にいることの意味が大きかったと思います。あの公演での経験は、これからも忘れることはないと思いますし、タップと創作に対する意識が変わった気がします。
ーー『Inspire』の後、ニューヨークには戻らず日本にずっといらっしゃるのですよね?
NYの状況が読めない時間が長く、その間日本での活動に専念していました。地元の仙台で新たにKAZ TAP STUDIO SENDAIもオープンしました。今年1月には草刈民代さんが主宰した公演『INFINITY DANCING TRANSFORMATION』に出演し、3月には上原ひろみさんとブルーノート東京で5日間公演をしました。いずれも、できるかできないかの瀬戸際の状況下でやれた公演です。その間東京オリンピック開会式の出演も決まっていましたので、この半年以上は日々スタジオにこもって、タップの振付と音楽の制作を頑張っていました。
熊谷和徳
ーーこの1年ほどの間、芸術活動を行う身として考えることに何か変化はありましたか?
去年の夏頃はタップを全く踏めていなかった状況の中で、もしかしたらこの先タップを続けていくのは難しいのではないかと感じていて、全く違う人生を歩むことも考えていました。でも、『Inspire』のために帰国して、再びお客さんの前に立つことができたことで、やはり自分にはタップダンスを踊ることがひとつの使命なのではないかと考えました。そして、それは自分だけで決めることではありません。お客さんたちや自分を信じてくれるスタッフの方々がそこにいてくれる限りは、その人たちのためにもできる限りやりたいという気持ちが強くなりました。改めてタップダンスを踊る意味を自分の中で再確認しました。
それから仙台に帰って、一回生まれ変わったような気分になりました。新しくできたスタジオへ通う時、小学生時代の通学路と同じだったので、昔は当たり前に見ていた山や川を見ながら歩きました。15歳でタップを始めた時のような気持ちにまた戻っていたようでした。人生が一回りしたような感じで、そこからもう一度タップに向き合い練習していると、タップを踏むこと自体が楽しくなりました。このタイミングで仙台にスタジオができたのは、本当に偶然のことではあったのですが、踊れる場所があることにとても感謝する日々でした。
そして、スタジオでは音楽制作に専念していました。タップを踊っている時は、頭の中では様々な音が聞こえているのですが、リズムだけでなくコード感やメロディなども感情とともにより音楽的に表現できるようにドラムやピアノを弾いていました。実際、この半年の間にタップのリズムからオリンピックの開会式のワンシーンの音楽を2曲作曲したのですが、その創作のプロセスは大変ながらもとてもやりがいのある時間になりました。
■「内なる感情を開放し、外に広げていく」
ーー『表現者たちーLiBERATiON』を横浜赤レンガ倉庫1号館3Fホールで開催します。「表現者たち」は、もともと熊谷さんがご自身のスタジオでやられていた企画で、さまざまな分野のアーティストとのコラボレーションです。今回の公演の動機は?
オリンピックの開会式までは、その制作で本当にこの半年以上の間、いっぱいいっぱいでした。それが終わって一度真っ白になったような気持ちで、ここでもう一度原点に戻りつつも、次の新しい可能性の扉を開きたいという気持ちです。
実際、今のコロナ禍の状況では、なかなか人に会うこともできないので、誰もが自分の殻に閉じこもりがちになってしまうと思います。僕自身も何かオープンに人からもらうエネルギーを欲しているんですよね。そこで自分の創作の原点である「表現者たち」に戻りました。ただ、スタジオでやっていた「表現者たち」とは全く違う新しい作品になると思っています。新たに「LiBERATiON」というタイトルが付いて、今の自分と想いを共有する「表現者たち」と共に新しい創造ができたらと思っています。
ーー”LiBERATiON”すなわち解放というコンセプトの狙いをお話しください。
前回の『Inspire』は、自分自身の内面との対話だったと思いますが、今回の『表現者たち―Liberation』では、そこから自分の内面を外に解放していきたいという気持ちです。自分の中にある感情を外に広げていく。自分自身だけで完結するのではなく、今回は僕にとって必要な仲間たちとともに外側へとエネルギーを解放していくことで、観ている人たちの心も解放されるような時間になれば良いなと思っています。
ーー今回はOLAibi、平原慎太郎×辻本知彦、ハナレグミを日替わりで招きます。彼らとやろうと思われたのはどうしてですか?
OLAibi、ハナレグミの永積崇くんとは、もう長い付き合いなのですが、僕にとって今のこのタイミングに必要な仲間たちです。崇くんはシンガーソングライターですが、彼の歌は聴く人たちの心にすごく寄り添うんです。今までも何度も、野外フェスのような場で何千人という観客の心が彼の歌によって解放されていくような光景を見てきました。OLAibiも音楽家という枠にとどまらない自由なアーティストですが、普段は森の中に住んでいて、その暮らしに流れているエネルギーを空間に彩ることができるような方です。
ダンサーの平原くん、辻本くんは、今回の東京五輪開会式を一緒にくぐり抜けてきた戦友のような存在です。それぞれ今感じていることをより自由な空間で、思いっきり身体を通して表現して欲しいと思っていますし、同世代のダンサーとして、このような表現の場で、言葉ではない言語で思いっきり語り合いたいという気持ちです。
そして、最終日は、やはり自分とタップダンスと、これからの未来に向けての新しい表現の可能性を模索できたらと考えています。
毎日日替わりの4日間ですが、4つの詩を僕が書いて、それぞれのイメージでその一日を表現できたらと思っています。全公演が全く違う表情の舞台になっていくはずです。
熊谷和徳
■「自分のすべてを賭け、時間を共有したい」
ーー会場は『Inspire』に続き横浜赤レンガ倉庫1号館3Fホールです。横浜赤レンガ倉庫1号館は、若手ダンスアーティストの登竜門でもある国際ダンスフェスティバル「横浜ダンスコレクション」などが行われているコンテンポラリーダンスの聖地ですし、「横濱ジャズプロムナード」の会場にもなっている芸術文化の発信地です。今回そこで公演しますが、インスピレーションを受け、クリエーションに作用することはありますか?
赤レンガ倉庫もそうですが、横浜の空気には凄く自由な感じがあります。ニューヨークでは、タップも含めてストリートカルチャー、アート、いろいろな音楽が街から生まれました。街のノイズとかも全部がエネルギーになって生まれてきているのですが、そういう空気感を横浜にも感じます。毎回横浜にいると何かオープンでクリエイティブな気持ちになります。
今回はエンターテインメントというよりも、お客さんが来て何かを体感して自分も帰り道に足踏みしたり、もしかしたら絵を描きたいと思ったり、何かを表現したいという気持ちのインスピレーションを交感する場になりそうです。どんな人でも、どんな手段でも表現はできる。今は常にマスクをつけていて、喜怒哀楽を思ったように表すことができない空気がありますが、だからこそ、どんなことでも『表現する』ということが世の中にもっと必要な気がします。本来、生きている誰もが『表現者たち』であると思うんです。
アートには、負のエネルギーをプラスに変える力がある。そういうポジティブな力が、自分にとっても今はいつも以上に必要です。赤レンガ倉庫は、今自分がクリエイティブなことができる場所なので、この場所から人と人が繋がり何か未来へ向かっていける場所であって欲しいと願っています。
ーーあらためて『表現者たちーLiBERATiON』への意気込みをお願いします。
今の時代は、竜巻の中にいるような本当に誰にとっても大変な時だと思います。自分の人生もジェットコースターのように予測不能で、たどり着いた場所で精一杯今を生きています。この舞台も、自分が生きている今という瞬間のかけがえのない時間になるはずです。自分にとってタップを踊っている瞬間がすべての喜びです。そこに中途半端な気持ちはもう何もありません。自分の今のすべてを解放し、表現する『表現者たちーLiBERATiON』ですので、是非皆さんも一緒に心を解放しにいらしてください!
オンライン取材・文=高橋森彦
公演情報
2021年
9月30日(木)開場17:30/開演18:00 (ゲスト:OLAibi)
10月1日(金)開場17:30/開演18:00 (ゲスト:平原慎太郎×辻本知彦)
10月2日(土)開場15:30/開演16:00 (ゲスト:ハナレグミ)
10月3日(日)開場15:30/開演16:00 熊谷和徳ソロパフォーマンス
※未就学児入場不可
※入場は整理番号順に行います。混雑を避けるため開場時間前に整理番号順にお並びいただきます。詳細は販売ページにてご確認ください。
■お問い合わせ
キョードー東京 0570-550-799
1977年3月30日生まれ 宮城県出身
15歳でタップをはじめ19歳で渡米。06年には米ダンスマガジン誌より『世界で観るべきダンサー25人』、NYにて14年にはFlo-Bert Award,16年にはBessie Awardを受賞。また19年版 ニューズウィーク誌が発表した『世界が尊敬する日本人100人』にも選出される。NYと日本を2大拠点とし世界各地に活動の場を広げ、ダンスの分野に限らず音楽シーンにおいて上原ひろみ、日野皓正、Omar Sosa等と革命的セッションを提示。東京2020オリンピック開会式出演・作曲・振付。独自の唯一無二のアートは日々進化し、新たなタップダンスの未来を創造している。