緊急地震速報チャイムの生みの親・伊福部達博士が語る“ぼくの叔父さん”伊福部昭の音楽~『伊福部昭百年紀 Vol.8』開催記念インタビュー
緊急地震速報チャイムの生みの親・伊福部達氏
映画「ゴジラ」の作曲家として知られる作曲家の伊福部昭(いふくべ・あきら/1914-2006)。他にも映画「座頭市」や映画「大魔神」、交響曲、バレエ音楽など数々の創作で知られる。その業績をフルオーケストラで味わうコンサートとして開始され、今回8回目(2021年11月20日開催)となるのが「伊福部昭百年紀」である。コロナ禍での休止を経て、久々の開催であり、シリーズ初の「バレエ音楽」特集となる。伊福部昭が、映画音楽よりも前から手掛け、熱意を注いでいたバレエ音楽の特集は大きな注目を集めている。
コンサート開催を記念して、伊福部昭の甥っ子であり、日本の福祉工学の第一人者でもある伊福部達(いふくべ・とおる)教授に、叔父・伊福部昭の音楽の魅力について訊いた。(訊き手:小林淳、西耕一。2021年10月13日)
【動画】伊福部昭百年紀Vol.8 PV
■好きな伊福部昭作品は《サロメ》《リトミカ》《ラウダ》など
──今回の伊福部昭百年紀でも演奏する藤岡幸夫さん指揮の《サロメ》のCDを謹呈させてください。
ありがとう。《サロメ》は大好きな曲なんです。以前、病気で声を失った寬仁親王殿下のお見舞いに行って、音楽が好きだというので、元気づけるために、私の好きだった《サロメ》のCDを送ってから、手元になくなったので、嬉しいです。
《サロメ》のCDを前に語る伊福部達氏
──《サロメ》がお好きなんですね。ほかに伊福部昭先生の作品で好きなのは?
叔父の作品で《サロメ》のほかに好きなのは、ピアノ協奏曲の《リトミカ・オスティナータ》、マリンバ協奏曲の《ラウダ・コンチェルタータ》、野坂惠子さんの演奏された箏の曲も好きですね。私にとって叔父の音楽は、物心つく前から家でSPレコードでかかっていて、一般的なクラシック音楽を聴くより前に伊福部昭の音楽を聴いていました。
藤岡幸夫指揮《サロメ》CD
■伊福部昭の音楽を聴くと「落ち着かなくなる」
──伊福部達先生は、伊福部昭先生の音楽を聴くと、どんな気持ちをいだかれますか?
懐かしいという思いもありますが、女房に言わせると、私が伊福部昭を聴くと“落ち着かなくなる”、と言われます。
──血がたぎる、という感覚でしょうか。
これには、叔父がいつも口にしていた音楽への信条を思い出しますね。「普遍的な音に到達するには、脳の深部で響く民族的な音に耳を傾ける必要がある、そのもっと深部には民族を超えた人類あるいは生命が共有する感性が息づいている」という信条です。緊急地震速報のチャイムもこの信条に沿って作られています。
伊福部昭の音楽について語る
■緊急地震速報チャイムと伊福部昭の関係
──伊福部達先生は、緊急地震速報チャイムの生みの親としても知られていますが、あの曲は伊福部昭先生の《シンフォニア・タプカーラ》を作曲の源泉とされたそうですね?
当初は《リトミカ・オスティナータ》や「ゴジラ」のメロディーを使おうかと考えていたのです。けれども、「ゴジラ」は恐怖心を煽りすぎてしまうかもしれない。いろいろと考えて、《シンフォニア・タプカーラ》の第3楽章にしました。タプカーラとはアイヌ語で「立って踊る」という意味です。アイヌの風習がモチーフとなっています。第3楽章のVivace とはイタリア語で「速く、生き生きと」という意味です。この冒頭部を採用したのは、その和音が“適度な緊張感”と“インパクト”を持っていると感じたからです。
伊福部昭著『管絃楽法』を参照しつつ
── 《リトミカ・オスティナータ》も緊張感があって、“聴いているとじっとしていられない”曲ですね。《シンフォニア・タプカーラ》だけでなく、昭先生の音楽は、聴き手に、立ち上がれと、呼び掛けているような、聴いているとエネルギーが沸いてきて、走り出したくなることがあります。伊福部昭百年紀でも、お客さんが総立ちになってロックのライブのようになることがありますね。
ロックライブのような伊福部昭百年紀
──話は脱線しますが、緊急地震速報チャイムを演奏したい、という場合は伊福部達先生に許諾をとるのでしょうか?
あれはNHKの依頼で作ったものですから、NHKに500円くらいの著作料を支払うと演奏できるようです。本当は無料にしたかったのですが(笑)。NHKからはいろいろ報告があって、緊急地震速報チャイムで、犬や猫も逃げ出した、という話しなどもきています。
──緊急地震速報チャイムには、人間だけでなく、犬や猫も反応するのですか?!
緊急地震速報チャイムを作るときにはさまざまな動物が危険を知らせる鳴き声なども参考にして作っていますから。そして、内耳の構造は人間も犬や猫と変わらないのです。
──そうすると、伊福部昭の音楽も同じように聴こえているのかも?!
身体の大きさなどで聴こえ方は違いますが、同じように聴こえているでしょう。ただ、そこから先、どのように受け取って感じ取っているかは、人間とは違うのではないでしょうか。
伊福部達氏も共著者として名を連ねる感覚知覚ハンドブック(分厚い!)
■伊福部達さんと伊福部音楽について
──今回の伊福部昭百年紀は、バレエ音楽特集ですが、伊福部達先生は伊福部バレエ音楽についてどのように聴かれてきましたか?
札幌の家には、プロメテの火や、人間釈迦の大きなポスターが貼ってありました。そして、叔父が父(昭の兄)に送ってくるSPレコードを私も聴いていました。札幌での交響舞曲《越天楽》の初演の話なども聞いていましたよ。《越天楽》は合唱の楽譜もあったかな。
──レコードでは馴染んでおられた伊福部音楽ですが、初めて生演奏で聴かれたのは?
《北海道讃歌》(1961年)の初演ですかね。叔父が札幌交響楽団を指揮して初演したのですが、ホールに集った1000人以上のお客さんが、突然立ち上がって驚きました。お客さんだと思っていた人もみんな合唱団で、叔父がホールの4方向に指揮しながら指示を出して歌い始めたのです。あの迫力は今でも思い出されます。それからは北海道や東京、いろいろな場所で叔父の音楽を聴きました。
──伊福部達先生は、伊福部昭先生から作曲について指導を受けたこともあるそうですよね?
叔父が何かの理由で、ちょうど札幌に滞在していた頃です。私はまだ北大の学生でした。私がギターをやっていたのを知って、演奏してみろ、と。それを聴いてくれて、随分ほめられました。どんな曲を弾いているんだ、と楽譜を見てくれて、これはダメ、これが良い、など選んでくれました。叔父は私にも音楽をやらせたかったのかもしれません。その後、大学の仲間から自主映画の音楽をつけてくれ、と言われて、作曲もしたことがなかったので、叔父に相談したことがあります。叔父と一緒に色々とギターの楽譜をみて、そこから、叔父が「これがいい!」とギターの練習曲のアレンジをすることを提案してくれて、私がアレンジして音楽をつけました。
■これからの伊福部音楽について
叔父の音楽は、その評価に波があって、落ち込んでいた時期もありますが、いまはだいぶ盛り上がってきましたね。けれども、あまりに神格化されてしまうのも考えものだと思います。この演奏だけが正しくて、他の演奏は違う、ということでなく、色々な演奏、色々な聴き方があって良いと思います。たくさんの方に演奏してほしいし、たくさんの方に聴いてほしいですね。これからの話しではありますが、北大では、伊福部昭記念ホールを作りたい、という話も出ているので、私にできることがあれば協力したいと考えています。今回のバレエ音楽のコンサートも楽しみです。とくに私も大好きな《サロメ》は、その原典版は演奏を聴くのが楽しみです。藤岡幸夫さんの指揮は東京シティ・フィルの定期でも見ましたし、エンターザミュージックのサロメの回でも見てとても良かったので、期待しています。
気さくだが深い知識に裏打ちされたお話ぶり
【プロフィール】伊福部達(いふくべ とおる):工学博士。北海道大学名誉教授、東京大学名誉教授
1971年北海道大学・工学研究科修士課程(電子工学)修了
1989年北海道大学・応用電気研究所(医用電子工学部門)・教授
2002年東京大学・先端科学技術研究センター(バリアフリー分野)・教授
「音の福祉工学」(コロナ社、1997)、
「福祉工学の挑戦」(中公新書、2004)、
「福祉工学への招待」(ミネルヴァ書房、2014)、
「福祉工学の基礎」(コロナ社、2016)、
「Sound-based Assistive Technology」(Springer、2017)
電子情報通信学会フェロー(2002)、
VR学会フェロー(2011)、
中山賞大賞「工学技術の医療福祉への応用」(2012)、
音の匠顕彰「緊急地震速報チャイム音の作成」(日本オーディオ協会、2012)、北海道新聞文化賞(2014)
NHK放送文化賞(2019)
公演情報
■日時:2021年11月20日(土)13時開演(12時半開場)※開演時間に御注意ください!
■会場:ミューザ川崎シンフォニーホール
(最寄り駅 JR川崎駅/神奈川県川崎市幸区大宮町1310)
■料金:A席~SS席(3000~7000円)
■演奏曲 全作曲:伊福部昭
第1部:バレエ音楽「サロメ」全2幕(1948年原典版)約40分
第2部:バレエ音楽「ファシヤン・ジャルボオ」全2幕(1956)約50分
■出演・制作
指揮:藤岡幸夫
演奏:オーケストラ・トリプティーク
コンサートマスター:三宅政弘
楽譜作成:吉原一憲、竹蓋彩花
司会:小林淳
プロデュース:西耕一
委員長:中野昭慶 副委員長:樋口真嗣
協力:伊福部家、樋口尚文、事務局長:須賀正樹
井上誠、小林淳、内原康雄、西川伸司、吉原一憲、大橋鉄雄、矢内露紀、櫻内功幹、鈴木正幸、西耕一
■伊福部昭(いふくべ・あきら)
1914年5月31日、釧路町幣舞にて誕生、音更にて育つ。アイヌとともに育った幼少時が音楽的原体験となる。伊福部家の家学は『老子』、幼い頃から父に教え込まれる。北海道帝国大学農学部林学科に進みつつ音楽を独学、ヴァイオリンを弾く。二人の兄や、早坂文雄、三浦淳史らと、ストラヴィンスキー、ラヴェル、サティなどに触れ、熱き音楽的青春を過ごす。21歳の時「日本狂詩曲」がチェレブニン賞を受賞するが、大学卒業後は林務官として北海道に留まる。戦後、1946年に作曲家として生きる決意を胸に32歳で上京。東京音楽学校(現・東京藝大)講師として芥川也寸志、黛敏郎、矢代秋雄、池野成、小杉太一郎、三木稔、学外で松村禎三、石井眞木、真鍋理一郎、今井重幸等を育てる傍ら、多くの映画音楽を生み出した。1954年40歳、映画『ゴジラ』の音楽を担当、日本の映画音楽において奇跡的出会いであった。同年、初の交響曲「シンフォニア・タプカーラ」を発表。多くの作品、弟子、映画音楽を残して、2006年2月8日に91歳でこの世を去った。
■指揮:藤岡幸夫(ふじおかさちお)
英国王立ノーザン音大指揮科卒業。1994 年「プロムス」にBBCフィルを指揮してデビュー以降、多くの海外オーケストラに客演。2017年はアイルランド国立響にマーラー第5交響曲で客演、聴衆総立ちの大成功を収めた。首席指揮者として毎年40公演以上を共演し2020年に21年目のシーズンを迎えた関西フィルとの一体感溢れる演奏は常に高い評価を得、2019年4月に首席客演指揮者に就任した東京シティ・フィルとの活動には大きな期待が寄せられている。放送出演も多く、番組立ち上げに参画し指揮・司会として関西フィルと共に出演中のBSテレビ東京『エンター・ザ・ミュージック』(毎週土曜 朝8:30-)は番組開始から8年目に入り、放送も350回を超えた。
2002年渡邉曉雄音楽基金音楽賞受賞。
公式ファンサイト http://www.fujioka-sachio.com/
■オーケストラ・トリプティーク
日本の作曲家を専門に演奏するオーケストラとして、プロ奏者により2012年結成。2014年は伊福部昭百年紀の公式オーケストラとして、NHKや新聞の取材も受け、3回の公演を成功に導く。これまでに浜離宮朝日ホール(朝日新聞社内)や旧奏楽堂(上野公園内)、東京国際フォーラムほかでコンサートを行い、音楽雑誌、新聞、テレビで好評を得る。リリースされたCDはタワー・レコードやamazonのチャートで1位も記録している。
トリプティークは三連画。前衛、近現代音楽、映像音楽という三本の柱を持ち活動する意思表示でもある。
http://3s-ca.jimdo.com/
■三宅政弘(みやけまさひろ コンサートマスター)
兵庫県立西宮高等学校音楽科卒業。東京音楽大学卒業。全日本学生音楽コンクールヴァイオリン部門大阪大会高校の部 第一位。江藤俊哉ヴァイオリンコンクールヤングアーティスト部門第三位。東京音楽大学コンクール第三位。桐朋祭超絶技巧選手権ヴァイオリン部門グランプリ受賞。2009年、2011年にソロリサイタルを開催し、好評を博す。これまでに、竹本洋、後藤維都江、山本彰、辻井淳、東儀幸、田中千香士、海野義雄、横山俊朗の各氏に師事。
■西耕一(にしこういち)プロデューサー・監修
昭和の現代音楽、アニメ音楽、映画音楽、3人の会等を専門とする評論家、プロデューサー。 伊福部昭百年紀代表。渡辺宙明、チャージマン研など。日本作曲家専門レーベル・スリーシェルズ代表。黛敏郎、團伊玖磨、芥川也寸志、松村禎三等の企画・演奏・CD化。 解説執筆、楽団・奏者へ企画提案等。BSテレ東、TBSラジオ、NHKラジオ、DOMMUNE、ニコニコ動画などに出演。