北村明子の新プロジェクト<Echoes of Calling> 北村明子×横山裕章「社会体制から逸脱する自然崇拝/秩序から外れる身体の言語/BPMではない有機的に揺らぐ音」

インタビュー
舞台
2022.2.12
北村明子(左)と横山裕章

北村明子(左)と横山裕章

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インドネシアを題材にした、東南~南アジアを題材にしたという国際共同制作を通して、それぞれに新境地を拓いてきた振付家・ダンサーの北村明子。フィールドワークをもとにしたシリーズの第3弾として、新たに日本とアイルランド、そして中央アジアへと発展していく新たな長期国際共同制作プロジェクトを2020年にスタートさせた。北村と引き続き音楽を担当する横山裕章に、新シリーズの経緯について伺った。

――今回の『Echoes of Calling』– Gushland –は、新シリーズの2作目ですね。まずは新シリーズの意図からお聞かせください。

北村 始まりはアイルランドのフェスティバルに招聘いただいたことで、せっかくだからフィールドワークをしっかり行って自分のプロジェクトにできないかと考えました。それで2019年に、首都ダブリンとは逆の、アイルランド西部のゴールウェイをフィールドワークしたのがきっかけです。これまでと同様に横山裕章さんと私が、それぞれに現地をリサーチして下準備をしました。まだコロナが流行る前ですね。私は気になっていた音楽家やダンサー、フェスティバル関係者に紹介してもらったアーティストを訪問しました。音楽についてはアイルランドブームでエンヤ、ロックバンドのU2などは知っていましたが、今までアジアでもリサーチしてきた祈りの歌や口頭伝承されてきた歌唱法がある気配は感じていたので、その気配が確信に変わるかどうかを調べにいきました。

横山 僕はレンタカーで移動できたので、かなり自由におすすめの場所を回れたんです。4カ所くらい行きましたが、地域地域で空気も町並みも違いますし、その文化に沿った音楽が根づいているんです。それがまた全然違うのが印象的でした。トラッドなミュージシャンがそれぞれの土地で、それぞれの役割を担って、それぞれの考えやプライドを持って活動しているんですね。

北村 横山さんは今回も音楽文化、食文化、パブ文化などいろいろなものを拾ってきてくれました。私のリサーチとは一味違う部分を担ってくださっています。

――そのリサーチをベースにどんな話し合いがなされたんでしょう?

北村 伝統音楽を誰もが知っていて、パブへ飲みにきた人びとが演奏に合わせて踊ってしまうようなオープンな感じ、フランクな芸術の浸透度を見たので、そのテイストを表現したいと考えました。音楽的には祈りの歌をテーマに、意気投合した方々をお呼びし、さらにその伝手や私が出会った歌手の方に来ていただいて、アイルランドとの共同制作で『Echoes of Calling』(2021年1月 映像配信)をつくりました。

北村明子

北村明子

社会体制から逸脱するように、自然と共に生活し、自然崇拝が強いのが遊牧生活

――そして今回は、前作を踏まえて、中央アジアにも広がっています。

北村 ウズベキスタンやカザフスタン、そしてモンゴルの遊牧生活文化の中の歌や踊りをリサーチした上で融合させようと考えました。アイルランドをフィールドワークをしたとき、すごく新鮮だったのと同時に、どこか懐かしさもあって、自分が予想して探していたものがここにあったというような印象を受けました。ところが中央アジアはまったく読めませんでした。言葉がわからない、文化がまったく違う。それはソ連時代から社会体制が何度もひっくり返ってきたことで、生活の基準がガラ、ガラっと変わっているから。そんな状況に影響を受けつつも、遊牧生活の中では、自然が人びとの暮らしを左右する力が大きいため、社会体制から逸脱するように、自然と共に生活し、自然崇拝が強いんです。それを踏まえて遊牧生活の中での伝統芸能はどうなのか、遊牧生活と限定しなくてもアニミズム的な自然への身体の向き合い方はどうなのかを知りたかったんです。またそれが想像を絶しているんです。私なんかじゃ生きていられないような気候や環境の中で、みんな悠々と生きていて、生のエネルギーのみなぎり方が強いんです。それから遊牧民の、物をため込まないでミニマムに行動する中での人とのコミュニケーション、関係性、物と身体との関係感が全然違うんですよ。けれど一方で、スマホなんかは便利だし、と普通に使われている。そういう混在した部分に興味があり、フォールドワークの準備はしていたんですけどね。

『Echoes of Calling』 – Gushland –稽古場より 撮影:大洞博靖

『Echoes of Calling』 – Gushland –稽古場より 撮影:大洞博靖

『Echoes of Calling』 – Gushland –稽古場より 撮影:大洞博靖

『Echoes of Calling』 – Gushland –稽古場より 撮影:大洞博靖

――そのタイミングで、コロナが再びやってきてしまったわけですね。

北村 はい、残念ながらオンラインに切り替えました。ウズベキスタンの吟遊詩人バフシの方々とお話をして、どういう世界観やミッションで歌っているのかなどの取材を重ね、音楽的な部分は横山さんにリサーチをしていただきました。結果、新作はある国とのコラボレーションではなく、全体的なコンセプトは、日本とアイルランドと間を通る中央アジアを横断していくんだという形になりました。そこに意気投合したアーティスト個人の体験や記憶などを取り込んでいくのが新しいポイントです。さらに私がずっと強く興味を持ち続けているシャーマン、あるいはスーフィズムという言葉で語られる “祈り”を担っている人たちの歌、病気を治癒したり死者との対話をしたりということに歴史的にかかわってきた人たちの歌がなんたるかについて、理解を深めているところです。

横山 今までは現地で感じたものを収集してきましたが、今回は想像なんですね。だから今までとは違う感覚ではあるんです。

北村 そう。いつもは、この歌手の歌にどう呼応していこうか、この音色をこの楽器で表現しましょうとか提案していただいたコンテンツをもとに目処を立ててスタートしていたんです。だからフィールドワークしてきた要素を包み込むように横山さんの世界を融合させてくださっていた。でも今回は横山さんの世界観が非常に強くて、こんなダイナミズムな曲がダンスに投入されるのかというのが私の受け止めです。

横山 北村さんがそう感じていらっしゃるならそうかもしれない。たしかにここまで自分のパーセンテージが多くていいのかなとか考えることもあります。今まで異文化を立ててやってきたのでちょっと複雑な感じです。

北村 今回はイメージを伝えることで、横山さんが音楽をつくり出してくださる。同時に稽古の中で、この身体の動きはこういうシチュエーションでつくっているということを改めて横山さんに受け止めていただいて。ですから稽古とシンクロしたやり取りという意味では、よりダイレクトになっている気がするんです。

横山 とは言え北村ワールドの芯になるものは変わらない。そこに北村さんの個人的な経験、ウズベキスタンの方とやり取りしている背景などはヒントになっていますね。またバフシが韻を踏む文化があって現代のフリースタイル・ヒップホップみたいに即興で歌をつくってしまうところに感銘を受けて、伝統音楽とは言え、現代の音楽と相性がいいんじゃないかと感じています。今回の舞台の魅力の一つなのかとも思います。

横山裕章

横山裕章

表現ではなく本当に「切実な祈り」だからこそ歌う、を大事にしたい

――このコロナ禍で大切にしたいこと、北村さんにとって変化は何かありますか?

北村 コロナとは直接的には関係ないんですけど、この間に〈Echoes of Calling〉のプロジェクトのテーマに一つすごくフィットする出来事がありました。自身の家族が、言葉を失っていくプロセスを共に過ごしました。アイデンティティを失っていくんです。今までできたことができない、わかっていたことがわからなくなる中で、すごく恐怖があったと思うんですよ。とにかく全身の力を振り絞って泣き、叫ぶんです。そのエネルギーを当時は大変だ、なんとかしなくては、としか捉えられなかったけれど、後で冷静になってみると、生きるためのエネルギーがしっかりと発信されていたんですよね。そのことを私はこの作品でポジティブに消化していきたいなと思ったんです。それは海外のフィールドワークに出ていたら、向き合うことはできなかったかもしれない。避けられるなら避けたいことではありますが、向き合ってみようと決めたからこそ、個人のことでは収めず、身体の生のエネルギーにつなげて、表現を一般的に広げていきたいと思ったんです。今までぼかしたりマイルドにして作品の中に入れていたけれども、ストレートに、でもある種のファンタジーとして希望を描きたいと思ったのです。稽古場ではダンサーが躊躇せず、体当たりで表現してくれるので、ダンスのボキャブラリーを広げられるようなクリエーションになっています。実は改めて感じるのは、日常の秩序ある言葉や行動から逸れていくことは、コンテンポラリーダンスそのものなんです。秩序から外れる身体の言語とかそのエネルギーがあふれ出るような作品になると思っています。

横山 音楽としては、ダンサーさんが踊る空間を彩るものとして見せられればいいなと思っています。

『Echoes of Calling』 – Gushland –稽古場より 撮影:大洞博靖

『Echoes of Calling』 – Gushland –稽古場より 撮影:大洞博靖

――ある意味でも人間賛歌の側面もある作品なんですね。

北村 まさにその言葉がフィットするかな。ただ人間賛歌と言っても、人間が第一主義みたいなこともおかしいとはこの数年ずっと考えていて、遊牧生活に強く興味を持ったのは、自然との共生ということがありました。モンゴルでは、天が圧倒的な神として存在していて、その絶対的な天の下では、動物も人間も物もすべてが平等なんです。その生活感とか文化を見ていくと、祈る声、歌や踊りが「表現すること」から生まれたものではないんです。本当に切実な祈りだからこそ歌う、しかもそれが日常の中にある。そういうレベルの違いはすごく見聞きして大事にしたいなと思っている点です。「芸術」という気分に浸っている余裕などないなと思ったりします。

横山 僕も自分の音楽のつくり方のシステムを最近いろいろ考えているんです。普段自分がかかわっている音楽がBPM(テンポ)に支配されている中で、いかに有機的に揺らぐ音、有機的な音楽の鳴らし方ができればと思っているんです。物理的に難しい演奏方法だったり、日常的なものと非日常的なグラデーションを音で具現化できたらもっと楽しいのではと最近の個人的なテーマがあって、最近はモジュラーシンセだったりグラニュラーシンセだったり勉強中なんですが、特に北村さんの作品ではそれが還元できたらもっと融合できるのかなという思いがあります。頭でイメージしたものがすぐに音で表現できて具現化するシステムでつくれればいいのになとも思いつつ、細かくプログラミングしなきゃまだまだできないこともあるので、むず痒い部分ではあるんですけどね。

北村 横山さんの緻密な構成に対して私は鼻歌で返しているんです。横山さんがつくってきてくださる音楽に対して、なんとか伝わらないかしらみたいな感じで歌ったものをお渡しすると、それを回収して重厚な音楽にして返してくれる魔法箱があってすごいんです。私ごときの鼻歌がすごい楽曲になると、当たり前ですけどプロの仕事に感動します。もう錬金術のようですよ。音楽が持つドラマが身体に注ぎ込まれていく瞬間にお付き合いいただいているという部分を、今回の作品ではいつも以上に楽しみにしていただきたいです。

取材・文:いまいこういち

公演情報

『Echoes of Calling』 – Gushland – Collaboration Across Japan Central Asia and Ireland
 
■日時:2022年 2月18日(金)〜2月20日(日)      
■会場:スパイラルホール

■企画・構成・演出・振付:北村明子
■音楽:横山裕章(agehasprings)
■映像:兼古昭彦
■ドラマトゥルク:荒谷大輔
■ダンス:
ミンテ・ウォーデ、岡村樹、香取直登(コンドルズ)、川合ロン、
北村明子、黒田勇、近藤彩香、西山友貴
■歌:ドミニク・マッキャルー・ヴェリージェ、ダイアン・キャノン
※ミンテ・ウォーデ、ドミニク・マッキャルー・ヴェリージェ、ダイアン・キャノンの3氏は外国人の新規入国停止延長の影響で映像・音楽での出演となります。
■開演時間:18日19:00、19日14:00 / 18:30、20日14:00       
■問合せ:オフィスアルブ メールinfo@akikokitamura.com/Tel.070-7528-7065 (10~20時)
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