作・演出の三浦大輔&萩原みのり、人間の曖昧さを描く『裏切りの街』を語る
(左から)萩原みのり、三浦大輔
煮え切らない日々を生きる男女が、出会い、逢瀬を重ねる――。三浦大輔の作・演出で2010年に初演され、2016年には彼自身の手で映像化もされた『裏切りの街』が、主演髙木雄也、奥貫薫らの共演で再演される。もともとは2020年に公演が予定されていたが、コロナ禍で延期となり、今回ついに上演に向けて動き出したこの作品で、髙木演じる主人公「裕一」の同棲相手「里美」を演じる萩原みのりが、作・演出の三浦大輔と意気込みを語ってくれた。
ーー作品のもともとの発想は?
三浦:人が人を裏切る瞬間を作品にしたいなと思っていて。ただ、裏切る瞬間って、いろいろな作品を観ていると、何かこう悪で決めつけたりとか、そういう人間の描き方が多いなと。ただ、実際の日常では、人が人を裏切る瞬間ってもっと曖昧で、善と悪を行ったり来たりする、もっといろいろなものがないまぜになった瞬間なんじゃないかなというところがあって。そこを描く作品、曖昧さにあえてフォーカスをあてる作品はあまりないなと思ったので、それをやろうと初演のときに思ったんです。舞台表現としては難しいなと思いつつも、トライしてみようという感じで。
ーー今回何か変更されることは?
三浦:こういう状況ですし、人が人に会うということに対する価値観も変わりつつあるご時世だと思うんです。初演のときはツーショット・ダイヤルみたいな感じでやっていたのを、今回はマッチング・アプリにしましたが、ただ、コロナ禍ということを入れちゃうとちょっと描きたいものがぼけちゃうかなと。作品自体は普遍性があると思っているので、その時流を取り入れなくてもいいのかなというのがあって、そこはブレずに、初演で描こうとしたものを出した方がいいのかなというのはありました。だからそんなに変えてはいないです。時代的にちょっと違和感がないようになじませたくらいで。
ーー作品への出演が決まったとき、いかがでしたか。
萩原:オーディションで出演が決まったんですけれども、もともと映画館で映画版を観ていて、当時、すごく声を出して笑った覚えがあって。すごく好きな作品なんです。三浦さんのもとで演劇をやるということに対する不安もあったし、怖いなとも思っていましたが、あの作品、すごくおもしろかったから出たいなと、そして、すごくシンプルに里美という役を演じてみたいという気持ちがあって。出演が決まったときは、久しぶりに、オーディションに受かった! という気持ちになって、ちょっと泣きそうでした。
萩原みのり
ーーお稽古はいかが進行中ですか。
三浦:まだ模索中ですが、作品の形というものが、初演版、映画版とありまして、そこに流されないようにしようかなという思いがあります。今回使用する新国立劇場 中劇場が広いので、そこをどう使いこなすかというところがあって。曖昧さをフォーカスした芝居で、舞台表現としてはなかなか難しいところを描く作品でもあるので、それを大きな劇場でどう表現するのか、舞台美術、役者の表現も含めてどう届けようかというところが一番の課題ではありますね。
ーー萩原さんの魅力についてはいかがですか。
三浦:僕が監督と脚本を担当した『何者』(2016)という映画で一度ご一緒していて。そのときもオーディションを経て出演していただいたんです。まだデビューされて数年後のことでしたけれども、その後どんどん活躍されて。僕はずっと萩原さんの作品は追っていて、そりゃあこうなるよなと思っていたんですが……。今回、僕と演劇をやる意義を萩原さんが見出してくれたらなという思いがありました。
ーー萩原さんは映画版のどんなところに笑ってしまったんですか。
萩原:すごくよくわかるなあと思って。なぜか実感をもって、わかる、バカだなって、いろいろなところで思って。すごく覚えているのは、映画館で、男性が笑う場所と女性が笑う場所が全然違っていて、それがとても印象に残っていて。友達と観に行ったんですが、帰りに、「男女で全然笑うところ違ったよね」という話になったことも覚えていて。あとすごく好きなセリフがあって、お稽古でそのセリフを髙木さんが言っているのを聞きながら、……このセリフ、好きだな……と思っています。
ーー三浦さんとのお稽古はいかがですか。
萩原:難しくて死にそうです(笑)。いつもはもっといろいろなことを考えながら作品の現場に行くんですが、今回は日に日に、ただひとつだけ、とにかく、もっとお芝居上手くなりたいなと、どんどんそれだけになってきているのが、本当に毎日勉強させていただけているなと。自分に対する言葉もそうですけれど、三浦さんが他の方にかけている言葉も毎日聞きながら何時間も稽古を重ねていけるというのが贅沢だなと。緊張感もすごいですが、すごく幸せを感じていますね。最初は正直、映画を観ているし、初演の舞台の映像も観ていて、ある意味二つ「里美」の答えがあって。だから、ちょっと寄せてしまうというか、答えに向かっていってしまうようなところがずっとあったんですが、稽古をどんどん重ねるにつれて、それだけだともう全部三浦さんにバレるんですよね。気持ちが伴っていっていないとすべてバレるから、寄せていけなくなったというか。おのずと、自分自身の中で里美をどんどん探しに行けている感覚がすごくあります。
ーー萩原さんの「里美」についてはいかがですか。
三浦:単純にかわいいですからね(笑)。満たされない彼女というところに対する説得力って出るのかなと思いましたが、萩原さんが役を理解してくれて、押しつけがましい彼女というところ、一緒にいると窮屈になったり、逃げたくなったりするような感じでちゃんと演じてくれているので。これまで映像作品が多かったと思うんですが、演劇って役を突きつめることができるから。萩原さんを見ていてちょっと台本を変えました。飽きてくるかなと思ったり、彼女の里美ならこういう方向性もあるのかなと思ったりもして、従来の里美像からちょっと変えた方がいいのかなと。それを彼女はやりこなしているので、よかったなと。作品としての里美のイメージがあって、それを最初に萩原さんにも説明して、それを演じてほしいと思ったんですが、そこは十分成立することがわかったので。だったら、もうちょっと、萩原さんならではの新しい里美を出せるかなと。今の状態で成立しているから、もっと行けるかなとさらなる欲が出たという感じで。まだまだ時間があるので、上がれるところまで上がってもらって、難しいこともやってもらって、最終的にはどこまで行けるかなという感じですね。
ーー曖昧さを演劇で描く難しさについてはいかがですか。
三浦:曖昧さを演劇でどう表現するかということ、それを作品としてお客さんが楽しんでくれるかという課題は、初演の際にクリアされているんです。舞台でも映像でも、表現の仕方はちょっと変わったんですが、成立はさせていて。だから今回、そこにはあまり不安がないというのはあります。作品のテーマ自体は変わらないので、役者の演技とリンクさせて、さらに明確にいいものにしていきたいという感じですね。あるシーンとか、部分的に、ここはもうちょっとこうした方がおもしろいなとか、役者さんの演技を観て、そのおもしろさをもっと際立させていますが。作品の軸については、不倫というものに対する価値観も、初演からこの間、大きく変わってきているなと思っていて。もっと背徳的なものになったというか、タブー視されているところがありますが、この作品において、不倫をしている二人に対して観る側がどこか愛情をもってしまうと感覚は、こういうご時世だからこそ、ちゃんとブレずに描くべきかなと思っています。二人を、何とか愛すべき風にしたいというか、不倫という関係を持っている二人に共感してしまうみたいなところはしっかり強く訴えたいなと思っています。
ーー萩原さんは映画を観ていてどんなところが「わかる」と思ったんですか。
萩原:クソ~ってただ嫌いになれたらいいのに、何か許しちゃう、何か愛しちゃうっていうこの難しさは、言葉にできない、そこに当てはめる言葉がないんです……。なんで許しちゃうんだろうなというところが映画の中にもつまりまくっていて、客席で「ああ!」ってなったんです。「なんで私の気持ち知ってるの?」みたいな気持ちになって、すごくおもしろくて。ただ、観る分にはすごくおもしろかったんですが、言葉にできないからこそ観ていておもしろかったのであって、自分が演じるとなるとこんなに難しくてこんなに大変だったんだというのは日々痛感しています。
萩原みのり
ーーちなみに、さっきおっしゃっていた好きなセリフとは?
萩原:「俺、意外に優しいんだな」が一番好きなセリフなんです。映画館で初めて声が出そうになって(笑)。「うるせえ」と思ったんですけど。でも何か、そういうところなんですよね。どうして三浦さんって、こんな細かい機微というか、人のよくない部分、でもそれがいい部分というか、なんでこんなにわかるんだろうって。映画館ですごくびっくりしたのを覚えてます。
ーー三浦さんと舞台をやる意義についてはいかがですか。
萩原:『何者』のとき、ワークショップ・オーディションみたいな期間があったんですが、その期間に、私、全部の殻をぶち壊された感覚で。あのとき三浦さんに出会っていなかったら、私はお芝居の形が絶対に違ったと思うんです。すべてはがされて、とりあえず裸で戦えって言われたような感覚というか、かっこつけることができなくなった瞬間がすごくあって。あのときからまた何年か経って、またこうして一緒にお芝居をやっていて、またすべてはがされている感覚があって……。すごく勉強になる日々でもあるし、「萩原みのり」として稽古場に行けないんです、もう。充分やってきたものはすべて家においてある感じで。すごく裸の状態で稽古場に向かって、すべての言葉をどうにかこぼさないように拾って家に帰っている感覚です。私の中で、三浦さんって、できたらこうやってずっと続いていったらいいなと思う、一番嫌われたくない人なんですよね。一番お世話になっている方でもあるので。嫌われないように今、稽古も毎日頑張っていますが。また何年か経って、また全部はがしてもらえるように、そうなっていったらいいなと思っています。
ーー2020年、コロナ禍で一度中止となった公演のリベンジ上演です。
三浦:一度中止になったという体験をみんなで味わっているので、その団結力で今回は上演を実現させたいというのはあります。ただ、今はそれよりも、作品をいいものにしたいという気持ちがあって。中止になったことを忘れて、難しいな、大変だなと思っています。
萩原:私は、稽古初日に、セットがもう組まれている上に、髙木さんと奥貫さんが立っている姿を見て、一人でこっそりちょっと泣きました。本当に始まるんだって。あのとき全部なくなっちゃって、リモートでしか稽古もできなくて、直接お会いすることもないままなくなってしまったものが、本当に今から始まっていくんだなという実感がすごく湧いて。でも、稽古初日だけでしたね、そう思ったのは(笑)。今はまったくそんなことを思う余裕がなくて。この2年間ずっと、里美のことは胸にあったので。この間、三浦さんの舞台を観に行く機会もありましたが、「私は三浦さんの舞台に出るはずだったのに」って客席で不思議な気持ちになったりして。里美としての言葉をやっと吐ける今をすごく幸せに感じています。
萩原みのり
ーー三浦さんが感じている難しさとは?
三浦:僕のイメージと役者さんのイメージとをどうつなげていくかということですね。あと、イメージでは浮かんでいるんですが、それを演劇でどう表現するかというところがやっぱり難しいんです。理解しているけど、それをどう身体に乗っけるか、セリフに乗っけるかというところで。さらに大劇場ですから、細かいところは伝わらないということ前提でやっていかなくてはいけないので、そこは皆さんしんどさを感じているんじゃないかなと。開放的な芝居じゃないですし。小規模の劇場サイズだと伝わるけれど、それじゃあ届かないよねというところを指摘したりはしています。
ーー萩原さんとしては、里美は主人公・裕一のことをどうとらえていると考えていらっしゃいますか。
萩原:今回、裕一を演じる髙木さんって、出会ったときから思ったことなんですが、すごく明るい人なんです。人見知りのかけらもないというか、前に会ったことあったっけ? というくらい最初からフレンドリーな方で。映像で観たり、文字で読んだときの裕一の印象と、髙木さんが演じる裕一の印象ってちょっと違っていて。髙木さんだからこその裕一を、どこか少しかわいいなと思いながら、抱きしめている感覚はずっとあります。でも、ぎゅっとしがみついているようでもあるというか。裕一が上から抱きしめるのでなくて、里美が上から抱きしめている、だけどその力がすごく強いような、そんな思いはあります。
三浦:陽ですよね。そこが髙木くんのよさで。それをそのまま出せればいいんだけど、演技に乗っけるときに、どこかストッパーがあるらしくて。それが今後の課題というのは、髙木くんとよく言ってます。彼の中でその殻を一回破ったら、髙木くんらしい裕一になれると思うんですけど。彼としてはその方がやりやすいのかなと思ったら、意外に、彼自身がそこを出すのをためらっているのは意外でした。
ーー三浦さんの作品には人間のだめなところがたくさん出てきて、私たちはそれを観て、自分のだめなところと向き合って「うわあ」と思ったりしますけれども、書く上で、人間のだめなところと向き合う境地とは?
三浦:そんなにだめ人間を書いている感覚はなくて、人間って何だろうなというところを考えたすえに、僕が作家として他の方と違うところがあるとすれば、やっぱり、曖昧さというところだと思うんです。ぼんやりとした人間に答えを与えないところが本質だと思っているので。そこを作品として提示している作家さんって意外と少ないなと感じていることもありますし。人のだめなところを描く作家さんはいっぱいいると思いますが、曖昧さがおもしろいというところにフォーカスをあてているというのが、僕の一番の作家性なのかなという自覚もあるので、そこは突きつめたいなと。わかりやすい悪人とか出てくると、こんな人いるかなって思っちゃうんです。その曖昧さ、わからない感じというか、そこがおもしろさですよと提示する作品を作っていきたいなと。普通もうちょっとキャラクターをはっきりした方が物語として見やすいと思われがちなんですが、敢えてそこをぼんやりさせた方が本質というか、あえてそこを提示するというか。
ーーその曖昧さを身体に落とし込んで演じるおもしろさとは?
萩原:善か悪かを決めないことによって、すごく明確な感情でお芝居することができないので、自分の中でも答えを出しているようで答えを出さないようにするというか。型にはめるとすぐバレるので(笑)、そこはすごく気をつけてやっています。本当に一言一言、セリフを言うたびにとてつもない緊張感があって、セリフを吐くのってこんなに緊張するんだよなってすごく身に沁みて思いながら、毎回鮮度を保ちながら、このまま本番に向かっていけたらいいなと思っています。
ーー家に「萩原みのり」をおいてくる感覚とは?
萩原:おいてこないともう無理なんです。充分頑張った状態で来るともうズタボロになってしまうので(笑)、何もよけいなこと、今までのこととか考えない。ここでどうにか出てきたもの、感じたものをとにかく吸収して出してという感じです。
(左から)萩原みのり、三浦大輔
ヘアメイク:石川奈緒記
スタイリスト:伊藤信子
■萩原みのり
衣裳:ドレス ¥24,200(UNITED TOKYO/UNITED TOKYO 神宮前店 03-5962-6400)、靴 ¥20,900(CITY/STUDIOS カスタマーサポート 03-6712-5980)
取材・文=藤本真由(舞台評論家) 撮影=iwa
公演情報
【日程・会場】
2022年3月12日(土)~3月27日(日) 新国立劇場 中劇場
2022年3月31日(木)~4月3日(日) COOL JAPAN PARK OSAKA WWホール
【作・演出】三浦大輔
【音楽】銀杏BOYZ
【出演】髙木雄也 奥貫薫
【企画・製作】(株)パルコ